佐倉さんと初めて話した日、それもこの場所──音楽室だった。

 どこからか聴こえてくる【渚のアデリーヌ】。聴き覚えのある曲にも関わらず、初めて聴いたような感覚だった。これまで聴いてきた【渚のアデリーヌ】のイメージは、太陽が降り注ぐ海辺を元気に走る女の子だったのだが、今流れている【渚のアデリーヌ】は、もの悲しげに海辺を見つめる女の子の姿が浮かぶ。空も暗く厚い雲に覆われ、雨が降りだしてきそうなイメージだ。同じ曲なのに奏でる者によって、曲はここまで変わるものなのかと驚いた。そして、さらに驚かされた。この曲を弾いていたのは自分と同じ学年の女の子。

「なに? 今度は、あなた?」
「え?」
「あなたで五人目。ピアノの音に吸い寄せられてきたの?」

 第一印象は決してよくなかったけど、彼女が奏でる音に魅了された。

「どうして明るい曲なのに悲しく弾くの?」
「逆に聞くけど、誰が【明るい】って決めたの?」
「それは──」
「感性なんて人それぞれでしょ? 作曲者がどう作ろうが受け取る側にその思いまでは伝わらない。この曲、愛娘のために作ったバラードなのに、恋人か愛人宛だと言う人までいたんだから」

 「私は自分が感じたままに弾いてる」と彼女は付け加えた。室内には変わらず、寂しげな憂鬱な【渚のアデリーヌ】が流れている。この曲の少女は、その後どうなるのだろうか。そんなことまで気になる自分がいた。

「佐倉さんのイメージのアデリーヌは、この後どうなるの?」
「……さぁ。彼女の気持ちが晴れることはないかもね」
「え?」
「ねぇ、あなたもピアノ弾けたよね?」
「うん」
「あなたが思うアデリーヌ、聴かせてよ」

 あの時は気づかなかった。いや、初対面で気づけなかったんだ。あの時すでに、佐倉さんは何かを抱えていたのかもしれない。

「……鳳くんが弾くアデリーヌは自由で楽しそう。そんなふうに弾けて羨ましいな」

 そう言った佐倉さんの顔も、ものかなしそうだった。


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