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あれから数日たった今でも、僕はあの子供の傍にいる
別にあの子供に同情しているわけではない
ただ、あの無力な子供がこれからどう行動するのかが気になるだけだ

ヴァイスという子供は本当に無力だ
魔力もなければ、体力もあまりない
あの細い身体で自分よりも体格のいい子供を倒す事もできない
挙句に言葉巧みでもなければ人徳もなし
ただ一つ、この子供の強みといえば子供らしくない程の知識だった

観察していてわかった事は、あの子供はプライマリースクールに通わされていないという事だ
スクールに通う事もなく、あまり外に出るわけではない
稀に外に出ても、あの公園くらいしかいかない
でも公園で遊ぶわけでもなく、ただただ遊んでいる子供を眺めるだけ
ならばあの子供は外に出ない時は何をしているのか

子供はいつかの僕のように本の虫だった
孤児院の4階にある書庫から5冊程本を取り出し部屋や庭の隅にある木の下で読む
それがこの子供の日課だった
でも、この子供が読む本はプライマリースクールに通っていない子供が読むには難しすぎる本ばかりだ
文字よりも絵の方が多い絵本ではなく、この子供が読む本はどれも挿絵の少ない物ばかりだった

今この子供が読んでいる本は『悪い魔法使い』というタイトルの本で、この本は毎日読んでいる
初めてこの子供がこの本を手に取り読み始めた時、どうせ悪い魔法使いが倒されて終わるという在り来たりな物語なんだろうという程度にしか思っていなかった
その本自体に興味もないし、僕は子供の傍から離れて孤児院を散策した
でも子供はその次の日も次の日もその本を手に取った
子供がその本を手に取ると、僕は決まって子供から離れた
だって気分的に良くないからね
僕自身が悪い魔法使いだし
だけどその本は普通であれば1時間程度で読み終わる分厚さで、どうして毎日その本を読んでいるのかがわからなかった

僕は段々とその本の内容が気になってしまった
でも僕は幽霊で物には触れない
だから僕は子供がその本の1ページ目を開いたと同時に子供の後ろに回りこみ、その本の内容を盗み見た

驚いたよ
だってその本の主人公は、僕と同じ人生を歩むんだ
主人公は瞳が赤い事から周りに気味悪がられていて、虐められていた
ある日主人公は不思議な力を使えるようになる
すると周りはもっと主人公を気味悪がって、主人公は虐待を受けるようになった
そしてある日老人が来て、君は魔法使いだと言うんだ
主人公は老人から魔法を学んで、必死に勉強をした
でも魔法を使えない人間は主人公を蔑んだ
主人公は闇に落ちて、そして英雄に殺される
最後は『誰が悪かった?』と締めくくられている所謂リドルストーリー

まるで僕そのものじゃないか
この本を書いた人間はきっと魔法使いだ
そうに違いない
僕は頭を抱えた
誰が悪い?そんなの、誰だって悪い魔法使いというタイトルの本なんだから悪い魔法使いが悪いで終わるに決まってる
挙句にこの本は児童書だ
子供は英雄が好きに決まっているだろう
事実、僕が死んだ時、誰もが喜んだはずだ
僕が消えた時、何百人もの魔法使いが歓喜したはずだ
ハリーポッターを英雄だと囃し立て、連日新聞の一面に載ったくらい
それなのに。今更僕の過去を知ったところで、誰もが口を揃えて自業自得だと喚くだけだ
この子供だって、きっと…

じくり、胸が痛んだ気がして、僕は戸惑った
どうして胸が痛む
期待でもしていたのか?
この子供なら僕の気持ちを理解してくれるとでも思ったのか
そんな事あるはずがない

これ以上ここに居たくなくて、部屋を出ようとしたその時だった



「僕が、居場所になれたらいいのに」
『…え?』



僕が子供の方を振り返ると、子供は無表情のままでまた本を開いた
今、あの子供はなんていった?
居場所になれたら?

ぱらぱらとページをめくり、主人公が生まれてはいけなかったのかと泣いているシーンを開く子供
そのページの下部は挿絵になっていて、黒髪の男の子が静かに泣いている
子供はその挿絵の男の子の頬を指で撫でて、また口を開いた



「君は悪魔の子じゃないよ…だって、髪白くないでしょ?生まれてはいけなかったのは僕だよ…だから、君は泣かなくていいんだよ」



ぱたん、と音を立てて本を閉じたヴァイスは、本棚に本を直して扉をあけて振り返る
いつも無表情の多いヴァイスが、子供とは思えないような表情で微笑んで



「また明日、…今日も、頑張るね」



ヴァイスが僕の存在に気付く事はなく扉を閉める

ぎゅっと胸が締め付けられるような痛みを感じた
嬉しかったんだ
僕に対して言っているわけではなくても、物語の中の主人公への言葉なのだとしても
だってあの小説の主人公は僕がモデルなのだから

あの子供は…ヴァイスはマグルなのに赤い目の魔法使いに悪魔の子じゃないって言ってくれた
泣かなくていいんだと慰めてくれた
居場所になれたらいいのにと言ってくれた
僕の望む言葉を、ヴァイスはくれた
嗚呼、もし僕がこの時代にこの孤児院に産まれてたなら、ヴァイスと暮らす幸せな未来が待っていたのかもしれない
そう思えば思うほど胸が苦しかった
僕はさっきの言葉で相当絆されてしまったらしい
こんなの、生前の僕に見られたら怒られてしまいそうだ

僕は急いで書庫の扉をすり抜けてヴァイスの元へと走った
今は無性にヴァイスを抱きしめたくてたまらなかった












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