「佐倉さん?」呼び掛けつつ、慌てて彼女のおでこに触れた。幸い、熱はないようだ。
「よかった……。あ──」
咄嗟の判断で行動していたため、あまり深く考えていなかった。自分の手で触れている彼女の柔らかな髪、マシュマロに似た質感の肌が現実に引き戻した。──【女の子】に触れている。そう認識した途端、今の状況に恥ずかしさが込み上げてきた。道の真ん中で相合い傘、しかも抱き合っている。引き離そうにも佐倉さんからは寝息が聞こえてきた。
「佐倉さん、佐倉さん! ……困ったな」
何度呼んでも応答がない。立ったまま眠る人を見たのは、芥川さんに次いで二人目だ。どうしようにも他に方法は思い浮かばなかった。彼女の体を抱き抱え、傘を肩と首で挟み、彼女に雨がかからないよう注意しながら自宅を目指した。本来であれば、彼女の家に送り届ける、もしくは叔父さんの家である田宮楽器店に引き返すべきだが、前者は彼女の家を知らないため不可能。後者も【何か】があって彼女は店を飛び出した。そこへ引き返すのはどうだろう……と考え、とりあえず俺の家に行くことにした。
父は弁護士の仕事が忙しくて、ここのところ事務所で寝泊まりしている。母も昨日から社員旅行で留守。姉は都内にある大学に通っていて、大学近くのアパートで一人暮らしをしている。残るは、祖母。彼女は世話焼きだから、怒るよりも喜ぶだろう……。『孫が彼女を連れてきた!』と勘違いして。
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