「駅?」
「うん」
「電車に乗るのか?」
「うん」
隼総に言われるがままに、券売機にお札を突っ込んだ。
「どの切符を買うんだ?」
「じゃあねえ‥‥その1940円のやつ。」
「分かった」
隼総がそれと言ったのは、券売機で売ってる切符の中では一番高いものだった。
「どこに向かっているんだ?」
「秘密。着いてからのお楽しみ」
「ふーん」
電車の中は、ひとまず座れるくらいには空いていた。
流れる景色を見ながら、差し障りの無いことをあれやこれやと話した。
「あ、喜多くん」
「なんだ?」
「俺、部活辞めるから。」
「‥‥‥‥え?」
「あ、駅、着いちゃった。ほら、降りなきゃ乗り越しちゃう。」
「え!ああっ」
ドタバタとギリギリで下車して、改札を出る。
「隼総、ここからどこに──」
「切符、買うよ」
「ま、まだ乗るのか!」
「酔った?」
「いや、別に」
「じゃあすぐ買って乗ろう。その、2040円のやつ。」
「あ、ああ‥‥」
また、一番高い切符だ。
友達とこんなに遠くに来たのは、初めてかもしれなかった。
それから、降りた駅でまた切符を買って、また長いこと電車に揺られた。
「隼総」
「なに?」
「どうしていきなりデートに誘ったんだ?」
赤い夕日が、隼総の紫の髪を紅色に染めていた。
「なんとなく。」
「もうすぐ降りる駅だけど‥‥降りたらどうするんだ?」
「切符買う」
「お、俺は、これ以上切符を買うと、帰る切符を変えなくなっちゃうんだ‥‥。だから、これ以上遠くには──」
「切符買って」
「え?」
「切符。」
その車両には、自分と隼総の二人きりだった。
「隼総、いい加減に教えてくれ。」
「?」
「一体、どこまで行くんだ?」
それまで遠くへ飛んでいた隼総の視線が、不意に俺の目にカッチリと合わさった。
「‥‥‥‥どこまでも」
「!?」
そして────
「え、隼総──ん─────っ!」
喋りかけた口を、隼総の口で塞がれた。
「──ん───ぁ────」
苦しくて、顔が真っ赤になるのが分かった。
「‥‥ディープ、初めて?」
口を放した隼総は、苦しい素振りなどひとつも見せずに言った。
無言で、頷く。
「隼総は、初めてじゃないのか‥‥?」
「うん‥‥ごめんね。」
「いや‥‥て言うか──どこまでもっt」
「ねえ、喜多くん」
「?」
「二人でさ、遠くに行こうよ。」
「‥‥え?」
「カケオチ、しよ」
聴覚から何拍か遅れて理解がついて来る。
「カケオチって───」
「俺とじゃ、いや?」
隼総の瞳に、いつもの少し人を見下した感じは無く、縋るような、今にも泣き出しそうな色をしていた。
「嫌、じゃ、無いけど‥‥」
「けど?」
「けど、が、学校もあるし‥‥」
「‥‥」
「部活、とか、俺は、スタメン落ちたけど、キャプテン、だし‥‥」
「‥‥」
直視できなかったが、隼総が俯くのが分かった。
「親とかも、心配、するし‥‥‥」
「‥‥」
「それに‥‥‥」
行き詰まる。
あと、何と言ったらいいのだろうか。
しかし、次の言葉を発したのは隼総だった。
「‥‥‥‥‥‥なーんてね。」
「へ?」
思わず間抜けな声を出す。
「冗談だよ、冗談。」
「???」
隼総はいつもの笑みを浮かべた。
まるで、さっきまでのことなど無かったかのように。
「すぐ真に受けるな、うちのキャプテンは。困った奴だ。」
「え?う、うるさい!からかうのが悪いんだ!」
キスで真っ赤だった顔が、今度は恥ずかしくて真っ赤になった。
「喜多くんの、そういうところ好きだよ。」
「‥‥‥だって、ディープキスなんてするから‥‥」
隼総はこちらを見ているようであり、もっと遠くを見ているような気もした。
「キス、嫌だった?」
「いや、そんなことは──」
「良かった。」
心から、安心したように笑った。
少なくとも、そう見えた。
「あのね、さっきのキスは────」
シュゴォーーッ
うるさい音を立てて、電車の扉が開いた。
「‥‥降りて、切符買って帰ろっか。」
「あ、ああ、そうだな」
「あ、ほら早くしないと閉まっちゃう!喜多くん小さいから挟まれるよ!」
「な、何を!?」
自分の手を引く隼総の背中は、何故かいつもより弱々しく、儚げに見えた。
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