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初心者向けポケモン会議


「何ヨシノ、ハッコウシティ行きたかったん?」
「うん! すごく!」

 2日ぶりの揃ってのご飯時、ハッコウシティで過ごしたを聞きたがるヨシノにチリは言うと案外力強い答えが返ってきた。
「カラフシティは?」と言ってみたものの、断固として「ハッコウシティ」と静かに首を振った。

 チャンプルタウンには飲食の娯楽は充実しているが服を見に行くとなると隣のカラフシティに行かなきゃいけない。
 観光客も多くてSNS映えするスポットも多いが、店が街全体にバラけていて主な交通手段が昇降エレベーターのみに絞られているから交通の便があまりよくない。話によれば初めて行った時にそれで失敗したらしい。
 観光地はやはり観光地だから、その点で言うと流行の街ハッコウシティの方が大型商業ビルが立ち並んでいるため服を見るにはとても回りやすいのだと。

「うーん……? 行きたいなら普通に行ったらええんとちゃう?」

 さも当たり前かのように首を傾げるチリにヨシノは眉を下げて言った。

「だってタクシー代高いんだもん。距離も距離だし、好きな時にほいほい行けるような金額じゃないよー」
「ああ! そうかタクシーが有料になるんか!」

 合点が入ったのか「なるほど」と大きく頷いた。
 パルデア地方のタクシーはトレーナーであれば無料で利用することができる。旅に年齢は問われずアカデミーの生徒も多い。常に危険が付き纏う山岳地帯の旅の救済措置として、ポケモンリーグがそのお金を肩代わりしている。

 そのためヨシノのようにポケモンを持たない、トレーナーではない人はその恩恵を受けることはない。
 基本的に街から一歩出れば野生のポケモンに襲われる危険性が高いため街から出ることはトレーナーより格段に少なくなる。だからその分、一回一回にかかる移動費が高くついた。

「ヨシノはポケモン捕まえへんの?」
「言うと思った! そんな軽い気持ちで捕まえちゃっていいの?」
「よう考えてから仲間にしたらええやろ」
「でも私に育てられるか……」
「それで悩むんは気が早いで。一緒におったら楽しいし、それに人通りがあるとはいえヨシノは基本帰りが遅いからポケモンかいるのといないのとじゃ夜道の安心感が全然ちゃうて」
「……それはそうかも」
「せやろ?



 ──っていう話があったんですわ。
 となればどんなポケモンがいいかプレゼンがいるんちゃうかと思うんやけど、アオキさんどう思います?」
「何故自分が……?」

 すでにポケモンリーグの上空で空飛ぶタクシーにチリはアオキと同伴していた。空には茜色が差している時間帯になっている。

 アオキは出張とジムチャレンジが重なったことから、勤怠管理の者から調整で定時で帰ることを命じられていた。それでやっと家に帰って落ち着けるところにありついていたところを「まいど〜」とお決まりの常套句と共に現れたチリに捕まり、あれよあれよという間にタクシーにまで乗り込まれてしまった。

「そういうのはヨシノさんが思う好きなポケモンにするのが一番では?」
「そんなん当たり前やん。ただいきなりポケモンって1000種類以上おんねんって言われても混乱しますって」
「はぁ……それで、なんで自分が……?」
「ノーマルタイプの専門やし」
「一応今日は定時に帰ってるんですが……」
「アオキさんいつも宝食堂とヨシノには世話になっとるやろ」

 そう言われると弱る。
 いつも気が済むまで食べる自分に笑顔を向けてせっせと料理を作ってくれる宝食堂の女将やヨシノ、注文を快く受け入れてくれて「また来てくださいね」と言って応援してくれている店員達の面々が浮かんだ。

「……ヨシノさんはどんなポケモンにするつもりなんですか?」
「おっしゃ乗ってきた! 家の中に放せる可愛い子がええらしいですわ」
「範囲が広いですね……」

 聞いたはいいものの、具体的とはかけ離れている。

「さっきアオキさんも言うた通り好きなやつでええと思いますけど、今までモンスターボールすらまともに触ってこんかったくらいやから初心者向けのノーマルタイプがええんちゃうかなと思て」
「ヨシノさん本当に初心者なんですね」
「せやねん。ハッサクさんにも聞こう思ったんやけど話長そうやからやめた」
「確かにそれは一理ありますね」

 アオキはヨシノの姿を思い浮かべる。
 ワッカネズミやニャースやイーブイなどがチャンプルタウンの周辺にいるが、ワッカネズミは知らない間に家族が増えていたり、ニャースは爪が危なかったり、イーブイ自体は初心者向けではあれど進化先は案外注意を払わないといけない。特にブラッキーは懐き具合で比較的進化しやすいが毒性を持ってたりするので意外と知識がある前提の脱初心者向けであったりもする。

 ──そういえば、昨日ジムに挑んできたアカデミー生はプクリンを連れていた。

 ププリンとヨシノの並びはなんとなく雰囲気がいいのではないかと長考していると、腰につけていたボールが一つカタカタと揺れてチルタリスがタクシーの外に飛び出した。
 綿のような羽毛をうんと広げて、気持ちよさそうにのびやかに歌いながらタクシーに並んで羽ばたいた。手を伸ばしたチリの手のひらに時折嬉しそうに額を擦りつけている。

 今でこそ飛行とドラゴンタイプではあるが、かつてドラゴンタイプを得る前のチルットもノーマルタイプであった。

「ププリンとかチルットとか……穏やかなポケモンがいいんじゃないですか」
「ほお?」
「特にチルットはいいですよ。綺麗好きでふわふわしていて……歌うのも好きなので癒されるかと」

 チルタリスが運転手に歌声を褒められて嬉しそうに大きく旋回している。嬉しいと回るところがチルットの時から変わらない。

「へぇー、ププリンは?」
「風に飛ばされやすいので外では目が離せないかもしれないですが……人懐っこいですし、さっき言っていたヨシノさんの要望には叶うかと」
「……なんやアオキさんちゃんと提案する人やんか! 何がどうして仕事でそれをやらへんの?」
「ポケモンと仕事は別ですよ……」

 声音からアオキの心に落ちた影を察知したチルタリスが微笑みかける。「元気を出して」と言ってくれているみたいで、気落ちしかけた心が救われた気がして少し軽くなった。

「そろそろチャンプルタウンに着きますよ」と運転手が告げるとチルタリスはボールに戻った。

「チルットとププリン……なるほどなあ」
「一度テーブルシティに行ったらいいんじゃないですか? よく人馴れしたチルット達が羽休めしに来ますし、周辺にもちょうどププリンが生息してるので」
「ええこと聞かせてもらいました。ほんま助かったわ、ほなアオキさん、また明日〜」

 そう言ってタクシーが着地すると、チリは早々に降りて予め決めていた場所があったようにひらひらと後ろ手を振り、足早で去って行った。

「……自分の家、ここと真反対なんですが……」
「お客さーん、降りないんですかい?」

 空もあっという間に暗くなり初め、遠くで点灯された宝食堂の提灯の明かりに誘われる。腹もこのまま空腹の状態で帰るなと抗議の音を上げた。


「いえ、降ります」

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