「───た、喜多!喜多ってばぁ!!」
「うん?」
西野空の間延びした声が、酷く焦っている。
「なに寝てんの!指されてるよ、112ページ3行目、読んで!!」
「あ、ああ‥‥」
教科担任の呆れた視線を感じながら、言われるがままに国語の教科書を読み上げた。
「どったの?」
「?」
読み終わり着席すると、西野空が前の席から話しかけてくる。
「ああ、居眠りなんて、したこと無かったのにな。」
「違くて、それ、目。」
「?」
自分の目に手を当てると、睫が湿っていた。
「怖い夢、見てたの?」
「‥‥覚えてないな。」
あと少しで思い出せそうな気がしたけど、そう言うときに限っていくら考えても思い出せないことはよく知っていた。
「‥‥懐かしい夢だった気はするんだが‥」
「‥‥昔何かあったの?」
「‥‥あ、少しだけ思い出した。」
「なになに!?」
(隼総が、出てきたんだ。)
隼総は、一個下のチームメイトで、シードで、強くて、生意気で、プリンスで、恋人で、────そして、もういない。
地区予選で負けた週末の次の月曜日、転校先も告げずに転校したことが監督から聞かされた。
(その前の日に、デートしたときの‥)
「どんな夢だったの?」
興味津々と言った感じで、西野空が身を乗り出す。
「えっと───」
「コラ、そこ!西野空、前向け、前!」
「はあ〜い」
西野空は前を向き、ついでに教科書を読まされた。
結局、西野空に夢のことは教えなかった。
なんとなく、教えたくなかったから。
ただ、あの日のことを思い出すと、いつも考えてしまう。
もしも、あのとき隼総と一緒にどこまでも行っていたら、自分たちの未来は違っていたのだろうかと。
考えていつも、少しだけ泣きたい気分になる。
そして、願う。
毎晩見上げる大好きな星空を、彼もどこかで見上げているようにと。
だけど、いくら泣いてもいくら願っても、もうなにも変わらないことを、俺は知っていた。
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