遡道2 /




時かけパロっぽいけど
時かけの設定を完全無視した
ボスヒメっぽいもの2
ヒメコと中馬







ひんやりとした空気に包まれた化学準備室は、用途のよくわからない薬品のにおいで満ちていた。慣れないにおいは思考を徐々に攫っていったが、しかし涙が引くことはなく、その生温い感触は途切れずに頬を伝った。
ぐすっ、と鼻を鳴らす鬼塚一愛の姿を部屋の隅に見つけた中馬は、苦い顔で息を吐き出す。膝を抱えて頬を濡らす彼女をここで見るのは初めてではない。けれど対処の仕方は未だによくわからなくて、これだから男は駄目なんだよなと自虐的に思った。
「……おい、」
頭を掻きながら中馬が声を掛けると、鬼塚は小さく肩を震わせた。華奢なその肩に乗っていた異名はこの姿にあまりに似合わなくて、彼女が救われて良かったと改めて思う。
「チュウさん、」
「あん?」
「タイムリープて、出来るて思う?」
「はあっ!?」
泣きながら何を言っているんだこいつはと思ったが、鬼塚は極めて真剣な表情をしていた。崩れた化粧のその下に、単純にちっぽけな、いち女子高生の顔があった。解っているつもりだったが、その顔は想像よりずっと幼い。
どうだろうな、と中馬は白衣のポケットをまさぐった。生徒から没収した煙草の箱を見つけて、そこから一本拝借する(返す予定もないが)。ジッポで先端に火を点けると、いかにもタール数の低い、不味い苦みが舌に染みた。
「科学は日進月歩だからな。今日出来なかったことが、明日になったら出来るようになってるかもしらんし。過去に戻るだけなら、理論的には不可能じゃねーしな。未来に行くのも、もしかしたら出来んのかもな」
「そ、か……」
「でも、時間は基本的に不可逆だからな。それをねじ曲げるのは、俺は良いことだとは思わねーが」
「…………、」
無言で俯いた鬼塚から目を逸らし、中馬は一度肺まで循環させた煙を外気に吐き出した。淡く色のついた煙は、薬品とは違う親しみづらさのにおいを以て、鬼塚の鼻腔を刺激する。
まあ、でも、と壁に凭れ掛かり、男は再度口を開いた。指の間に挟んだ安い煙草が、じりじりと灰の面積を広げる。

「それを歪めてまで叶えたいことってのも、あるのかもな」

数瞬、彼女は動きを止めた。それはまるで時が止まったかのような、濃くて重い流れだった。
かち、と長針が音を立てる。次の瞬間、鬼塚は静かに顔を上げた。涙は碧い瞳の奥に吸い込まれていて、頬に残る跡だけがくっきりと目に見える。
「……アタシ、」
「ふん、泣いてる暇はねーぞ、若人。――時間は有限で、不可逆だからな」
つ、と零れそうになった鬼塚の言葉を遮って、中馬は口角を軽く持ち上げた。煙草を灰皿に押し付けた手を白衣のポケットにしまい込み、ふっと笑うように息を吐き出す。
鬼塚は一瞬だけ迷うような素振りを見せたが、すぐに決心したように立ち上がった。ぐい、と目元を拭い、前を向く。そして、飛ぶように狭い部屋を後にした。
残された中馬はポケットの中で煙草の箱を握り潰し、開け放たれたままの扉の、その奥を見た。何かを悟ったように彼は微笑ったけれど、結局、タイムリープの話はどこに繋がるのか解らず終いだった。
「ま、いいか」
滅多に日の差さない化学準備室に、柔らかな光が当たる。中馬は目を細めて、部屋に満ちたにおいを少し多めに吸った。
夏のにおいがした。




逆流する夢現
(君が信じた道が真実なのだと思う。青少年よ、野望を抱け!!)






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次でラストです。(多分)












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