後日、跡部さんから課題曲の譜面が手渡された。佐倉さんが断った時の場合を考えて、他の生徒にも声を掛けたらしい。エントリー締め切りまで、あと三日。未だ、佐倉さんからの回答はない。

「お前は誰と組むことになっても出場してもらうから、しっかり練習しておけ」
「わかりました」
「……一応、佐倉にも譜面は渡してある。来週からは、連弾相手との練習も始めてくれ」
「はい」

 他の生徒というのは、合唱部で伴奏を務めている三年生の能嶋(のじま)さん。彼女も実力者だ。

 受け取った譜面を見ながら、ため息を吐き出した。課題曲は、【道化の行進】シャブリエ作曲。軽快なリズムで、それこそピアノが歌っているような難しい曲。能嶋さんの演奏も耳にしたことがあるけど、この曲を弾くことは彼女のレベルなら容易だろう。でも、ピアノが歌うまでの演奏が出来るかは別の話だ。俺自身も危うい。

 練習あるのみだ。譜面台に譜面を置くと、手を鍵盤の上に乗せ、音を奏で始めた。出だしから、一オクターブ下に置いた自分の右手と一オクターブ上に置かれた相手の右手とで同じ音を同じリズムで弾く。当然息が合っていなければ、チグハグに聴こえてしまう。語りかけるように音を二人で紡いでいく。緩急のある曲でもある。幅広い表現も付け加えていかなければいけない。

 この譜面を見た佐倉さんはどう感じただろう……。『私には弾けない』と思っていないことを願うばかりだ。この曲は彼女じゃなければ弾けない。──彼女のために用意された、と言っても過言ではない。

 一通り弾き終え、ピアノの背もたれに体を預けた。この他にも自由曲を決めて、練習しなければいけない。「ある程度、候補を絞っておけ」と跡部さんから言われている。自由曲も決めなければいけないし、課題曲の練習もしなければ。そこに部活も追加される。部長である跡部さんが部活をやっている以上、自分だけ休んでピアノの練習に明け暮れるわけにもいかない。

 効率よくいかないと、テニスもピアノも共倒れしてしまう。


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