可動 /




美術教師

女生徒
で、藤鬼
シリーズもの





真っ白な空間は自分のすべてが晒し出される気がして、なんだか怖い。洗剤のにおいがするシーツも正方形の板が敷き詰められた天井も隙間風に揺れるカーテンも皆白くて、自分だけがぷかりと浮いているような気になる。――きもちわるい。制服の上に重ねたカーディガンの袖口で口元を覆い、わたしは熱い息を漏らした。
じっと寝ていると天井が眼前に迫ってくるような錯覚を起こす。慌てて目を閉じたが、今度は目蓋の裏に彼の顔がちらついて落ち着かなくなった。結局、薄目で視界をぼやけさせるという手段を取り、夢うつつの中間で立ち止まる。
もう帰った方がいいわね、親御さん呼ぼうか? と先程保健医は眉を下げていたけれど残念ながら、親はまだ帰っていないだろう。重い身体を布団の中でもそもそと動かし寝返りをうつと、不快な眠気に睫毛が震えた。あかん、落ち着けへんわこのにおい。
悲しくもないのに瞳を涙が覆う。熱い雫が枕カバーに滑り落ちたのを意識の端で感じながら目蓋を下ろすと、唐突に保健室の扉が開く音がした。
頬に触れる冷たい感覚に薄ら目を開くと、ん、とこちらを覗き込む黄色みを帯びた瞳にぶつかった。ぼんやりとした思考の中でああぼっすん、と熱の籠った吐息とともに呟く。
「……おまえやっぱ、熱、出たんじゃん。保健医の先生が教えてくれたぞ。親御さんも出掛けてんだろ?」
彼の言葉にわたしは布団の上で小さく、頷いた。次いで、けほ、と咳を溢すと藤崎は眉を寄せて、大丈夫か? と長い指で汗に濡れたわたしの前髪をそっと除けた。
いつでも優しい指だった。その優しさがいつまでも続けばいいと思っていたし、今もまだ薄ら、いや結構かなり、思っている。ほんのりと油絵の具のにおいがする藤崎の指から顔に視線を移す。ん? と彼は目を丸めて僅かに首を傾げた。
「タクシー呼ぶか? ちょっと待ってろよ、今、」
「っ、行かんで、」
去りかけたパーカの裾を力なく掴むと、藤崎は驚いたように振り返ってわたしを見た。困惑しているようにも見えて、けれどそんなことを推し量る余裕はわたしになくて、薬剤の浸透した空間には不自然な沈黙が降りてくる。
鬼塚?
わたしを呼ぶ声が遠い。泣きそうなくらいに。
「……あんたはいっつも阿呆面しとるし、て言うか阿呆やし、知らんうちに人の内に入ってくるし、デリカシー欠けとるし、変なとこ突き放すし、そのくせ…………優しいとこばっか見せよる、から、ホンマは、ホントに、だいっきらい、やった」
「おい、――鬼塚、」
「でも、」
抱き締められた時の体温はきっと、今の比じゃない。あつくてあつくて溶けそうで酸素も薄くて、なのに類を見ないほど優しい温もりだった。それは幸せと呼ぶにはあまりにつらくてけれど、けれど幸せという言葉ではまだ余るほど幸福を感じていられた。
でも、と繰り返した声が掠れる。白さが痛いシーツには涙の染みが滲んでいた。

「でもアタシ、ボッスンのこと、めっちゃすきや」

言葉に色があるならばその時の告白はきっと、滲んだ水色、だったと思う。
潤んだ目では彼の表情まで見てとることはできなくて、不意に重ねられた掌の温度に息が詰まった。壊れたのかもしれへん、とふと考える。何が、かはわからないけれどただただ、決壊したイメージが頭の中に流れては途切れた。
だから、真っ白な空間は怖いのだ。すきや、ボッスン――晒け出された自分の想いをもう一度うわごとのように繰り返し、次いでごめんと一言添えた。
彼の声は聞こえなかった。




可動域は第一関節
(表層しか働かない思考の末。)






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これが15話目?くらいになるようです。長くて遅くて申し訳ありません。
推敲していないので、そのうちマイナーチェンジするかもしれません。

全然関係ありませんが、男性の「ん?」って顔がすきです。












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