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神様仏様ダイゴ様


 
 さきほどからポケモンセンターのフィールドが騒がしい。まるでどこぞのアイドルがやってきたの如くやかましい。一人二人の声ではなく、人の山のような声の重厚感がある。

「なんかそっち騒がしいけど何かあった?」
 電話の向こうのシゲルも少し訝しげに尋ねる。「ちょっと見てみる」と立ち上がり、窓の向こうを覗き見ると、さらに黄色い声が甲高くなった。どうやら誰かがバトルをし始めたらしい。その周辺にいるギャラリーたちは声をあげて片方を応援しているみたいだが、その人物が誰なのかは人影で見えない。


「ん〜見えないなあ、でもこれだけ声援がでかいと有名人なんじゃん?」
「そういうハンナもチャンピオンになった有名人じゃないか」
「それとこれとは別〜……でも流石に気になって来たから私も観戦してこようかな。資料は全部そっちに届いてるよね?」
「うん、届いてるよ。その有名人とやらが誰だったのか、あとで教えてね」
「へえ?シゲルそういうの興味あったんだ」
「僕の勘が男の人だと言ってる」
「言い切るねえ?」
「この手の声援は聞き覚えがあるからね」
「ハハッ、生粋のおませさん説得力ありすぎでしょ」
「褒めてくれてありがとう。じゃあ昼だし僕はそろそろ戻るよ。じゃあねハンナ」
「うん、また連絡する。……さて、見たらご飯食べて研究所に帰るかな」


 通話を切ってポケギアをポーチに仕舞いフィールドがある庭に足を運ぶと、扉を開けると風を受けたようにさらにワッと声援が大きくなる。
 先ほどよりさらに増えた人混みをかき分けてなんとか見えやすいポジションに潜り込んだ瞬間、フィールドから発した巨大な閃光に思わず目を瞑る。そして凄まじいパワーと圧力。メガシンカをしたのだろう。ポケモンの咆哮が内臓にまで響く。

 チカチカする視界に目が慣れてメガシンカをしたポケモンを見ると、珍しい色違いのメタグロスがコメットパンチをメガアブソルに食らわせているではないか。稀少な色違いのポケモンにさらにメガシンカだなんて、相当マニアックなトレーナーがいたもんだ。「なんて豪華なバトルだよ」と思いトレーナーに注目するとハンナの顔は固まった。

 メタグロスに指示をするキザったらしくピンと張った指には交互に二つのシルバーのリングがはめられている。技の衝撃波で靡くセットされた銀髪から余裕たっぷりの自信満々なご尊顔が覗いた。


「ダイゴさん!?」


 ハンナの驚きの声はあまりにも大きかった。一瞬フィールドの人たちがハンナに注目したが、同時にメガアブソルのメガシンカが解かれ、メガメタグロスの勝利が決まると、また注目がフィールドに集中する。
 熱が最高潮にまで上り詰めたポケモンセンターの野良バトルが終わると、ギャラリーが一斉にダイゴに押し寄せる。飲み込まれないように急いでフィールドの脇に逃げ込んで、さっきまでいた場所を振り返るともう地面すら見えない。


「うっわスッゲエ…人気者って大変だなあ…」
 溜息を吐きながら他人事のようにその様子を見ていると、どこからともなくハンナに一人の女の子が駆けてきた。

「あ、あの!ハンナさん…ですよね?シンオウのチャンピオン戦に出てた…」
「んえ!?そうだけど…」

 まだ10歳くらいだろうか。ピカピカのモンスターボールを腰につけた女の子が、瞳を爛々と輝かせてハンナに迫る。

「やっぱり!私見てたんです!シロナさんとのチャンピオン戦、すごくかっこよかったです!あの、握手とか写真を一緒に撮ってもいいですか?」
「しゃ、写真!?」
「…だ、だめ?」
「あ、違う違う!こういうのまだ全然慣れてなくて!いいよ!」
「やったあ!パパとママに自慢しちゃお!」


 やっぱりまだまだこういうのには全然慣れない。自分に対して憧れを一心に向けてくるこのむず痒い嬉しさに思わず照れてしまう。
 女の子は写真をカメラに収めると大事そうに抱えてはにかんだ。手を振って女の子を見送ると、なんだか昔のシロナさんに憧れを抱いてテレビを見ていた頃の自分を思い出してしまう。「私と初めて会った時のシロナさん、こういう気持ちだったのかな」と一人考えていると、後ろからまた声がかかる。


「やぁ、新チャンピオン!ちゃんとファンサービスしてて偉いじゃないか。昼ごはんでも一緒にどうだい?奢るよ」


 新チャンピオンという言葉に少し周りがざわついた。
 この挨拶、この晴れ晴れしい笑顔。女の子に向き合っていてすっかり忘れていた。この石マニア、わざと大きな声で言ったな?

「特大唐揚げ山盛り定食ご飯大盛りマヨだくと無限カレーセットでどうです」
「君のそういう潔いいところ好きだよ」

 まんまと奢りに釣られてしまうのだった。




  * * *



 ダイゴとハンナの間のテーブルには7割ほど場所を占拠する料理が並べられていた。「ごちになります!いただきます!」と手を合わせて言えば、ダイゴは「どうぞ」にこやかに返す。
 ダイゴはサラダの付いた卵のサンドイッチにコーヒーと軽食で、ハンナが「カレー少し分けましょうか?」と聞くと、「大丈夫だよ」とやんわり断られた。


「相変わらず楽しそうに食べるね」
「お腹空いてたんですよ〜空腹は全てにおいて諸悪の根源だからしっかり食べなきゃ」
「ハハハ、覚えておくよ。正気を疑う量の料理を挟んで聞くのもなんだけど、晴れて殿堂入りチャンピオンになったわけだし、なにか変化はあったかい?」
「ん〜今んところ特にないかなぁ…たまに呼び止められはするけどチャンピオンの代が変わったわけじゃないですし、知名度はダイゴさんやシロナさんほどではないですよ。というか、笑顔でサラッと何言ってんですか。これが私の適量ですよ」
「……そうだね、僕もそうだった。チャンピオンになったからといっても僕自身がそんなに変わらなかったな。ミクリにも親父にも、お前はどこまでも行ってもお前だなって言われたよ」

 ダイゴはコーヒーカップを置いて遠くを見て言った。
 変わらないとは言っているものの、根本的なところで変わらない努力をしてきたんだろうとハンナは直感的に思った。
 ダイゴは今も昔も変わらず石マニアだったんだろうというのは想像に難くないが、そもそも彼は「大企業デボンコーポレーションの御曹司」というでかすぎる肩書きが付いて回る。お金で解決できることが多い半面、面倒なこともいろいろあったんだろうということは想像に難くない。
 そんなことを考えながら食べる手を止めないハンナを見て「君もちっとも変わらないよね。初めて会った時も非常識な量のご飯を食べてたもんね」と懐かしい話題を持ち出して来た。「非常識は余計ですよ」と反論すると、悪気はないと笑顔を見せた。

「それにしてもダイゴさんはなんでカロスに?」
 話を振るとダイゴは一息置くようにサンドイッチを食んだ。話そうか話さないかを考えるように咀嚼して、話すことを選んだ。

「少し気になることがあってね。それに一度ホウエンに戻った時に面白い人に会ったんだ」
「おお〜っと、大企業の御曹司まさかの追っかけロマンス?それって売ったらいくらになりますか?」
 頭で思ったことと口が直結してるかのような失言が飛び出す。ダイゴに遠慮は無用というのはもう既に学んでいる。
「言うようになったじゃないかハンナ」
「冗談ですよ〜」
 この爽やかだが凄みのあるアルカイックスマイルの応酬も随分慣れたもんだった。
「話を戻して…その人、まあ青年なんだけど、他にもメガシンカの調査について少し動きがあってね。カロスのとある団体と一緒に調査することにしたのさ」

 青年という単語を聞いたハンナは食べる手を止めてもしやと尋ねた。

「…つかぬ事を聞きますが、その青年って黒っぽい格好に水色のふわふわしたマフラーをつけてこんなツンとした目をしてリザードンを連れた人じゃないですか?」
 眉間を近づけて両手の人差し指で目尻を上げてみせる。
「やぁ驚いた、すごいピンポイントだね!当たりだよ。アランを知ってたのかい?」
 率直に驚いた様子。「会うべくして会ったんだな」と面白がるダイゴにハンナは種明かしをした。

「知ってるも何も、先輩がホウエンへ行く前にメガストーン探すのであればダイゴさんに合うと思いますよ〜って伝えただけですよ。ダイゴさん珍しい石がある所に絶対いるじゃないですか」
「ああなるほど、そういうことか」
「絶対にいるってとこは否定はしないんすね……」
「ハンナは先輩って言ってるけど、アランってどういう人なんだい?ホウエンでバトルをして一緒にカイオーガやグラードンとか、あとレックウザを鎮めるために共闘とかしたけど彼自身についてよくわからなくてね」
「ねえそんなに濃密な時間過ごしいといて私にどんな人?って聞きます?」
「え?仲がいいんじゃないのかい?あわよくばマノンちゃんと取り合いしてるんじゃないの?」
「煽ってんのか?さっきの仕返しですか?大人気ないですよダイゴさん」
「因果応報って言葉を知っているかい?ハンナ」


 ダイゴの安い売り文句はあっけなくゴミ箱に捨てられたところで、カレーに手をつけ始めたが、気づけばご飯が空っぽだった。ご飯のおかわりを頼むと、釣られてダイゴもコーヒーを追加した。ウエイターが去ったところで、おもむろにハンナは身を乗り出して小声で周りに聞こえないように口元に手を添えた。


「……これは誰にも言わないで欲しいんですが、先輩は元々プラターヌ博士の研究所にいたんですよ。ただ私がプラターヌ研究所に来た頃にはとっくに旅に出てたっぽい。今は博士に連絡してないみたいですよ。研究所でも全然先輩の話題上がってこないし」
「音信不通ってこと?なんで」
 ダイゴは怪訝に言う。カレーを食べながらハンナもその理由を聞いた時のことを思い出すが、ろくな答えはなかったと記憶していた。
「わかんない。あの人その辺結構濁すんですよねー……多分真面目なんだろうけど性格的に抱え込みそうっていうか一線引いてるというか……それになんかやたら強さとかメガシンカに食いつくし。あと相手は知らないけどよく誰かとコソコソ連絡取ってますね。あれはマジで謎」
「……そうか」

 珍しくダイゴが考え込んでいる。こういう時は大抵ロクな話ではないのだ。とくにダイゴの場合、それが顕著な気がしてハンナは食べる手を早める。
 
「……ハンナ、フラダリという人物を知っているかい?」
「フラダリ……?あ〜なんだっけ、ホロキャスターを作ったとこの人ですよね?たまに博士から話を聞くなあ。興味が薄くてほとんど聞き流しちゃってるけど」
「ホロキャスターの開発者だね。そしてフラダリラボの代表だ。僕を通してデボンともやりとりをしてるんだよ」
「え!?そうなんだ」
「アランと密に連絡を取っているのは間違い無くそのフラダリさんだ。アランは通話で代表と言っていなかったかい?」
「あー……そういやそんなこと言ってましたね……そのフラダリさんがどうかしたんですか?」
「さっき少し気になることがあると言ったよね。正直、まだ話せるほど定かじゃないから今は伏せておくけど、近いうちにそのフラダリさんとハンナが接触する可能性が高い」
「えっなんですかそれ!なんか含みのある言い方!」
「彼はメガシンカについて調べている。メガシンカエネルギーを使った開発をしていると言っていたんだ。その手足としてアランを動かしていると見ていい。多分ハンナにもそれを手伝わせたいはずだし、彼は君を知っているようだった。ハンナ、どうやってアランと知り合ったんだ?」
「先輩と知り合った…っていうか…」


 ハンナは思い出した。初めてアランからメールが来た時のことを。
 誤送信ではなく、直接ハンナ宛に来たのだ。

「……あれ、そういやなんで先輩は私の連絡先を知ってたんだろう…?」
「アランはハンナの連絡先を知ってたのかい…?」
「ポケギアに直接私宛のメッセージが届いてたんですよ。私どうして疑問に思わなかったんだろ…って、ビオラが隣ではしゃぎまくってたからか」


 一方的に妄想を膨らませて騒いでいた記憶の中のビオラに眉間を抑える。疑問に思わなきゃいけなかったところを完全にスルーしてしまったのだ。思い出しただけでもビオラの話の引力は凄まじい。
 そんなハンナをさておき、ダイゴは小声でハンナに告げた。

「ハンナ、ポケギアを一旦鞄にしまうんだ」
「え?なんで……?いいですけど」

 仕舞ったことを確認すると、ダイゴは続ける。
「落ち着いて聞くんだ。この会話ももしかしたら聞かれてるかもしれない」
 至って真面目な顔で、真面目なトーンで言った言葉はにわかに、いや冗談でも信じがたい言葉だった。
「……ハァ!?」
「静かに!」
 ダイゴは静かに叱る。
「すみませんすみません!いやいや……でも、それ傍受ってやつですよね?私を?そんな映画みたいなことってあんの?」
 ハンナの混乱は治らない。傍受だなんて自分には無縁だと思っていたし、カロス地方において自分が誰かの恨みを買ったりましてや傍受やマークされるような行いをした覚えはない。

「……おかしいと思わないかい?僕ならまだしも、アランからハンナに連絡が来た時はまだ四天王を突破した後だろう?ましてや他の地方だ。そこまで認知度があるとは思えない。それに接触するなら直接じゃなくて間に何かを挟む方が疑われないしスムーズだろう?研究所とか」
「確かに……四天王突破は他の地方に伝わるようなニュースでもないですし、私宛ならプラターヌ研究所とかナナカマド研究所を通した方が自然ですよね」


 ビオラの姉、パンジーはハンナのことを知っていたがあれはジャーナリストという本職故だ。対してアランは研究助手をやめた一般トレーナーであり、パンジーと同格の情報量を持つには不自然すぎる。
 アランの背後にフラダリがいたとしても、ハンナが四天王を突破した事実にアランは何も関係ないのだ。ホウエンのチャンピオンであるダイゴのことすら知らなかったアランが、ハンナのことを認知していた可能性は限りなく0%だ。


「連絡が来る前になにかなかったかい?」
「その近辺で思い当たることといえば…プラターヌ博士からリザードナイトを貰う約束をしてジム戦に挑戦して……そのあとパンジーさんに私がシンオウリーグに挑戦中の人?って話をして…先輩から連絡はその直後ですね」
 連絡以前を振り返る。確かに、ハンナの素性が一番伝わりやすいのはパンジーとの会話だった。その会話を聞かれて、狙われたのだとしたら。


「…残念だけど、傍受されてるのは確定かもね。メガシンカに興味津々の研究者で、かつ強いトレーナーなら喉から手が出るほど欲しい人材だろうから」
 ダイゴは冷静に言った。ハンナは引き気味にポケギアを仕舞った鞄を見た。


「素性を知った直後に連絡はタイミングが良すぎる。君の連絡先は恐らくフラダリラボに筒抜けになっていて、アランはそこからハンナの連絡先を知らされたんだろう」
「ポケギアから…確かにカロス地方に来てすぐに他地方のデバイス向けのホロキャスターのパッチ入れましたけど、もしかしてそれが原因…?でも普通にどこでもあるポケセンで配布されてるやつですよ?……まさか、ホロキャスターを使ってる人は全員傍受されるようになってる?」
「多分そのまさかだろうね。フラダリさんの膨大な情報量のを得るスピードは僕も少し疑問を持っていたから」
 その一言に震えが走る。
「え……キモい、普通にキモい……全ユーザー傍受とか何考えてんの……?ていうか犯罪じゃん」

 いくらポケモンバトルが強くても、情報の取り扱いなんてものはそこらの一般人と変わらないのだ。悪用されれば誰だって怖いに決まっている。そのターゲットが自分に向けられていた事実に、どうしようもない恐怖を抱いてしまった。


「すまないハンナ、僕も原因の一旦でもあるんだ。でも不快かもしれないができれば何もせずしばらくそのままいてほしい」
「何を言って…」
「フラダリさんはホウエンからメガストーンに関わる巨石をカロスに持ち込んだんだ。変に刺激したら何が起こるかわからない」

 まるで追い討ちをかけるようだと思った。

「え、怖……フラダリさんそんな行動力ある人なの?」
「そうだ。だからいつも通りでいてほしい。フラダリさんに会っても、アランに会ってもだ。すっとぼけるのは得意中の得意だろう」
「すげえ腑に落ちないけど…わかりました。もし何かあれば、ダイゴさんに連絡…じゃあ意味ないな。会って筆談でもします?」
 適当に言ったつもりだったが、思ったよりもダイゴの反応が芳しくない。
「え……ちょっとダイゴさん鵜呑みにした…?」
「それはちょっと……僕そんなに暇じゃないんだよね」
「ハァ?ナメとんのか?一体誰のせいだと……」

 言いかけたところで止まる。そういえば、ダイゴのせいと思うに至ったことについて何も聞いていないことに気づいた。

「……普通に聞き流しちゃってたけどさっきの原因の一旦ってなんですか?」
「ああそれね。君、ナナカマド博士からキーストーンもらっただろう?」
「え?はい、シンオウにはないと思ったんですけど」
「それ、僕から博士に渡したんだよ」

 ダイゴはハンナのメガバングルを指差してさらりと言った。

「は!?そうだったんですか!?」
「僕が口止めしてたんだ。ナナカマド博士からプレゼントということにしてくださいってね。ナナカマド博士、ちゃんと言わないでいてくれていたんだね」


 そういうことなら殿堂入りの間でシロナの言った言葉の合点がいく。
 ダイゴはシロナとハンナの両方にキーストーンを与えてチャンピオン戦という場で戦わせたことになる。


「またそんなまどろっこしいことを…ノブレスオブリージュなのか面白いもの見たさなのかわからないところがまたなんとも言えないっていうか……」
「ノブレスオブリージュなわけないじゃないか。高貴さを自覚するなんてただの傲慢だよ。僕は高貴さは宿るものだと思ってるから」
「では高貴さが宿ってるダイゴさんに聞きますけど、なんで稀少なキーストーンを私とシロナさんに?ばらまきなんて随分羽振りがいいですね」
「だってそっちの方が面白いだろ?それに君は僕から与えられるばかりじゃつまらないと感じるんじゃないかと思ってね。フラダリさんの一件といい、押し付けられるのは嫌いだろう?」
「そりゃあまあ……よくご存知で」
「だろう?だけど君のポケギアをダメにしてしまったから、新しい端末くらいは用意してあげないと、ハンナをえらく気に入ってる親父から僕がドヤされちゃうんだ。『連絡手段を奪うだなんて何事だ』ってね」

 眉根を抑えて言うダイゴをよそに「ダイゴさんの親父」の名前を思い出す。ダイゴ以上に羽振りが良く、これまたダイゴのせいとはいえ至れり尽くせりな時間を過ごさせてくれた社長、ムクゲにはさすがにダイゴも頭が上がらないようだった。

「あ〜ムクゲさんに……待てよ、今なんと!?」

 今、絶対に聞き逃しちゃならない言葉があったような気がしてハンナが前のめりで食らいつく。

「親父にドヤされちゃう」
「その前!」
「新しい端末くらいは用意してあげないと」
「それ!!いいんですか!?」
「構わないよ。ないと不便だろう?」
「まじで!?本当に!?いつもみたいになんか理不尽な条件なしで!?」
「最後の言葉はいただけないけど、僕が原因でもあるからね。お安い御用さ。どういうのがいい?」
「神様仏様ダイゴ様!私最近欲しいなって思ってたやつがあるんです!!」
「調子がいいねえ、どんなやつだい?」
「ガラル地方発祥のスマホロトム!デンジから聞いて絶ッッ対次の端末にするならコレ!って決めてたんです!」

 ダイゴはポケナビを出してスマホロトムを調べる。
 薄い板状の上下に突起物が出ていて、ロトムのコアのような形を模した端末はロトムを入り込ませて自立した動きを見せて喋ることも可能という多機能ぶり。電化製品に入り込めるという特性を利用したこの端末は少々値は張るもののスマホロトムの見た目とハンナを見比べて「たしかに似合う」と頷いた。

「スマホロトムか、ハンナ好きそうだしロトムもいるから丁度いいね。じゃあこれにしよう。取り寄せておくよ。もちろん、全部僕持ちで」
「やった〜〜〜〜!!!ありがとうございますダイゴさん!次期社長!最高!」

 ダイゴは自分への賞賛に短く息を吐いた。そこらの子供より少し経験値が多いハンナも、ちゃんと子供らしいところがあると笑う。欲しかったものが手に入ると知って両手を上にあげて万歳する様は身長があるためかなり迫力がある。店内で完全に浮かれていたところを「まあ少し時間はかかるけどね」と釘を刺して制すも、もはや通じていなかった。


「過去一番後輩に喜ばれてる気がするね……ところでそのカレーはいつになったらおかわりの手がとまるんだい?」
「無限カレーですよ。無限。おかわり無制限。ハッピ〜ランチタイム!」
「……僕まだ25歳だけど胸焼けしてきた」

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