春なんて嫌いだ/藤真健司(スラムダンク)
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 春なんて来なければいい。終わりがあるから始まりがあると誰かが歌っていたけれど、こんな終わり方をして何が始まるというのだろう。

 どうして、あのとき……。募るのは後悔ばかり。今さら遅いのは分かっている。卒業式まで、残り4日。想いを伝えるべきか、このまま隠しておくべきか……。その答えすら、自分の中でまとまっていない。

 これまで伝えるチャンスは何度もあった。それを「今はまだ……」と先延ばしにし続けた結果、彼の高校生活が幕を下ろすまで残り4日となってしまった。

 今、気持ちを伝えたところで何になる? 迷惑になるだけじゃないか? 悶々とした気持ちを抱え、机に突っ伏していた昼休み。

「話がある。ちょっといいか?」

 あたたかな日差しに夢でも見たのかと顔を上げた先にいたのは、紛れもない藤真先輩本人だった。彼が二年の教室を訪ねることなど今までに一度もなく、私を含めたクラス全員の時間が止まった。自分がどう立ち上がったのかも分からないまま、彼に手を引かれ、教室を後にした。

「体育館なら誰もいないだろう」

 独り言なのか行先が分からない私に伝えるために言ったのかは分からない。ただ確かなのは、前を歩く彼に手を引かれ、体育館がある方角に向かって歩いているということ。

 体育館に近づくにつれ、陽だまりの匂いが強くなる。まだ私の思考は回復しておらず、夢見心地のまま。これも春の仕業だろうか。

 お目当ての場所に着くなり、彼は私の手を離し、倉庫へと入っていった。残された手のぬくもり。それを見つめている内、だんだんと鮮明になっていく状況。気づいた時には頭を抱えていた。

「どうした? 体調が悪いのか?」

 バスケットボールを手にした藤真先輩が小走りでやって来た。体調は悪くないが、心臓には悪い。端麗な顔が目と鼻の先にある。胸の前に両手を出し、「大丈夫です!」と拒絶態勢を取ってしまった。

「……あ、すまない」
「ふ、藤真先輩が謝ることはないです! 全然!」

 緊張しすぎて、うまく話せない。想いを伝えられなかった原因の一つでもある。自分の気持ちや考えをまとめて話すことがこんなにも難しいことだったなんて……。

 友人からは「変に考え過ぎなだけ」と言われたが、確かにその通り。友人と話す時は普通に話せるのだから。好きな人となると、【嫌われたくない】思いが先行する。あれこれ考えている内、間が空いて話題が次に移ってしまい、何も言えないこともある。

「……急に連れ出して、すまない。時間は刻一刻と過ぎていくものだと、卒業の日が迫るにつれ、嫌でも痛感させられた」

 藤真先輩はスリーポイントの位置から真正面のゴールリングを目掛け、ボールを放った。何度もチームを引っ張ってきた彼のシュート。ボールがリングを通る度、会場を湧かせ、チームに勝利への光をもたらした。

 力なく転がったボールを私は拾い、藤真先輩に手渡した。

「お前には感謝している。雑用ばかり頼んで悪かった」
「とんでもないです! バスケ部のお手伝いができて、充実した2年間でした! 転校生だった私に声を掛けてくださり、ありがとうございました!」
「……あの日、俺がお前に声を掛けたのは偶然じゃない」
「え?」
「中3の頃、対戦したチームのベンチにお前がいた。俺たちのチームが大差をつけ、お前のチームの連中は全員諦めていた。それでも、ベンチにいたお前だけは選手一人一人を信じ、声を掛け続けていた。……結果は変わらなかったが、【応援の力】をお前に見たんだ。だから、俺はお前に声を掛けた」

 私にとっても、あの試合は忘れられない。「コートに立ったことがない奴に何が分かる?」「外にいる奴は何とでも言える」どんな言葉をかけても選手には届かない。それでも私は声を掛け続けることしかできなかった。外にいる人間が唯一できることが【チームを信じること】だから。

「あの状況で声を掛け続けていたお前に俺は負けた。試合には勝ったが、チームを信じる気持ちでは負けていた。……お前が仲間を信じることに気づかせてくれたから、今の俺がいる」
「……藤真先輩」
「お前に【翔陽】を託す」

 私は春が嫌いだ。大好きな先輩と校内で会えなくなってしまうから。先輩たちの勇姿を見ることができなくなってしまうから。

「……任せてください! だから──」

 その先は言いたくない。でも、私の気持ちを代弁するように藤真先輩から告げた。

「ありがとう。これで心置き無く、卒業できる」

 結局、私は好きの気持ちを飲み込んだ。──いいや、泣き散らかして何も伝えられなかったんだ。これも全部、春のせい。

 春なんて嫌いだ 〜完〜



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