05
結局ヴァイスは寒くもないし痛くもないからと自分の足で歩いて部屋へと戻った 誰一人としてヴァイスが外へと落とされた事に気付いていなかったらしく、室内へと戻ってもヴァイスが居なかったことすら気付きもしなかった 嗚呼、呪い殺してやりたい でも今は我慢だ 今は魔力があるけれど明日になったらなくなっているかもしれない 明日にはもう見えなくなってしまうかもしれないんだからヴァイスとの時間を大切にしないと 僕はヴァイスと共に部屋へと向かった
「妖精さんは、」 『…妖精さん?僕はあんな低俗な魔法生物じゃないよ』 「……魔法生物?」 『妖精や、キメラなどの生き物の事を総称して魔法生物と言うんだ』 「キメラ……あの、獅子と山羊と蛇の合わさった動物?」 『嗚呼、流石僕の愛しい子だね!その通りだよ!』 「いとしい、こ…?」 『どうかしたかいヴァイス』 「…いや、ただ……愛しいなんて、初めて言われたなって思って」
ヴァイスは嬉しそうに微笑んだ その瞬間僕の心臓がきゅう、と締め付けられる感覚がした 僕は急いで実体化してヴァイスを思いっきり抱き締めた
「ど、どうしたの?」 「凄く抱き締めたくなったんだ」 「…そっか」
ヴァイスがすこし困惑したようにぎこちなくに僕の腰に腕を回す 嗚呼、なんて愛しい この子に触れられるようになってからもっともっと僕の中のこの子への感情が溢れてくる 僕と同じ境遇の子供 僕のように愛情を求めている子供
「ねぇ、名前…なんていうの?」 「僕かい?僕は、トム…トム・リドルだよ」 「トム…トムは、どうして周りの人に見えないの?」
この子に名前を呼ばれるだけで自分の名前が特別かのように思える 嫌いだったこの名前が、こんなにも大事に思えるだなんて…!
「僕が幽霊だからさ」 「幽霊…」 「でも普通の幽霊じゃないよ…僕は魔法使いだからね」 「魔法…?」 「君の怪我を治したのも魔法さ」 「そっか…トムの魔法は、優しくて温かいね」
僕は目を見開いた 優しいなんて、暖かいなんて初めて言われた
初めて魔法を使ったのは4歳の時だった 木陰で本を読んでいたときに、石が飛んできた 孤児院の子供が僕に石を投げたんだ どれだけ僕が止めてと叫んでも止まりはしなかった もう痛いのは嫌だ そう思った瞬間、石の雨が止んだ 僕がゆっくりと辺りを見渡すとそこには僕の近くで制止した石が浮いていた そして子供の一人が僕を指差して言ったんだ
化け物って
「トム?」 「え?あぁ、どうしたんだい?」 「トムは、トムは明日も僕の傍に居てくれる?」 「…それは、わからない」 「わからない?」 「この一年程ずっと君の傍にいたけれど、力が戻ったのは今日だけだったんだ…もしかしたら、明日になったらもう力がなくなっているかもしれない」 「…じゃあ、もう会えない?」
あまり表情豊かじゃないヴァイスが寂しげに僕を見る 嗚呼、そんな顔をされたら何としてでも明日も君に会わないといけないと思ってしまうじゃないか どうにかして君の傍にいる方法を探さないと
「…ねぇトム」 「何だい?」 「トムは、見えなくても僕の傍にいてくれる、よね?」 「!…勿論だよ?僕には君が必要なんだ」 「僕が…?」 「僕にとって君はね、掛け替えのない大切な存在なんだよ」 「どうして?」 「だって君は僕の事を受け入れてくれただろう?それにね、君に今こうやって触れられる事が幸せだって思えるんだ」 「しあわせ…?」 「うん、僕はヴァイスに触れられて、気付いてもらえて幸せだ」 「…僕も……」 「ん?」 「僕も、トムに出会えて、幸せだよ」
ぽろり、と 僕とお揃いの赤い瞳から大粒の涙が零れ落ちた 本当に幸せそうに、今まで見たことのないような笑顔でヴァイスが笑う どうして泣いているのに笑っているんだろう 嗚呼、泣かないで…君が泣くと僕はどうしていいのかわからなくなる 人を慰める方法なんて僕は知らないんだ だから泣かないで
僕がヴァイスの瞳から零れた涙を掌で拭うと、ヴァイスは僕の掌に頬を摺り寄せた
「もう、トムの事見えなくても…それでも僕にとってトムは掛け替えのない人だよ」 「ヴァイス…」 「トムがそばに居てくれるなら、何だって堪えられる」 「ヴァイス、っ」 「大好きだよ、トム…いつも僕の傍にいてくれて、ありがとう…これからもずっと、トムの事忘れないから」 「…っ、」
ヴァイスの掌が僕の頬に触れる ヴァイスの指が何かを拭うように動く 嗚呼、僕は今泣いているのか
僕を受け入れてくれて、僕を大好きだと言ってくれて 僕に傍に居てほしいって、僕を忘れないって言ってくれるのは、どれだけ探したってきっと彼だけだ
「ぼくも、僕もだいすきだよ」 「トム…」 「大丈夫、君には僕が居るよ」
ぎゅう、とヴァイスを抱き締めると、ヴァイスは掻き抱くように僕のローブをくしゃりと握り締めた 嗚呼、やっと…やっと僕の居場所を見つけた やっと…
「トム、だいすきだよ…」 「ぼくもだいすき…」 「僕の事、忘れないでね…、」 「、ふっ、…ヴァイス…っ!」
嗚呼、もう、僕はヴァイスよりも長く生きたはずなのに 僕よりも小さいこの身体に縋って泣いてしまうだなんて 何てみっともないんだろう でも今日だけは許して欲しい
嗚呼…やっと僕は、人に抱き締められる温かさを知れた
prev next
|