03






あれから数ヶ月
僕は今でもヴァイスと一緒にいる

どうせ僕が今どういう状態なのかを知る術はないし
あの日僕が死んだ事は変わりないのだから悩むこともない
僕はヴァイスと共にいることを決めた



「ん、……」
『嗚呼、目が覚めたんだね?おはようヴァイス』



触れはしない白い髪をゆるりと撫でる
のそりと起き上ったヴァイスは少し覚束ない足取りで僕の存在に気付くことはなく部屋を出た
僕も扉をすり抜けて、ヴァイスの背後に漂う
ヴァイスの事を抱き締めるように腕を回して、今日もおまじないをする



『今日はきっと、ヴァイスにとっていい一日になりますように』



ヴァイスがゆっくりと広間へと続く扉を開けると、そこには子供が数人しかいなかった
それもそのはず、ヴァイスは人が少ない時に食事を済ますのだ
職員の女が怪訝な顔をしながらヴァイスが座った席の前に適当にパンを置いた
僕は女を一睨みしてからヴァイスの隣に腰掛ける
いつだってヴァイスの隣には子供も職員も座らないのだ
まぁ、僕にとっては好都合だけど
人の上、しかもマグルの上に座るなんて吐き気がする
ヴァイスが俯きながらパンを掴み食べだした
嗚呼、落ち込んでいるんだね

ヴァイスはだいたい無表情だ
でも僕にはわかる
だってこんなにもヴァイスだけを見ているのだから
僕と同じ扱いを受けながらも僕のような力を持たないこの子供を
昔の僕ならば見捨てただろう
でも僕は彼を守ってあげたいんだ
だって彼は初めて僕を受け入れてくれたマグルだから
周りの下等なマグルと彼は違うんだ
僕の持ちうる力全てもこの子の為に使いたい
僕に居場所をくれたこの子の為なら何だって出来る



『大丈夫、君は僕がいるよ』



パンを食べるヴァイスの頭を慈しむように撫でる
昔の僕が今の僕を見たら僕を殺してしまうかもしれない
でも僕にとって、ヴァイスは僕の全てになってしまったんだ
あの日の書庫での出来事が、ヴァイスが言った言葉が僕の心を捉えて離さない

僕を受け入れてくれた、僕に居場所をくれたヴァイス
僕は君の事が大好きだよ
君が僕の存在理由なんだ
だから落ち込まなくていいよ
君には僕がいる

僕は口いっぱいにパンを詰め込んで、頬を膨らませているヴァイスを眺めた
頬をいっぱいにしている様子はまるでハムスターみたいで可愛らしい

そんな時、騒々しい足音と嫌な声が聞こえた



「おい!悪魔がパン食ってるぜ!!」
「悪魔のくせに!!」



ヴァイスがまだ手をつけていなかった2個目のパンが床へと落とされる
その光景を見ていた職員達は、まるで自分は関係ないと言わんばかりに無視している



「あー!悪魔がパン落とした!」



ガキの一人が叫ぶと、あの虐待女が調理室から飛び出してきた



「ヴァイス!貴方って子は!食べ物をなんだと思ってるの!」



いつものように頬を叩かれるヴァイス
僕は握れない手でヴァイスの手を握る



「悪魔の子!」
「お前なんか死んじゃえ!」

『…君は悪魔の子なんかじゃないさ、大丈夫』



ヴァイスは立ち上がって庭へと歩いていく
孤児院の庭の隅にある木の下に行くつもりなんだろう
あそこはヴァイスのお気に入りの場所だから



『嗚呼、僕に魔力があったなら…この愚図共を殺せるのに』



僕はヴァイスの元へと移動する
足はあるのだから走ることも出来るだろうけど、漂って幽霊みたいに移動する方が楽だ
ヴァイスの横に座り込み、ヴァイスと一緒に庭を眺める
だんだんと子供で溢れてきた庭では、職員と小さな子供達が庭を駆けながら遊んでいる
僕はそんな様子を尻目に、ヴァイスを抱き締めた
きっとこの子は無表情だけれど苦しんでいる



『大丈夫、君には僕が居るよ』
「…」
『……僕が、僕がもし生きていたなら、君をこの手で抱き締めてあげられたのに』



嗚呼、あの英雄気取りが恨めしい
…いや、死ななかったらヴァイスに会えなかったのだから感謝すべきなのか

毎日、ヴァイスは楽しそうな子供や職員達を眺める
その度に僕は締め付けられるような胸の痛みを感じる
本当は、この孤児院からこの子を連れ出してあげたい
いつもヴァイスが広間へ行くとあの愚図達がヴァイスを虐める
ある日は石を投げられ、ある日はご飯を盗られ、ある日は転ばされて
ある日は暴力をふられて、青痣をいっぱい作って
それでも職員は何も言わないのだ



「おい!何見てんだよ悪魔!!」
「気持ち悪いんだよ!!」



目の前でヴァイスが殴られる
ヴァイスはいつもの無表情で、光のない濁ったその瞳で愚図共を見つめるだけ

蹴られて
殴られて
打たれて
踏まれて

嗚呼、今日もヴァイスにとって優しい日は訪れなかった



『ヴァイス、ッ…ごめんね、ごめんね、』



何もしてあげられなくて、ごめんね











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