竦動 /




美術教師

女生徒
で、藤鬼
シリーズ的なやつです




約束な――自分の声が夏風に揺れる。差し出した右手の小指におずおずと絡められた彼女の指は明らかに自分のものとは異質で、触れた部分がこそばかった。青みを帯びた視線が探るようにこちらに注がれたので、俺は苦笑を漏らした。
彼女が髪を切る前――去年の初夏のことだ。銀色の日差しが彼女の髪に反射して、どうしようもなく、眩しかった。
彼女は、あのささやかな約束を覚えているだろうか――覚えていなくても、構わないけれど。



試験期間中、美術教師である藤崎は基本的に暇だ。他科目の試験監督はしなければならないものの、試験制作も採点作業も、部活すらもない。だから、美術準備室という名の城でゆったりと煙草を燻らせながら、キャンバスに向かうことも能う。
暫しキャンバスの中の絵を見つめた後、そっと手を伸ばす。鉛筆で描かれた輪郭を恐る恐る指で辿ると温もりにさえ触れられた気がして、胸の奥が痛んだ。
「…………っ、あーくそ、」
デスクの上に置いてあった布をそっとキャンバスの上に掛け、息を吐く。紫煙が宙に漂って、暫時彼の視界を揺らめかせた。
短くなった煙草の火を灰皿で揉み消し、丸椅子から立ち上がる。背中から腰にかけての筋肉が凝り固まって、非常に痛い。ロッキングチェアとか欲しいな、とちらりと考えたが、どうせもうすぐ出ていく身、と思い直す。
日が既に傾いている。太陽が出ている時間も随分短くなり、冬が近いことを知る。変わり始めた空の色に藤崎は目を細め、冬か、と深い声で呟いた。
「――っと、巡回の時間か」
今日は椿とだったな。
欠伸を噛み殺しながら、ドアノブを捻る。キャンバスに向けた背に、緩やかな西日が当たっていた。

「僕は聞いていないぞ」
隣を歩く椿が、むっつりと頬を膨らませる。藤崎が軽く頬を掻いてから「今言った」と言うと、椿は鋭い眼光を兄に向けた。
「言っても止めんじゃん」
「当たり前だ!! そんなことをすれば、噂を肯定するみたいだろう!!」
「……なぁ、肯定の『肯』って、訓読み何だっけ?」
「ふん、そんなことも知らないのか。『がえんずる』だ、覚えてお……――いや、話を逸らすな!!」
「気になったんだから仕様がねぇだろ!!」
校内の廊下を歩きながら言い合っていると、ふと鼻先を風が流れていった。どこかの窓が開いているらしいと辺りを見ると、C組のカーテンが揺れているのが、引き戸の隙間から見えた。
まだ怒りがおさまらない様子の椿を先に行かせ、するりと教室に入り込む。他のクラスよりなぜか数分だけ早い時を刻む時計を見上げ、次に室内を見渡す。机に突っ伏す一人の生徒がそこにいて、藤崎は息を吐いた。
細く開いていた窓を閉めてからその席に近づき、彼女の隣の椅子に座る。
「もしもーし、お姉さん、下校時刻過ぎてますよー」
と声を掛けてみたが彼女からの反応はなく、ただ規則的な寝息が聞こえた。再度溜め息を漏らしてから、頬杖をつく。
彼女の上体の下には、つまり机の上には、勉強道具が広がっていた。古典だろうか、床に落ちていた教科書を拾い上げ、それで以て彼女の頭を軽く叩いてみる。ん、と小さな口から漏れた声に微苦笑を浮かべ藤崎は、ヒメコ、と呼んだ。柔らかく暖かい声だったことに自覚はなく、ただその名前の持つ甘さに胸が詰まる。なんでだろうなー、と考え始めたが答えは出そうもなく、緩やかに意識に広がる睡魔に頭を振った。
「……っすん、」
ふと聞こえた寝言のような彼女の呟きに、おぉっ!? と肩を揺らし、驚く。――今、呼ばれたか?
無意識のうちに手を伸ばし、彼女を象るその輪郭に触れようとして――目が覚めた。彼女の、ではなくて、自分の、だ。触れたら、きっと、答えが出てしまう気がして。

そんなことをすれば、噂を肯定するみたいだろう!!

椿の声が鼓膜に響く。違う、そうじゃなくて――、
浮かんできそうな答えを振り払うように俯き、冷たい空気の流れの中に身を置く。何だろう、答えを知りたく、ない。
口の端に笑みらしきものを浮かべ、頭を掻く。なんでだろうなー、ともう一度繰り返し、彼はゆっくりと立ち上がった。


目を覚ますと、背にパーカーが掛けられていた。その、ラグランのパーカーには見覚えがあり、鬼塚一愛ははっとして思わず立ち上がる。辺りを見渡してみたが彼の姿はなく、ただ少し大きいパーカーに残された温もりだけに残像があった。
風邪ひくなよ、という声が聞こえた気がして、鬼塚は目を細める。阿呆教師――嘆くように呟いた。
少しだけ早い時計の長針が、音を立てた。




3分先の世界
(隔離された未来の世界に残る温もりが恋しい。)





-----
この話、別になくても良かったていう(^p^)
無駄に長くてすみません、まだ続きます><












「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -