同化 /





加藤と宇佐見没文




掌の上のビー玉をただぼんやり見つめていると、いつの間にかデスクの向かい側に宇佐見が書類を手にして立っていた。ああ悪い、とビー玉をそっと机上に置いてから書類に向かって手を差し出したがどうも彼女の目線は硝子玉の方に注がれていて、俺は行き場を無くした手を暫時ぶらぶらと軽く振ってから、引っ込めた。
俺も宇佐見に倣って一度ビー玉に視線を落とし、これはだな、とまた彼女に目を向けながら口を開く。
「よくわかんらねぇが、さっき鬼塚に貰った」
「――ヒメコさん、」
じっと考えるようにそう口にして彼女はほんの少し、眉間に皺を寄せた。何か要らぬことを言ったかとも思ったがしかし思い当たるところもなく、訊きかけた口をまた閉じてから指先でビー玉を摘まんだ。
紅いマーブルの模様を閉じ込めたビー玉は、金魚を内包しているようにも見える。昔縁日で見た色鮮やかな出目金を思い出し、ノスタルジィ、とか恥ずかしくて口に出すのも憚れるようなものに意識が沈みそうになった。
キレイ、とふと聞こえた声に顔を上げれば、宇佐見が俺の手元を見ていた。気に入ったか? と訊きながら硝子を持った指先を伸ばすと、彼女は戸惑いつつも俺の指から少しだけ下のところに自分の手を差し出してきた。触れないよう、彼女の掌の中にビー玉を落とすと、ころりと球体が曲線を辿る。
そう言えば、どことなく彼女の瞳のようにも見える。硝子玉のような瞳、など褒め言葉になるのか相当に微妙なところではあるが、透き通った印象も潤んだような紅もその瞳は抱いていてだから、だからつい先刻まで自分の手の中にあのビー玉を納めていたことが一種罪悪のようにも思え、けれど高揚させるものがひたひたと胸を侵した。熱い。掌にじっとりと汗が滲み、彼女の瞳を映す自分の角膜にはしかし濁りがない。
キリくんは、本当に、わかってないね。ぽつりぽつりと言葉を降らした宇佐見は、高揚感に言葉を失くした俺の前でぎゅうとビー玉を握り、そして躊躇いなく開け放たれた窓の外に投げ棄てた。砕ける音はしなかった。外界からは穏やかな放課後の声が聞こえるだけだ。
俺を見る彼女の眼は硝子玉のようで、透き通った無色の冷たい檻に紅い熱を飼っていた。




熱病の零度





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書いている途中で、「あ、これは没だな」と気付いてはいました。












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