消化作業01 /



ゴールデンウィークにもし皆でキャンプに行っていたらという、神(原作大阪編)をも恐れぬ妄想の話






あ、迷った、と気付いたのは木々も深くなってきた頃だった。肝試しの往路のルートは確か川沿いだったはずなのにいつの間にか水音が遠退き、草木の青いにおいが濃くなる。どこからか夜行性の鳥(多分、フクロウ。ホウスケはお利口にしとるやろか)が聞こえる。昼間より涼やかな風が耳元を通り抜け、毛先が揺れた。
前を行くボッスン(どちらが前を行くのかはじゃんけんで決めた。負けた彼は本気で嫌がっていた、「うわあああああやだよまじ俺死ぬよ?」云々。アタシかてイヤや)は迷ったことに気付いているのかいないのか、細い道を前へ行く。ふとその足下を見ると、スニーカーの踵を潰して履いている。さすがに山でサンダルは履かないらしいけれど、絶対、潰したスニーカーの方が歩きにくいと思う。

木々の隙間から見える夜空は、ひどく近い。絵の具をたっぷり含んだ絵筆を思い切り振り回したように、深い深い藍色の空に星がひしめいている。きらきらと、と言うよりも、ざわざわと、恒星が瞬く。ああアタシは自然の中に居るんやなと思うと、少しだけ、肌寒さが増した気がした。
周囲に気を取られていると、すぐ前を行っていたはずの足音が先程よりも幾分遠くなっていて、慌ててその背中を追う。彼は立ち止まって振り向き、手に持っていた懐中電灯を私の方に向けた。突然の明るさに、目が眩む。
「疲れたか?」
「へ? ああ、ううん。そんなに疲れてへんよ」
「そっか? ならいいけど、」
四方にライトを順繰りに巡らせた後、ボッスンは眉間に皺を寄せてどこまで行っても木だよなぁと忌々しそうに呟いた。
「これはあれだな、迷ったな」
「今さら気付いたん!?」
「だって暗いんだもん!!」
「何が、だもん、や!! 可愛ないわ!!」
「あー、くそ、スイッチたち呼べるか?」
ああそうかとケータイを確認すると一応圏内だったので、スイッチにメールを送る。そして溜め息を吐きながら、もう一度空を見上げた。山から見る夜空は、何となく、何かが強い。こちらが圧倒されて、恐縮してしまうほどに。
さわ、と木々が揺れる。風だとわかってはいるものの、何か出そうやなという思考が少しでも脳に過ってしまうと、その、何か出そうやなという思考が徐々に徐々に膨らんで比重が大きくなっていく。
怖ないの?
そう問い掛けようとした矢先、風で流れた雲によって月が隠れた。
「ひっ、」
大きな光源を失った山はあまりに暗くて思わず、近くの光に向かって手を伸ばす。触れたもの(多分、ボッスンのシャツ)をそのまま掴み、手繰るように引こうとするとその手をぎゅうと握られた。私よりも冷たくて大きいてのひらは、薄い闇の中でゆっくりと恐怖を解いていく。いつの間にか詰めていた息を、彼の呼び名とともに吐き出した。
「――ボッスン、」
「大丈夫、」
疑問とも断定ともつかないイントネーションでボッスンがそう言って、私の手を握り直した。大丈夫。もう一度、今度はきちんと断定口調で言って、彼は少し笑った。決して頼りがいがあるとは言い難い、けれどどうしようもなく私は、安心、するのだ、彼の隣に居ると。彼の笑いに触れると。心強いとも少し違う、心が丸くなっていく。
懐中電灯の光が足下に滲んでいる。慣れない山道を歩いたせいか、今さらながら爪先が痛い。しかしそれ以上にじんじんと、ボッスンに触れている箇所から胸の奥に、痛みのような熱が伝播してきた。
それはまるで、
「ボッスン、あのな、」
「ん?」
「あの、アタシ―――、」
まるで、恋、のような一瞬で。
「アタシ、」
冴え冴えと月が顔を出す。光に浮かび上がった彼の顔に何か言葉を差し出そうとしたその瞬間、どこか木々の狭間を抜けて、「ボッスーン」という声がした。近付いてきた人工的な光を視認したボッスンが「あ、」と声を漏らし、私は私で緊張の息を大きく吐き出す。何が何だかわからなくて胸が痛くて指先が熱い。
――何や今の、今の何や? アタシ、何を言おうて思ってた?
ふと気が付いて握っていた手を慌ててお互いに離して、少しだけ目が合って、けれど再度「ボッスーン!」という呼び声が聞こえたから私たちは、視線を逸らした。
「良かった、多分、スイッチと振蔵だな」
「……うん、せやな」
「肝試し、絶対最下位だよなぁ。罰ゲーム、何かあるんだよな。つーか、もう、眠いな」
「ああ、うん……、せやな」
もう彼に顔を見られないように背を向けて、声のした方に歩を進める。道は暗いが懐中電灯の光が向こうに見えるから、何とかなるだろう。
言い掛けた言葉の続きを考えないようにしながら、私はまた空を見た。囁くような星の煌めきに、明日の晴天を見た気がした。



*****

握っていた手がまだあつい。藤崎はてのひらを閉じたり開いたりして首を傾げた。
ボッスン、あのな、アタシ、
彼女が言い掛けた台詞の続きは何だったのか。結局聞けなかったその言葉の終わりは、このキャンプの内にはもう聞くことができない気がする。慣れない空気に戸惑って、目を逸らしたり要らんことを言ってみたりしたけれど、やはり空気は変わらなくて、彼女は先を歩いている。隣に並ぶ勇気は、今はない。
――勇気っつーのも、変な話だけど。
月に照らし出された彼女の顔に息を呑んで瞬きを忘れた、その一瞬を思い出す。それはまるで、まるで、
――……ま、いっか、何でも。
光の向こうに、ようやく友人の姿が見えた。明日はもう帰るだけ。ゴールデンウィークも、もう終わりだ。




閃光序詩
(先行、女子。)






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久々過ぎてボッスンもヒメコも誰おま状態。













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