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08






嗚呼…もう12時か
そろそろヴァイスを迎えに行かないとね
僕が来るまで書庫から出ないように言っておいたから、きっと本に埋もれて僕を待っているはずだ
僕はもう一度部屋を見渡した

…うん、我ながらいい感じにできたと思う
防音魔法はもう施し済みだしね
質素な気もするけれど、この場所にずっと留まる気はないからこの程度で大丈夫だろう

近々この国のお金を手に入れないといけないな
ヴァイスの安全を確保した上で僕が失脚する前に使っていた屋敷から金を回収しに行かないと…
あそこから回収したお金をこの国の通貨に換えれば一生を遊んで暮らせるような金が手に入るだろうが
如何せん今の相場がわからないからな
そうだ、あの屋敷には僕が集めていた多彩な魔法道具や魔法薬の材料、蔵書が眠っている
使わないものや読まない物は売ってしまおうか
いや、魔法薬の材料は置いておこう…オリジナルの魔法薬を作って売りつければ良い値になりそうだ
…最悪、お金が足りなければこのマグルの世界で会社でも立ち上げて稼げばいい
やるなら徹底的にトップ企業へと成長させてしまおう
そうすればヴァイスを学校へ行かせる事も出来るし、不自由な暮らしなんてさせる事はないだろう
将来ヴァイスが大きくなったらその会社を継がせてヴァイスを一流企業の社長に仕立てることもできるだろうしね
あの子は勤勉で聡明だから、きっと僕の代わりを簡単に成し遂げてくれるだろう

あの子に教えたい事は山程あるんだ
例えば、誰かとご飯を食べる楽しさや帰る場所があるという嬉しさ
この孤児院の外の世界や、魔法使いの世界の事だって
僕が教えられる事を全て教えてあげたい



『…早く迎えに行かないと』



僕は部屋全体に魔法をかけて、僕達以外は入れないようにする
これで一安心だ

扉をすり抜けて書庫へと急ぐ
僕が書庫をこっそりと覗くと、ヴァイスはあの本を持ったまま床に座り込んでぼーっとしていた



『…ヴァイス?』
「!…トム、」
『どうしたんだい?ぼーっとしていたけれど』
「特に、やることなかったから…あ、これ」



そう言ってヴァイスは僕の傍までくると、僕に本を見せた
それは悪い魔法使いの本だった
僕は焦る気持ちを抑えてヴァイスに尋ねた



『これが、どうしたんだい?』
「トム…目が赤いね」
『そ、うだね』
「魔法使い、だよね」
『うん』
「魔法使いは、目が赤い人多いの?」
『…そんな事はないよ。赤い瞳の魔法使いは多分スリザリンの血筋か君のようにアルビノの人間だけだろうね』
「…スリザリンって、何?」
『スリザリンというのは魔法使いの学校を創立した4人の内の一人なんだ』
「……魔法使いの、学校?」
『そう、学校さ』
「老人じゃなくて、学校で教わるの?」
『そうだよ』



僕がそう言うとヴァイスは腑に落ちないと言わんばかりの顔をしたままそっかと頷いた
僕は内心ひやひやだ
ヴァイスは僕のそんな焦りに気付く事はなく本をいつもの定位置へ戻して、帰ろうと言った
ヴァイスが書庫の外へと出て、自分の部屋へと向かう
僕はその後ろを漂いながら部屋の話をした



『そうだ、部屋をリフォームしたんだ』
「りふぉーむ?」
『模様替えだよ、壁もベットも変えたんだ。部屋に僕と君以外は入れないように魔法をかけたから気づかれる心配もないよ』



そう言って僕が笑うと、ヴァイスが目を輝かせて少し早足に歩き出した
僕はその後ろをくすくすと笑いながらついていく
嗚呼、反応が楽しみだ

ヴァイスは部屋の前に立ち止まって唾をゴクリと飲み込んだ
緊張した面持ちで202と書かれた扉のドアノブをぎゅっと握る
ゆっくりとドアノブを回して扉を開けたヴァイスは目を見開いて固まってしまった
…どうしたのだろうか
何か気に入らなかったのかな



『気に入らなかった?』
「…」
『ヴァイス?』
「…すごい」



小さな声ですごいと一言呟いたヴァイスは部屋へと一歩足を踏み入れて、全体を見渡すようにくるりと回った
首を忙しなく動かして周りを見るヴァイスのなんと可愛らしい事か
僕は後ろから抱きすくめるように腕を回す
気に入った?と再度尋ねると間髪入れずに首をこくこくと縦に振るヴァイス
気に入ってくれてよかった

白い壁に温かみのある木の床の上に黒いふわふわのラグマット
白いベットには黒い肌触りのよさげなシーツに黒と白のツートーンの温かそうな布団
僕の黒と君の白を基調にした部屋
僕たちの部屋だ

くるり、くるりとあたりを見渡していたヴァイスは急に一点を食い入るように見つめて固まった
僕は不思議に思ってヴァイスの視線の先を辿ると、そこには僕が活けた花があった



「これ、」
『魔法で咲かせた花を活けてみたんだ。保存魔法をかけてあるから枯れる事はないよ』



ヴァイスがゆっくりと花に歩み寄る
ガラスをゆっくりと撫でる細い指に自分の指を重ねる

どうしてもこの部屋に赤をいれたかったんだ
君の瞳と僕の瞳の色を
お揃いのこの色を



『この4種類の花、覚えてる?』



ヴァイスにまだ僕が見えなかった時の事だ
書庫に籠って本を読んでいたヴァイスは分厚い植物辞典を広げていて、パラパラと一定の速度でページを捲っていた
でも何度か不意にぴたりとページを捲る音が止まる事があった
僕が不思議に思ってヴァイスの見ているページを覗き込むと、ヴァイスページの下の方にある花言葉の文字を指でなぞっていた
その時僕は決めたんだ
いつか君に贈ろう、と



『ずっと、ずっと君に贈りたかった』



僕とお揃いの赤い瞳がガラスに移りこんだ
その瞳は今にも零れ落ちてしまいそうなくらい涙を溜めている
僕はヴァイスをぎゅっと強く抱きしめた



『悲しい時は悲しいって叫んでいい。泣きたい時は大声を上げて泣いていいんだよ。』



嗚咽を漏らすまいと堪えるように下唇を噛んでいる
細い肩が震え、ぎゅっと閉じた瞳から涙が零れ落ちた



『つらいって、苦しいって、僕に伝えてよ』
「ふ、ぇ…っ、」
『僕に助けを求めてよ』
「ひっ、…う、ぅ…」



小さな嗚咽が噛み締めた唇から漏れる
実体化して、ヴァイスを抱き締める
ガラスの中で咲き誇る赤い薔薇と、それを囲むように散りばめられた勿忘草とナズナとカランコエ
全て君がページを捲るのを躊躇した花で、君が欲しかった言葉で、僕の君への気持ちをあらわした花だ



「僕は、君を忘れない」



どんな事があったって僕は君を忘れたりしない
僕に居場所をくれた君を、忘れられるわけがないだろう



「君に僕の全てを捧げてもいい」



僕は君の為ならなんだってできる
君の為ならば僕の全てを差し出してもいい



「僕が君を守るよ。」



君を悪魔の子だなんて、もう誰にも言わせない
君を傷つける全てから守って見せる



「だからね、今は思いっきり泣いていいよ…僕の愛しい子」



だって、僕は君を愛しているから

ヴァイスは糸が切れたように大声を上げて泣き出した
ガラスを片手で抱えたまま、僕の服をぎゅっと掴んで泣くヴァイスを、僕は力いっぱい抱きしめる
溢れる涙は、嗚咽は、止まる事を知らないように何度も何度も零れ落ちていく
服を掴むその手にはいつもよりも白くなるくらいにまで力がいれられていて
口から漏れるその泣き声は声が枯れても止まらなかった
その姿は今まで見たどんな姿より胸を締め付けられた

嗚呼…やっと、この子は悲しみ方を知れたんだ
僕は細い身体を抱きしめながら、少し安堵してヴァイスの頭に頬擦りをした










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