部活へ行く前、彼女の教室を訪ねた。「佐倉さん!」と呼ぶと、驚いた顔をしながら駆け寄ってきた。

「どうしたの?」
「ちょっと、向こうで話さない?」
「私はいいけど……。鳳くん、これから部活でしょ? 大丈夫なの?」
「大丈夫。少しだけ話したくて」

 授業中に書いたノートの切れ端を彼女に手渡した。記してあるのは、彼女が作曲した一小節。

「……もう鳳くんにあげた曲だから」
「本当にそれでいいの? 一生懸命作った曲でしょ?」
「いいの! 鳳くんなら、きっと素敵な曲にしてくれる」
「……佐倉さんは、何を思い浮かべてこの曲を作ったの?」

 「……それは」佐倉さんの言葉が詰まった。言いたくなさそうな表情も浮かんでいる。これ以上、踏み込んで聞かないほうがいいのかもしれない。

「ごめん。答えにくいなら答えなくていいよ。……そろそろ部活行くね! また明日」

 足元に視線を落としたままの彼女を残し、テニスコートへと急いだ。正確には、彼女の前から逃げ出した。どう声を掛けたらいいのか分からなかったから。聞かれたくないことの一つや二つ、誰にだってある。彼女が抱えている触れてはいけない場所に触れてしまったのかもしれない。

──あんなに悲しそうな佐倉さんの姿は初めて見たな……。



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