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フラージュ通りにて *


「確かこの辺だと思ったんだけど…」

フラージュ通りから外れてしまったのだろうか。『メェール牧場』という場所の近くでと聞いていたのだがそれらしい開けたところとは全く別の、少し鬱蒼とした森に入ってしまった。カルネさんほどの大女優が見れるともなると多分見に来る人も結構いると思ったからすぐ見つかると思ったのに、なかなかそうはいかなかった。ポケモンセンターでタウンマップをもらい忘れたのがここに来て響いてしまった。


「もう一回リザードンに空まで上がって確認したほうが良さそうな気がする」と、腰にあるボールに手をかけた時だった。前方にキラリと光るものがハンナの視界に入った。ボールから手を離し、とりあえずその物体に向かって駆け寄り覗いてみれば、鈍色の刀剣が落ちていた。

「もしかしてここでも撮影してたのかな」
今時『剣の落し物』なんて大昔じゃないんだし珍しすぎる。撮影にでも使っていた小道具だろうか。鮮やかな青の飾り布に装飾が施された鞘。小道具にしてはかなりよく出来てる。


「これ絶対届けたほうがいいよね。もうだいぶ時間経ってるし急いで行こう、リザードン!」

鞘を掴んで、リザードンに飛び乗り再び牧場へと目指した。鬱蒼とした視界から一気に抜け出しアズール湾を一望できる高度まで上がったところで、牧場は見つかった。人が集まっているところが一箇所。多分あそこがロケ地だ。

降下しようとしたところ、少しだけリザードンが唸っていた。
機嫌が悪いだけではなさそうな雰囲気で、ハンナが持っている剣に対して凄まじい目線を送っている。もしかしてこれで刺されるんじゃないかとでも思っているのだろうか。

「大丈夫だよ。これは届けるだけなんだから。それともリザードンこれ気に入った?かっこいいもんね、これ。」
リザードンを宥めたところで目の前となったロケ地へと降りていった。ちょうど小休憩の真っ最中のようで、タイミングがよかったかもしれない。スタッフさんと思わしき人に早速届けに行った。



「あの、すみません。さっき近くで小道具の落し物を拾ったんですが…」
「え?…落し物なんてしたっけな…今装飾部の者を呼びますんでちょっと待っててもらえませんか?」
「はーい」

なんかの間違いだったのだろうか?だとしたらめちゃめちゃ恥ずかしい。小休憩とはいえ見るからに忙しそうなのに見当違いだと思うとすごく申し訳なくなってきた。
間違いであってほしいような間違いではなくあってほしいような、モヤモヤしたところで背後から突然湧き上がるような声援に思わず振り返った。

声援の中に聞こえたのはハンナが会いたいと思っていたあの大女優。
少し離れているが、確実にこちらの方へを歩いてきている。普段は白い華やかな服に身を包んでいると聞く彼女だが、今は仕事。なんの映画かは知らないが、フォーレンダムのような衣装を着ていた。


「すっごい…見てみなよリザードン、もう纏ってる空気から違うね〜…さすが大女優なだけあるわ…綺麗な人」
言われなくても美人とわかる。リザードンも見とれているようだった。もう少しハンナも見ていたかったのだが、装飾部の人が来てしまったようだ。どうやら確認した限りでは落し物はないらしいが、「念のため確認させてくれ」というものだった。



「これを森の中で見つけたんですが…違ってたら本当にすみません」

森の中で手に入れた刀剣。
片手で渡すのは間違いであっても失礼なことだと思い、鞘に左手を。そして柄に右手を添えて渡そうとしたところだった。

装飾スタッフの顔色がサッと青くなった。
「ちょっと君、それは…」と言いかけたところで、ハンナにはなんで青くなったのかとか、なんのことだかさっぱりわからなかった。
しかし、次の声に思わずそのまま柄を握ってしまった。



「その柄に触ってはダメ!!!!」

「…え?」
突如聞こえたよく通る、でも焦りの方が勝る声の主はカルネさんだった。
同時にハンナの右腕に骨が軋むような猛烈な圧迫感が襲った。何かと思って見てみると、先ほどの刀剣の飾り布がまるで生きてるかのように、ギリギリと力いっぱいハンナの右腕に巻きついて縛り上げていた。

「え、な、なにこれ…」
這い上がる焦りと恐怖に声が出る。それと同時に急に意識が遠くなっていく感覚に落ちていく気がしたが、それは気のせいじゃなくて実際に膝から崩れ落ちて自分の力で立っていられなくなるほどの眩暈によるものだった。なのに刀剣の握られている右腕だけは上に上がっている。自分の体を支える左腕からも力が抜けていく。視界も歪んでだんだん真っ暗になっていく。



すると遠のく意識でも感じる熱を感じた。スッと体が軽くなり、締め付けられた右腕の開放感。
それでもまだだるさの方が強いが、熱源の方を見るとリザードンが何かと戦っているのが見えた。こっちは指示するのもままならないのに、一体何と戦っているのだろう。歪む視界の中で戦う相棒に戻ってと手に当たったボールを投げたところで、ハンナの意識は完全に途切れた。

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