追記




藤崎佑助は現代社会の教科担任だ。時折見せるこどもっぽさに加え、ワイシャツの上にパーカを重ね更に白衣を羽織っている(チョークで汚れるのが嫌ならしい)というアンバランスな服装のせいで一体何の教師であるのか、そもそも教師なのかどうかさえ一見するとわからない。
それでも彼は確かに「先生」で、幾度となく不器用に不格好にしかし強く、わたしを助けてくれた。(救ってくれた、とはまた違う。いやどこか救われたということもあるのだけれどやはり、助けてくれた、がしっくりくる。)
のに。
彼が「先生」でなければ良かったのにと、半ば――六割七分くらいの割合で――本気に、思ったりも、する。


社会科準備室の薄汚れた窓を雨が打つ。不規則で途切れ途切れだった雨音はすぐに速まり、やがて濁点がつきそうな音でもって校舎を叩きつけた。厚く重いカーテンを引けば断続的な雑音もくぐもって聞こえ、それに混じって放課後のチャイムまで鳴るものだから、ああなんて曖昧な空間なんやろと思えてくる。
トーサクしてる、とわたしの首筋に顔をうずめていた藤崎がぽつりと呟いた。声とともに熱い吐息が落ちてきて、うなじから胸元の薄い皮膚を掠めていくものだからわたしは思わずぎゅうときつく目を閉じる。鎖骨の辺りを舌が這い、軽く歯を立てられる。痕、とわたしが溢すと彼は、わかってるとそっと微笑った。
窓際の壁に追い詰められるようにして座らされたわたしに退路は、ない。教室と同じ板でできた床も白さが剥がれかけた壁も冷たくて、だからこそ藤崎の熱がやけにくっきりと輪郭さえ伴うように感じられた。啄むようにされていた軽い口吻けは知らぬ間に深く深く、深く絡んで熱も吐息も酸素も感触も全部、境界線があやふやになってくる。彼の白衣を掴みながら僅かに離れた隙間で呼吸をすると黄色みを帯びた瞳と目が合って、不器用、と笑われた。
初めてこのようなキスをした時に悔し紛れに、上手ですねと睨みながら言うと、ああそう? と藤崎はごまかすようにわたしの頭を撫でた。十も齢が離れていれば彼の方にはもちろん経験があるのだろうけれど、それが妙に腹立たしくて、腹立たしく思っている自分はなお腹立たしかった。完全にこどもやんアタシ。
いつの間にか制服の裾から彼の手が這入ってきて脇腹を撫でていた。ぞわりとした感覚が背筋を伝うが、何やらそれすら、甘い。スカートと肌の境目を探られ臍の辺りを擽られて、そのうち下着の上から胸に触れられたところで堪らず、わたしは二酸化炭素とともに声を漏らした。つぅ、と指先で形を辿られてたまに爪を立てられ、吐息の熱がぐんと上がったところで背中のホックを外される。大きな掌と唾液をたっぷり含んだ口腔、音を立てられる度に羞恥が煽られ、けれど口をついて出るのは甘ったるいと言うかやたらと鼻にかかった声で、そんな反応を藤崎は楽しんでいるように見えた。
「おにづか、」
「――あっ、んん、」
緩く歯を立てながら名前を呼ばれる。痛いか? て、だからそのまま喋るなや。ちり、とした痛みで下腹部の方にも熱が行く。それに気付いた藤崎の、空いている方の手がわたしのスカートの中をまさぐる。太腿を軽く撫で回していたかと思えば急に手が伸びてきてつつつ、と確実に熱を帯びた箇所に触れた。じく、とあついのか痛いのかあるいはもっと別の、例えば快感、みたいなものなのか判断のつかない感覚が血液のように全身を伝う。
「ひぅっ、」
「……んな、可愛い声出すなっつーの」
「や、んっ、――ふじさき、せんせ、」
ぴたり、と藤崎はわたしの声にすべての動きを止めた。それは焦らすとかそういった行為ではなく完全なる停止であることはすぐにわかって、わたしはもう一度、藤崎先生? と呼んだ。
濡れた指をぺろりと舐めた彼は暫く制服の乱れたわたしを見下ろしてから、片手でネクタイの結び目を解いた。しゅるり、と意外にも上質な音がしてそれすらも聴覚を犯す。ネクタイを近くの椅子に投げた彼は天井を仰いで、倒錯してんよなーやっぱ、と漏らした。喉仏がくっきりと浮き出て見える。ああやっぱり男の人、やな、首筋に浮かび上がったシルエットに視線を縫い付けられていると不意に、ばさりと白衣が飛んできた。
チョークと煙草と、それから藤崎先生、のにおい。甘くも苦くもなく、やさしいにおいがした。
「ごめん、」
わたしの顔の両脇に手をついた彼が耳元で嘆くように囁く。ごめんとかすれた声で繰り返す藤崎はやがて、白衣ごとわたしを抱き締めた。跳ねた黒髪が頬の辺りを擽る。背中に回された手は熱い。
すきになったのも告白したのもすべてをせがんだのも、わたしだった。届いたことが、叶ったことが嬉しくて、彼の立場もわたしの立場も見ない振りをしていた。謝らなければいけないのはわたしの方だったのだろうけれど、その一言でこの恋が終わってしまう気がして喉が詰まった。
先生、と呼び掛けて、やめる。替わりにボッスン、とあだ名を呟くと彼の腕の力が強まった。彼のにおいが濃くなって、胸の底がきゅうとちぢまる。すきですきですきで、だいすき、だった――多分この関係は終わるのだろう。
わたしは藤崎がいつもそうするように、くしゃくしゃと彼の黒髪を乱雑に、けれど優しく撫ぜた。近づいた気がして、しかしそれが気のせいだと知っていたから虚しくなる。
雨脚は強まる一方で、倒錯した曖昧な空間は静かに静かに崩されていくようだった。




聖母の産道





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先生×生徒パラレルでシリアス着衣r18がどうしてもやりたかったのですが、でもあのシリーズだとそんなもん挟む余地ないしなー。じゃあ別設定でやればいっか、ハイやっちゃえー。というテンションで書きました。後悔と羞恥に耐えきれなくなったら消します。
不完全燃焼感が半端ないのは、収拾つかなくなったからです。←







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