反動 /




椿(→)(←)丹
没文



 朝早い生徒会室は静謐な空気に満ちていた。冷えた空気は秋を思わせ、どこか視界の色を淡くさせる。
「――ん?」
 ふと香ったほのかなあまいにおいに視線を彷徨わせると、デスクの隅に真っ白な花瓶が見えた。その中に活けられていたのは、黒紫色と言うのか、ひたすら濃い紅色と言うのか、とにかく独特の色の、三輪ばかりの花だった。
 おや、と思い手を伸ばしたのは、一番奥に隠れるようにして、花弁が一枚しかないものが活けられていたからだ。そっと取って残った花弁を親指の腹で撫でると、微かにカカオのようなかおりが鼻先を掠めた。
「チョコレートコスモスですわ」
 唐突に聞こえた声に顔を上げると、丹生が背後に立っていた。艶やかな黒髪が朝陽に煌めき、幽玄な雰囲気を醸し出す。
 僕は驚いた拍子に二、三歩後退し、目を瞬かせた。
「お、おはよう、丹生。もう来ていたのか」
「おはようございます。驚かせてしまって、申し訳ありません――」
 唄うように彼女は言って、軽く目を細める。そして僕の手の中にある、殆ど花とは言えないようなチョコレートコスモスなるものを見て、あっと慌てたように細く白い指を伸ばした。
「棄てるつもりだったんですが――一緒に活けてしまったようですわね。申し訳ありません椿くん」
「あ、ああ、別に構わないが、」
 一体なぜ花びらがひとひらしかないのだという質問は、ひどく優しい手つきで、ひどく悲しげな顔をして、くだんの花を手折る彼女を見て呑み込んだ。毟られることのなかった一枚の花弁はやわやわと衰退の一途を辿っていて、惨めな美しさの残骸だけを纏っている。いっそ毟られた方がましだったのではないかとさえ思えた。

 ――自信が欲しかったのですが、きらい、が残ってしまったんです。

 不意にぽつりと彼女の口から零れた言葉の意味を測りかねて、僕はただ沈黙を貫いた。その柔らかそうな黒髪に、僅かに朱が差す頬に、あまやかな声を紡ぐ唇に触れてみたいという衝動のような感情を抑えながら、発するべき言葉を探す。言葉の海を溺れるように彷徨ってみたが、あまいかおりに思考を囚われた。沈むような黒紫色が目に染み着く。その花のかおりはあまいくせにやけに痛くて、思わず胸の辺りに片手を置いた。
 そうして暫く流れた沈黙の時間を打ち破ったのは、そうですわ、という丹生の軽い声だった。胸の前で両掌を綺麗に合わせ、にこりといつものように微笑う。
「本日の放課後は、私、ここに来られませんの」
「え、ああ……今日は定例会もないし、それは構わないが……、」
「ありがとうございます」
 そして彼女は深々と頭を下げた後、何事もなかったかのように自席に着いた。折れた花(だったもの)は彼女のデスクの隅に置かれ、萎れた色合いをより濃くしている。
 僕は暫くその悲しい姿を見つめ、浅雛が顔を覗かせた頃、ようやく思い出したように椅子に座った。窓からは柔らかい日差しが注ぎ、花瓶の中の花を照らす。綺麗だとは、どうしてか思えなかった。


 数日後、その日丹生は某財閥の御曹司との、お見合い紛いの会食があったのだと知った。
 あまくもにがいかおりが、ほんのりと鼻先を掠めた気がして、胸が痛かった。恋のはじまりとおわりが一緒にやって来た。





(その花は多分、恋を枯らすのだと思う。)




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ぼ つ _(:Д 」∠)_
mainにしようかなとも思いましたが、あまりに駄文だったのでぽいっと屑箱に。











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