歌道 /
ボス→ヒメ
ゆったりとした小雨が降っている。この季節においては、ひどく珍しい。
濡れた足元に目を落として、藤崎は溜め息を一つ溢した。湿った肩先が、心なしか下がって見える。冷たい染みは皮膚からよりもむしろ身体の内側から広がってくるようで、自然とまた溜め息が漏れた。
青々と繁った柿の葉を、雨が滴り落ちる。つぅ、と葉脈を伝った雫は、藤崎の首筋を濡らした。つめてぇ。呟いた言の葉は、雨に沈む世界に現れることはなかった。枯死してしまったみたいだ。嘘だろう? 目に見える世界は、こんなにも緑に溢れているのに。
額に貼りついた前髪を払い、藤崎は顔を上げた。絶え間のない曇天は色彩に乏しいくせに、憎たらしほどの存在感だった。崩れ落ちそうな膝をどうにか支えられていたのは、握り締めた彼女への想いがまだ、確かなものだったからだと思う。
ひめこ、
ひっそりと呼んだ彼女の名前は、やはり彼の喉元で枯れてしまった。流れ落ちた思い出はするりと傍らをすり抜けて、世界の果てへと逃げていく。呼び止めることもできない。ただ雨が静かに、満遍なく、温い世界に注がれる。
彼女はもう、藤崎の隣にはいない。
言葉は、人の心を種とするらしい。
(それならば僕はもう喋れない。)
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リハビリテーション。
やはりこういう話が自分の原点だと思う。根暗か。
タイトルは古今和歌集の仮名序より。
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