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大女優とチャンピオン *


目が覚めて体を捻ると、見慣れた傷だらけのボールが枕元にあった。これ以上ない安心感に再び天井を仰ぎ見る。
あの後、一体どうなったのか全く覚えていない。というより、ここはどこだろう。時計の秒針の音が余計にこの部屋の静けさを際立たせている。

そして、リザードンのボールの横に置かれているこのもうひとつのボールは一体誰のなんだろうか。ぼうっとそのボールをにらめっこのように視線を向けていると扉の奥から足音が近づいてきた。


「あ、目が覚めた?」

突然開いたドアから覗いたのは、小さい女の子だった。手にはトレーを持っていて、その上にはおかゆらしきものが湯気を立たせている。

「大変だったんだよ?撮影してる人たちが顔真っ青にしてあなたのこと運んできたんだから」
「ええ…そんな大ごとになってたのか…」
「おまけに怒り狂ったリザードンまでいるし、まあボロいボール一つだけだったからどのボールかはすぐわかったからよかったけどね」
「ボ、ボロ…」

結構遠慮のない言葉にたじろぐばかりだけど、おでこに手を当てられたり窓を開けて空気を入れ替えたりと看病の手際の良さになすがままにされていく。

「それにしてもヒトツキを小道具と間違えるなんてあなたもしかして外国の人?」
「ヒトツキ…?ってなに?」
「ヒトツキっていうポケモンだよ?やっぱり知らなかったんだね。剣の形をした物を持ってきたでしょ?その剣がヒトツキっていうんだよ」
「あの小道具ポケモンだったの!?」

どっからどう見ても剣にしか見えなかった。
だけどそれならリザードンが猛烈に嫌そうな視線を送ったことにも納得ではあった。

「そうだよ?もうちょっとであなた死ぬところだったんだから…ところで名前は?」
「ハンナ。実はシンオウ地方から来たばっかりだったんだよね」
「しんおう?どこだかわからないけど多分遠いところから来たんだね〜これ食べなよ!まだ体だるいでしょ?食べながらシンオウの話聞かせて!」


先程までのしっかりした感じから一変。前のめりになって話を聞く姿に思わずサトシを思い出した。
おかゆを食べながらシンオウでの思い出話をツラツラと話していると、さっき気になったもうひとつのボールのことを思い出して手に取った。これは誰のボールだろう。新品ではあるけど中にはポケモンが入っている。もしかしたら騒動に紛れて誰かのボールが混ざってしまったのだろうか。

「ねえ、このボールって誰の?」
ポケモンセンターでならボールとトレーナーカードの認証で確認できるだろうから多分持ち主はすぐに見つかるだろう。

「え?ハンナのじゃないの?」
「私は今リザードンしか連れてないよ。一応中になんのポケモンが入ってるのか確認しようか」


部屋の中だけど大丈夫だろうと踏んで、ボールのボタンを押すと勢いよく飛び出した光のシルエットが姿を現した。





*




「これで今日の分の撮影は終了です!お疲れさまでした!」

その場にいるスタッフがそう発したのを聞いて、衣装から普段着ている白い服へ急いで着替えてメェール牧場の小屋へと足を進めた。本当はそのまま向かいたかったけど、流石に借り物の衣装を必要以上に着て汚してしまってはダメだ。

一見華やかな服だが、動きやすさを捨てたわけではないショートパンツから伸びた長い脚は、止まることなく前へ前へ動いている。撮影時のアクシデントはよくあることだが、あんなことは初めてだった。事故と言ってもいい。
まさかヒトツキを小道具と勘違いする子がいるなんて。きっと外国から来たばかりなのだろう。


「スケジュールも押してるし、様子を確認するだけで十分かしら」
そう言って小屋のドアに手をかけた時だった。

中から二人の悲鳴が聞こえてきたのだ。


急いでノックもせずに中に入ると、抱きつきながらベッドに座る女の子二人の目の前には、昼間の騒動の原因となったヒトツキが部屋の中で物珍しげにうろうろ漂っていた。
しかしカルネは焦ることなく、逆にホッとした様子で部屋の中へと入っていく。

「怯えなくて大丈夫よ。その子はもう襲ったりしないから」



*



どういうことなのだろう。ボールから出てきたヒトツキにびっくりした矢先に、カルネさんが、あの大女優のカルネさんが部屋にやってきたのだ。

「襲わないって、どういうことですか…?」
「まあ、覚えてないの?その子はあなたが捕まえたポケモンよ?」


恐る恐る声をかけたが、それに答えるカルネさんは堂々としている。
だけど思っていた返答よりずっと真逆の答えに戸惑いを隠せなかった。

「え…?私いつ捕まえたんです?」


カルネさんが眉間を抑え始めた。そんなに変なこと聞いただろうか。

「あなたがボールを投げた時にリザードンに当たったんだけど、それがリザードンの尻尾に跳ね返されてそのヒトツキに当たったのよ。
リザードンの攻撃にだいぶ弱ってたからすぐに捕まったわ」
「…たしかあの時、私リザードンをボールに戻そうとして投げたところまでは覚えてるんですけど…私がボールの投げ間違え…?」
「そういうことね。まあそれで収拾ついたから良かったけど危なかったわよあなた。外国から来たんでしょう?」
「はい…、シンオウから来たばかりだったんです」
「シンオウ、随分遠くから…カロスに来たばかりで大変だったわね。でもリザードンが頼もしくてよかったわ。あなた名前は?」
「あ、そうだ!名前言ってなかったですね。私ハンナっていいます。ナナカマド博士の下で進化やフォルムチェンジの研究をしてるんです。さっき止めようとしてくれたのカルネさんでしたよね?ありがとうございました」
「そう、ハンナっていうのね。あなたの知っての通り私はカルネ。女優業を兼ねてカロス地方のリーグのチャンピオンをしています。よろしくね」
「チャン…?」
「チャンピオンよ」


こんな度肝を抜かれる自己紹介は初めてだった。
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