葡萄 /




女生徒

男子生徒
で、鬼塚と笛吹
(と、美術教師藤崎)
シリーズ的なやつです





いつかした約束。内容は思い出せない。ただ、絡めた小指の感触と、こそばそうに照れ笑いする彼の顔は鮮明に覚えている。


――恋と犬とはどつちが早く駆けるでせう。さてどつちが早く汚れるでせう。――

現文の授業中、堅物教師が珍しく雑談をした時に言っていた、小説の一文をふと思い出す。その教師は目を伏せ、長い睫毛を微かに震わせていた。三島由紀夫にとっては、恋とは、そういうものだったのだろうか。ぽつりと漏らした教師の言葉はやけに湿っていて、もしかしたら涙を含んでいるのかもしれないと思った。
汚れてなんか、ない。――違う、汚れてほしく、ないのだ。だから綺麗に綺麗に包んで蓋をして、何からも汚されないようひたすら隠していたのに――
俺、学校辞めんだ。
不安定な空の下、発された言葉。唐突に降りだした雨に濡れて憂いを纏った声は透明で、その意味も意義も意志もにおわせず、するりと意識をすり抜けていった。言葉の内容を理解した時には既に屋上に彼の姿はなくて、学校の頂上でわたしは立ち尽くした。
ひたすら隠して隠して隠して、隠し続けておきたかった彼への気持ちの蓋を開けたのは、他でもない、彼自身だった。



単調な足取りで時は過ぎ去り、知らぬ間に、期末試験が迫っていた。二年生の二学期、なんてまだまだ気楽な生徒の方が多くて、しかし赤点は回避すべく、中途半端なモチベーションで皆、参考書のページを繰っている。わたしも問題集を開き、シャープペンの先でとんとんとノートの余白を叩く。サインコサインタンジェント。何やそれ魔法の呪文か!!
ふと顔を上げると、スイッチこと笛吹和義が傍に立っていた。眼鏡の奥からじっ、と視線を注いでいる。何やの、とわたしが口を尖らせると、スイッチは前の席に腰を下ろした。
「珍しいな」
とパソコンで呟いてから、スイッチは自身のシャープペンでノートの隅に公式を書き入れた。それが、今解いている問題に使用するものだと数秒後に気付いたわたしはようやく、ノートにペンを走らせる。おぉ、解けた。
「珍しいて、何がや?」
「ヒメコがテスト前に勉強しているところは、初めて見たからな」
「嘘やん!! 適当なこと言いなや!!」
「いや、事実だ。事実なんだ」
「何で二回言うたん!?」
別に、とわたしは目を伏せる。「やらなあかんと、思ってん……努力せな、夢も見られへんもん」
「…………夢?」
スイッチが窺うようにこちらを見たが、わたしは曖昧に笑って誤魔化した。夢や。それだけ繰り返して、再び問題集と向かい合う。
溜め息のような吐息を漏らした後、スイッチは立ち上がった。
「あと、一ヶ月だな」
去り際、スイッチが残した言葉に一瞬、手が止まる。頭の真ん中を過った彼の笑顔に、胸の芯が冷たいのか熱いのか判然としない。換気のために開け放たれた窓からは冬の訪れを感じさせる冷えた風が這入り込み、伸びた前髪を揺らす。頬の皮膚が微細に震えて、今自分がどんな表情をしているのかわからなくなった。息を吸おうと空気を飲み込むと、喉の入り口がひゅっと音を立てた。
ふとノートの端を見ると、丁寧に書かれた公式の横に、ボッスンとした約束って覚えてるか? と走り書きがあった。約束。口の中でその言葉を転がして、じっと考える。約束な――照れたように笑った彼の顔と声が意識の底を擽った。何だっただろう、つまらないことだった気もするし、大事なことだった気もする。
「あと、一ヶ月」
あと一ヶ月。あと一ヶ月で、藤崎がいなくなる――。頭に乗せられた掌の重みも抱き締められた時の体温も初めて話した時の声の優しさも、絡めた小指の感触も――全部全部全部、わたしの中にあるのに。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。ノートの端に書かれた「約束」の文字が、崩れて見えた。
「――お願いやから、」
辞めんで。その言葉はどうにか呑み込んだ。胃の中に落ちてきたその言葉の重さに、わたしは静かに目元を覆った。




酸っぱい葡萄
(手の届かない葡萄、取れない言い訳を考えて納得していたつもりだったのに。)





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久々にこのシリーズ書きましたが、話が全く進んでませんね!!すみません!!
このシリーズすき、と仰って下さる方が多くて幸せです(^q^)












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