翌日、佐倉さんは学校に来なかった。熱が出たと担任は話していたけど……心配だ。昼休みに入り、音楽室に続く廊下を歩いていると向かい側から跡部さんが歩いてきた。

「鳳。佐倉は、どうした?」
「はい。風邪でお休みしています」
「……少し小耳に挟んだんだが、アイツ──演奏会参加を取り止めたそうだな」
「さすがです。もう跡部さんの耳に届いていましたか……。昨日の放課後、田宮楽器店で彼女と落ち合う約束をしていたんです。でも、突然店から佐倉さんが飛び出してきて、そのあと『参加するのやめた』と言われました」
「……田宮楽器店、か」
「帰りに寄ってみようと思います」
「俺も調べてみる。佐倉には色々噂があるからな」
「……噂、ですか?」
「お前もアイツのピアノを聴いて分かっているだろう? おまけに、あの性格だ。波風立たないほうがおかしい」

 妙に納得してしまった。佐倉さんのピアノの音は天性のもの。それだけでも妬みの対象となるが、ハッキリした物言いがそこに拍車をかけていそうだ。

「実力者ほど下に足を引っ張られるものだ。……くだらねぇことを考える奴は、どこにでもいやがる。乗り越えるメンタルも実力の内だ」

 跡部さんが言うと説得力がある。去年卒業したテニス部の先輩の中にも跡部さんを良く思わない人たちがいた。どんなことをされても、どんなことを言われても、跡部さんはいつも平然としていた。心配する俺たちに「弱い奴の相手をしている暇はない」上を見続けている彼らしい発言だった。同時に本当の強さを教えてもらった。

 俺もメンタルは強いほうじゃない。もし、自分が佐倉さんの立場だったら──でも、彼女はピアノを弾き続けている。嫌いにならず、好きな気持ちのまま。


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