「鳳、佐倉。これでエントリーできる。ありがとな」
「いいえ」
「三年連続優勝できるといいですね、跡部先輩?」
「あぁ。俺様が奏でる美しい旋律を会場に響かせてやる!」
「そういう一言は要らないんじゃない?」「佐倉さん!」漫談みたいになっている俺たちを見て、跡部さんは声高らかに笑った。
「お前たち、いいペアじゃねーの! ──出場するからには、必ず一位を取れ! 俺たち氷帝が、ソロも連弾も優勝を飾る!!」
「はい!」
「おー」
いまいち、佐倉さんはやる気ではないみたい。誰かと競うのは苦手で、コンクールのオファーが来ても断っていたと言っていた。
「二人とも練習しっかりやれよ! それじゃーな!」
跡部さんが去ったあとの室内は、祭りのあとの静けさだった。
「練習する?」
「その前に自由曲決めないとじゃない?」
「あー、それなら何曲か絞ったんだけど」
「見せてくれる?」
譜面ファイルにしまったリスト表を取り出し、佐倉さんに手渡した。食い入るようにリスト表を見つめる佐倉さん。気に入った曲があるといいのだけど……。
「……どの曲も名曲だから聴いている人たちはいいかもしれないけど、弾くとなると無難な曲ばかりだね」
「能嶋さんと出ることになってたかもしれなかったから……」
「なるほどね。確かに彼女向きの曲かも。……私向きの曲は考えてないの?」
自由曲と言っても選べるのはクラシックの中から。佐倉さんと弾くことになると、あれもこれもと欲が出てしまい、厳選できなかった。
「一緒に弾きたい曲がありすぎて絞れなかったんだ……ごめん」
「……そっか。じゃあ、今度は私が選ぶね。今日、部活終わったあと時間ある?」
「うん。でも遅い時間になっちゃうよ?」
「いいよ。田宮(たみや)楽器、知ってる?」
「もちろん。よくお世話になってるよ」
「そう。そこ、私の叔父さん家なんだ。楽譜も色々置いてるから、部活終わったら立ち寄ってくれる? 候補選んでおくから」
「分かった」
田宮楽器は商店街の一角にある小さな楽器店。幼い頃から、よく訪れている。店主である田宮さんと佐倉さんが親戚だったのは驚きだ。
彼女と約束を交わしたところで、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
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