美術準備室まで日誌を届けに行くと、その男は日溜まりの中で寝息を立てていた。窓から差し込む午後の日差しは穏やかで柔らかい。そしてどこか甘そうで、蜂蜜のようなとろりとした質感を持っているように見えた。
なんやコイツとわたしは眉をひそめつつ、日誌を机の上に叩きつける。それでもその男は目を覚まさず、くかくかと浅い呼吸を繰り返した。
「……見れば見るほど、アホな寝顔やな」
自分より十近くも年上とは、とてもじゃないが信じられない。言動も幼いし、そう言えば好物はみかんゼリーとか言っていた。こどもやこども、とわたしは笑いながら、その寝顔を見つめた。
柔らかな日の中で光る、跳ねた黒髪に手を伸ばす。指の先で癖っ毛をつつき、藤崎ーと呼んでみる。すると、彼の目蓋がぴくりと動いた。
「んあ……、」
目を開いた彼は、机の上の日誌と隣に立つわたしを見比べて、おお、と寝惚けた声を漏らした。「――やべ、俺、寝てた?」
「おうおう、がっつり寝てたわ」
「あー……職員会議出損ねた」
「最低やなアンタ」
「ちょ、やめて。生徒にマジトーンでそういうこと言われると、ホント傷付く」
「メンタル弱っ」
くぁ、と欠伸を漏らし、藤崎は頭をがしがしと掻いた。その手には赤や黒などの絵の具らしきものが付いていて、ああちゃんと絵ぇも描くねんなと妙に感心する。長い指はわたしのものと違って男性の、そして大人のそれだった。
彼はわたしが置いた日誌を開き、中を軽くあらためてから、お疲れ鬼塚とこちらを見ずに言った。
鬼塚――その響きがあまりによそよそしく耳に残って、胸のあたりが冷たくなった。
なんだか知らないが、彼はわたしを鬼塚と呼ぶ。他の生徒は名前で呼んだりするくせに、とわたしは唇を尖らせたが藤崎は気付く様子もない。
ふん、とわたしは鼻を鳴らし、美術準備室の扉を開いた。明日も遅刻すんなよと背中から聞こえた声を無視して廊下に出ると、冷たい空気が火照った頬を包んだ。





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まぁやはりちょっとないかな!!


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