黒板の一小節を何度も繰り返し弾いていた。右手のメロディラインに左手の伴奏を適当に添えて。誰が作った曲なんだろう。有名作曲家の曲なら数多聴いてきたから、誰の曲かは大体分かる。

 もう一度、弾き始めた時。足音が近づいてきた。それも穏やかではなく、激しいスタッカートを刻んだような廊下を走っている足音。

 「ちょっと! 勝手に弾かないで!!」扉が開いたのが先か、そう叫んだのが先か……。見覚えのある人物がもの凄い剣幕で立っていた。

「佐倉さん?」
「鳳くん!? もしかして……今、弾いてたのって──」
「うん。俺だよ」

 「驚いた」と呟きながら、室内に彼女は入ってきた。去年、佐倉さんとは同じクラスだった。お互い趣味がピアノということもあって隣の席になった時は音楽の話題で盛り上がって楽しかった。

 黒板の前に立ち、ゆっくりと彼女は譜面を見上げた。「この曲、知ってるの?」彼女の隣へ行き、同じように俺も譜面を見つめる。

「知ってるも何も……この曲作ったの──私だから」
「え?」
「中途半端な曲でしょ? 明るいくせに、続きのない曲」
「通りで」

 「ん?」と不機嫌な顔をした彼女に「そういう意味じゃなくて……。どこかの作曲家の曲かと思って、思い出そうとしてたんだ」と慌てて訂正した。

「作曲家って……。歴代でもプロの人でも、こんなくだらない曲作るわけないでしょ?」
「そうかな? このメロディライン、耳に残りやすいけど」
「……鳳くんは、この曲弾いてて楽しかった?」
「うん。つい、勝手に伴奏つけちゃった」

 微笑む俺に佐倉さんは悲しそうに笑みを返した。「そう。だったら……この曲、鳳くんにあげる。私には続きを作る【資格】がないから。それじゃ」

 あんなに形相を変えて飛び込んできたのに、呆気なく曲を俺に譲ると言い出した佐倉さん。どんな思いで彼女は、この曲を生み出したのだろう。愛着があったから、誰が弾いているのか確かめたくて走ってきたのではないのか? 彼女が言っていた『【資格】がない』という言葉も引っ掛かる。

 日差しの強い午後の休み時間。取り残された室内で、黒板の譜面と暫く見つめ合っていた。



前へ|次へ


拍手

しおりを挟む

目次
小説置き場
top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -