白道(消化作業08) /



美術教師

女生徒
で、藤鬼
シリーズもの








ぴんと張り詰めた空気が痛い。冬の朝の空気は間違った触れ方をしたら肌が切れてしまうのではないかと思えるくらいに、鋭い。吐き出した息が白くて白くて、あまりに、白くて、あの日の天井やシーツを不意に思い出した。
――アタシ、ボッスンのこと、めっちゃすきや。
そう告げた日から三日間、わたしは風邪をこじらせて寝込んだ。土日を入れて通算五日間、学校に行っていない。もはや登校するのも本気で嫌になっていたけれど、昨夜スイッチから届いた、「もうこれで最後になるぞ」というメールを見て、覚悟を決めた。――いや、「覚悟を決めた」というには語弊があって、どうにもこうにも曖昧に中途半端に、自己を正当化しようと試みながら重い足を引き摺っている、という感じだ。
言ってしまった後悔と言わずに過ぎ去る後悔と、どっちのが重いんやろ―――今となっては比べることすら無意味だけれど。



ええにおいがする。そう思いながら化学実験室の扉を開くと、スイッチが実験器具を使ってコーヒーを淹れていた。コーヒー用に新品をチュウさんからもらったんだとスイッチは言うが、チュウさんから、というフレーズが入るだけでむしろ心配になる。
マグカップになみなみと注がれたコーヒーが差し出され、わたしは近くの丸椅子に腰を下ろした。添えられたフレッシュを水面に垂らすとぐるぐると、褐色の上に白が渦を描く。両手で包むようにカップを持つと、熱が掌に広がった。
対面に座ったスイッチは静かにカップに口をつけ、こくりとコーヒーを飲んだ。つられるようにわたしも一口、流し込んだが熱くて上手に味わえない。
「毎朝ボッスンと、ここでコーヒーを飲んでいるんだ」
パソコンを片手で操作しながら、スイッチが言う。うん、とわたしが小さく頷くとスイッチは眼鏡の奥の目を細め、でも今朝はと続けた。
「でも今朝は、来ないんだ――ヒメコを呼んだことは伝えてないのに」
「は? それって、どういう、」
スイッチは何も答えず、指先をキーボードから外し、空いた手でマグカップを包んだ。ぎゅ、と力を込めた彼の手は指先だけ赤くて、そう言えばこの部屋はひどく寒いと、今更ながら気付く。そして、なんやアタシは緊張してたんかと遅れて気付いて、少しだけ息を吐き出した。
あの日、わたしの告白に対する彼の言葉は聞こえなかった。もしかしたら何も答えてくれなかったのかもしれない。気付いたら家のベッドで寝ていて、荒い拍動をただただ聞いていた。抱き寄せられた時に聞いた彼の鼓動の速さが鼓膜の奥で重なって聞こえて、ああそうかアタシはほんまに恋、をしてんねや、と零れるように考えた。
少し冷めたコーヒーを、一口飲む。ようやく味わえた、ミルクが混ざったコーヒーは甘くないのにやたら優しくて、なんやスイッチみたい、だった。

でも、今朝は来ないんだ――スイッチのその言葉の意味が解ったのは終業式の時だった。急な離任式を兼ねたその式だったが、しかし壇上に上がったのは校長一人だった。
とある美術関係のチームに藤崎佑助先生が招聘され、この度本校を離れて海外へ行くこととなりました。実は前々からそのような話はあったのですが、教員を辞めることに抵抗を感じていらっしゃったそうで。しかし代理の先生が見つかり、休職という形を取れることになったため、その名誉ある仕事を引き受けることを決められました。――本来ならこの場に立って挨拶をいただくところですが、向こうの都合で、昨日、発たれました。皆さんによろしくとのことですが、うん、いやぁ、実に残念……。
嘘やろ? ――壇上から目線をスイッチに移すと彼は僅かに目を伏せて、小さく首を振った。俺だって聞いてなかった、とその表情で語られて、わたしの怒りやら哀しみやら切なさやら、よくわからない感情はどうしようもなくしぼんだり膨らんだりを繰り返す。周りで泣いている女子もいたけれど、わたしは泣きそうになるだけで涙は零れず、力が抜けそうな足をどうにか立たせて考える。
藤崎が――ボッスンが、もういない。

今日は終業式。窓の外では珍しく雪がちらついて、クリスマスが近付く世間に華を添えていた。




サンタクロースはもう来ない
(白い白い白い、ただひたすらに。)








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あと三〜四話くらい続きます。















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