道義 /




国語教師

女生徒
で、椿丹





中庭の隅にある背中を見つけ、丹生美森は渡り廊下で足を止めた。腕の中の生物の教科書を抱え直し、そっとその背中に近付く。
「椿先生、」
弾んだ声をその背中に投げ掛けると、細い木を見上げていた彼が驚いたように振り向いた。
「……ああ、丹生か」
長い睫毛をぱたぱたさせながら瞬きを繰り返す彼は、美森の副担任であり、国語科の椿佐介という。細身だが割合しっかりとした体つきをしており、姿勢も美しい。(その割りに今一つ女生徒の人気が上がらないのは、彼の服装のレベルの低さにあるのだろう。)
淡い木漏れ日の中で柔らかな微笑を浮かべた椿は、移動教室か? と美森に訊ねた。
「はい、今は教室に帰る途中ですの。――椿先生は、何をされていらっしゃるのですか?」
「ああ、あれをな、」
「あれ? ……あら、」
椿が指した先を見ると、木の中腹に蝉の抜け殻があった。固そうな見た目だが、触れればすぐに崩れるほど脆いのだろう。
珍しいな、と椿が言う。確かに、秋よりも冬に近いこの季節に、あんなにも綺麗な形を保ったままの抜け殻を見られるのは珍しいのだろうと、美森は考えた。
少し躊躇ってから手を伸ばしたが、それは椿によってやんわりと制された。掴まれた指先に美森は思わずぴくりと肩を揺らしたが、彼の方はさして気にしていないようで、じっと木を見つめている。
「僕も、子どもの頃は抜け殻を乱獲したりもしたが――、」
ぽつりとそう呟いた椿は、昔を懐かしむように目を細めた。「あの脱け殻は、あのままにしておいてくれないか?」
美森はそんな彼の横顔をちらりと盗み見て、静かに頷く。毛先で緩やかな曲線を描く黒髪がふわりと揺れ、赤らんだ頬に落ちた。
「ええ、そうですわね」
「うん、ありがとう。――あ、」
そこで漸く自分の手の中に彼女の指があることに気付いたのか、すまないと言いながら椿は慌てて手を離した。別に構いませんのに、と思ったが口に出せるはずもなく、丹生は黙ってふるふると首を横に振った。
冬のにおいを感じさせる風に吹かれながら、良いものを見られました、お金ではきっと買えませんわね、と丹生が笑えば、椿もまた静かに微笑む。
冬の訪れを待つ抜け殻を見ていたら、つよく生きていける気がした。




指先に残るあなたの体温が愛しくて仕様がない。






-----
結局、つばにゅになりましてん。











「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -