xy

vsシロナ


 対峙する私とシロナさんは揺るがない。


 先ほどの会話からお互い静かなままだった。
 シロナさんはスピーカーから響く開戦の前振りを聞いてる素振りは全くなく、私は深く息を吸って、吐いた。心臓と耳が隣り合わせになってるのかと思うほど激しく刻む心臓の鼓動は、全身を鼓舞しているようだった。前振りもそろそろ終盤に差し掛かっている。


 そしていよいよ戦端の幕が切って落とされようとしていた。




『シンオウチャンピオンリーグ、バトル開始!』




 実況の開始宣言で会場が一斉に沸き立つ。
 私もシロナさんも互いに笑う。やっとこの時が来たと言わんばかりに、モンスターボールを投げ放った。




「行くよダーテング!」
「行きましょうミカルゲ」



 ───やっぱ最初はミカルゲだよね。
 シロナさんといえばエースのガブリアスと並んで、最初に必ずと言っていいほど出てくるのはミカルゲだ。相変わらず不可解な見た目をしていて、その場から微動だにしない。
 捕まえるのにかなり骨が折れるポケモンの代表格と言っていいほどなかなかお目にかかれない稀少なポケモンで、こうして戦うのは初めてだ。「要石と呼ばれる石に繋ぎとめられてしまった」と言われているその形容し難い見た目からはタイプが分かりづらい上に、堅牢な防御力を持ち、しかも弱点がフェアリータイプだけでありエスパー、ノーマル、格闘が無効という徹底ぶり。そして長期戦を許さない特性のプレッシャー。先発に出すには最適すぎるポケモンだった。




「ダーテング、プレッシャーが重いからなるべくサクッと倒しちゃおう」
 率直な指示に、シロナさんは口角を上げる。
「そう簡単にできるかしら?ミカルゲ、銀色の風」


 ミカルゲは大きく息を取り込み、銀色の鱗粉をたっぷりと含んだ風を吹き出す。細かい粒子がキラキラと反射するそれは、見た目の美しさに反してダーテングにとっては直撃すれば瀕死へ直結するダメージソースとなる。
 ダーテングは直ぐ様跳び上がった。両手の団扇を大きく振るいながらフィールドの岩に取りつくと、強風が巻き起こり銀色の風は薄らぐ。
 シロナさんは髪を押さえて笑った。


「便利な団扇…!」


 ダーテングの両手の団扇は振るえば強風を巻き起こすと言われている。誰が測ったのか風速30mにもなるらしいが、銀色の風を吹き飛ばすにはダーテングが軽く振るえば十分だった。視界がクリアになった今、両手の団扇には風が渦巻いていて、鱗粉を乗せていた微風とは比べ物にならない一陣を起こそうとしている。



「暴風!」
「悠長に笑ってる場合じゃないわね。痛み分け」


 ダーテングの両手の団扇の上に鋭く細い風が幾重にも重なり、瞬く間に踊りうねりながら渦を描く二対の暴風となって、フィールドの表面を抉りながらミカルゲを巻き込んだ。
 先制してダメージを与えられたの大きいが、直撃を受けたミカルゲは痛み分けをしてダーテングとダメージを分け合い回復している。




  * * *




(団扇に暴風…となると、銀色の風は使い勝手が悪くなっちゃうわね)


 正直なところ四天王戦を見ていたからハンナがどのポケモンを使ってくるかは大体予想はしていた。中でもリザードン、エルレイド、ダーテングはあの子のお気に入りだから、その3体を意識して取り入れている技も当然あった。ミカルゲの銀色の風もそのうちのひとつだったのだれけど、あの団扇の汎用性の高さに脱帽する。


 悪の波動を受け止めたダーテングは地面で受け身を取り、その場に留まることなく岩と岩を一本歯下駄を鳴らして飛び繋ぎ再びミカルゲへ距離を詰める。



「リーフストーム!」


 カッと軽快な音を鳴らして地面を蹴り上げ両手いっぱいに団扇を振り下ろすと、ミカルゲの要石の下から押し上げるようにおびただしい木の葉が竜巻のように迫り上がる。


「ミカルゲ、もう一度痛み分け」

(ここでリーフストームを使うの…?なぜ?)
 ハンナはあまりに堂々とその技を使いすぎではないだろうか。リーフストームは高火力だけど能力値をかなり下げる技だから、連撃はできない。できても、著しく威力は落ちる。そのまま無理矢理ミカルゲに攻撃しようものなら、ミカルゲの防御力の前にダメージすら通らない。痛み分けがあるから、余計にその突破力を必要とするはず。
 なのにハンナの指示は謎の説得力があった。あの子は意味のない、ましてや無謀なことは決してさせない。


(撃ち逃げさせて交代?ありえない。ミカルゲ1体だけに手の内をひけらかすあの子ではない)
 リーフストームから解放されて落下するだけのミカルゲは悪の波動で応戦するが、同じ悪タイプのダーテングへは威力が半減するので決定打にはならない。ミカルゲの耐久力の高さのおかげで長考することができているが、ずっとそのままというわけにもいかない。立て続けに痛み分けをしているから両者共に順調に体力を減らしてはいるが、二分割にするばかりでラチがあかない。


 暴風を連発してこないあたり、ダメージを与えるための暴風ではない。銀色の風をなんとしても当てないための打開策だ。さっきはたまたま当たったけど、そもそも葉緑素の特性を持ったダーテングと暴風は相性が悪い。
 ダメージを与える本命はリーフストームに違いない。だけどその下がったものを補うものは何なのか。


「もっかい!」


 威力が下がってもなお撃ってくる。
 悪の波動で相殺すると、目の前にいたはずのダーテングがミカルゲの前から忽然と姿を消している。ダーテングが姿を表したのは、威力が落ちたリーフストームがミカルゲを通り過ぎ去った時だった。ミカルゲの背後に現れたダーテングを目にした時、ダーテングの目が怪しく光ったのを目にした。


 ───そして同時にミカルゲの目も同様に光った時、リーフストームを連発させた意味を理解する。




「やられた…!銀色の風!」




 背後に立つダーテングに、白く長い毛が大きくうねって靡くほどの風を浴びせにかかるが、大ダメージを与えるはずの銀色の風を受けても、ダーテングは地面に膝をつくことなくしっかりとその場に気迫を構えて立っている。


 そこからこの2体の決着が着くまではすぐだった。
 2発も撃って威力が感じられないまでに落ちたはずのリーフストームは最初の威力を取り戻していて、その爆発力でミカルゲをフィールド外の壁際まで押し出し、戦闘不能にさせた。






「ミカルゲ、戦闘不能!ダーテングの勝ち!」






  * * *






(まずはミカルゲ突破…よかった)


 ───痛み分けされたのは痛手だけど、難なく突破できたのはでかい。
 この6体のパーティは私にとって頼もしい最善のパーティではあるが、フェアリータイプが不在のパーティで唯一急所が突けない相手がミカルゲだった。まずは最初の難関を切り抜けたことにほんの少しの安堵感を得る。


 ミカルゲは高い耐久性には劣るものの、攻撃力もなかなか高水準だ。
 だけどその反面、攻撃力に相乗出来るような高火力の技は覚えられない。それに対し、ダーテングは草タイプにしては珍しいほど様々なタイプの技を覚えられる器用さと、爆発力のある高火力技が選り取り見取りなまでに選択肢がある。
 晴れの状況下を作ることができればソーラービームを選んだが、シロナさん相手に日本晴れを技構成に入れらるような余裕はない。ダーテング自身にメリットがあって、なおかつミカルゲにデメリットを与えられるような状態を作り上げるには、選択肢は限られた。



「2発のリーフストームで落とした能力をパワースワップで押し付けられたのは、ダメージを与えられるより痛かったわ。ミカルゲの弱点をよく理解してるわね」


 シロナさんは不敵に笑う。


「挑発があれば真っ先に飛んでくると思っていたし、挑発をされたらされたでまた別の手を考えてました」
「相変わらずタフね。でもありがとう、最後まで楽しめるって確信したわ。でもね、ただ強いだけじゃここには立てないのよ」


 そうして流れるような動作で次のモンスターボールを手に取った。ダーテングはそのまま続投すると、シロナさんの手からボールが放たれる。

 現れたその姿に思わず「ゲッ」と僅かに顔が引き攣る。
 白い身体に特徴のある丸みを帯びた翼は、祝福をもたらすとか争いを好まないとか言われてるけど、実際そんな説明とは真逆に悪魔のような強さを見せつけるのだ。続投して突っ張らせたダーテングに心の中で謝った。



「トゲキッスは〜…キツイな」


(続投はミスった。まあどのポケモンを出してきたかを確認できただけでも充分って考えようかな)
 ダーテングの仕事はまだまだたくさんあるのだ。まだここで倒れてもらうわけにもいかないが、せめて交代する前にトゲキッスの技を暴いておこう。



「トゲキッス、神速!」


 対峙していたはずのトゲキッスは一瞬にして姿を消し、技の名に恥じない早業でダーテングを死角から突いた。
 上空へ旋回して2発目が来るのがわかると、直ぐさまダーテングも反撃の体勢を取る。



「二度はさせるな!神通力!」



 トゲキッスがダーテングへ身体を翻そうとした瞬間、激しく雄叫びを上げたダーテングとトゲキッスの目が合う。ダーテングの後ろにいる私にまでビリビリと伝わる余波で、トゲキッスの身体がびくりと震えると飛行体勢が大きく崩れた。
 神通力の怯みを引いた今、攻撃したいところだがグッと抑えて交代する。ミカルゲを突破した際に落ちた特攻に、フェアリーと飛行の複合タイプであるトゲキッスは草と悪タイプのダーテングではあまりにも分が悪すぎる。



「戻ってダーテング、出番だよパルシェン!」



 私の2体目はパルシェン。
 リザードンやハクリュー、この後に控えているドサイドンと一緒にカントーを旅した時に仲間にした子。歯を見せて笑っているが、好戦的なパルシェンの目はすでに空中からこちらの様子を伺っているトゲキッスに向けられている。


「パルシェン、神速が飛んでくるよ。氷柱ばりで妨害できる?」


 パルシェンの笑みが深くなる。
 その場で激しく回転し始めると、周囲のフィールドの地面や岩石に氷柱を撃ち込みあっという間にフィールドを氷の剣山にしてしまった。その光景を見たシロナさんは、短く溜息を吐いた。それもそのはずだ。トゲキッスが持つ飛行タイプの機動力を発揮できなくなる。


「ああいう狭い場所作られると困っちゃうのよね。トゲキッス、波導弾」
「困る〜?波導弾持っておいてどの口が言ってんの?氷柱ばりで迎え撃って」


 ダーテングもパルシェンも、格闘技が大ダメージに繋がる。必中の波導弾はシロナさんは好んで技構成に入れていて、トゲキッスだけでなく、ルカリオにも組み込んでいると思うと頭が痛くなってくる。
 シロナさんを相手にする時、ガブリアスにたどり着くまでどうにかして最低限の子達で大将であるガブリアス以外を対処しなければならなかった。私のポケモン達の中で、特に練度が高い子達を選んでいるので対処組の残り1体はドサイドンだ。が、格闘タイプ弱点の一貫性がありすぎるのが大問題だった。だけどシロナさん相手に下手な小細工なんてした暁には目も当てられない結果になるのは火を見るより明らかだ。本当に勝ちを狙いにいくのであれば、どうしても練度で殴る戦法が優位に立つ。


 そしてそれによって今パルシェンは劣勢を強いられている。
 ここぞとばかりに波導弾を撃ち込んで「寄ってたかって来やがって」と氷柱ばりでひたすらギリギリのところで撃ち落とす。パルシェンの特性であるスキルリンクがこんなところで活かされたことは奇跡だが、早々に打開策を見つけないといけない。

 トゲキッスの技構成は神速に波導弾に、恐らくエアスラッシュも入っているが、怯みを狙えるエアスラッシュのゴリ押しがないのを見ると天の恵みではなく、張り切りのトゲキッスだ。残りのひと枠が気になって仕方がないが、とにかく今はこの一方的な波導弾の流れをどうにかして変えなければ。


 そう思った矢先、パルシェンの氷柱ばりの流れ弾がトゲキッスの翼に命中したことで波導弾が途切れた。
 一瞬の沈黙があった。「今だ」と全身が総毛立つ。


「パルシェン、氷の礫!」

 張り上げた声と同時に、瞬時に空気中の水分が氷結して形成された鋭利な氷の塊がトゲキッスに襲い掛かる。

「マジカルシャイン」

 だがその瞬間、氷の礫が決まる手前、フィールドに瞬いた巨大な閃光がパルシェンの視界を襲った。思わず私も目を覆い隠す。尾を引くような光は視界を眩ませた。そしてそれだけに収まらず、ワンテンポ遅れて波導弾が放たれる。
 波導弾が直撃したがパルシェンは殻を固く閉ざして耐えていた。殻の隙間から外の様子を伺っているから、まだ大丈夫ではあるようだった。

「あら、いつも殻に篭っているから眩しかった?」

 眼にも言葉にも力があるシロナさんはそう言って片手を緩慢に挙げる。間違いなくもう一撃くる。光の筋がどんどん収束していく様子を見て、マジカルシャインがまた来ると確信した。
 パルシェンの防御力は最高の一言に尽きるが、特殊防御に関しては脆いと言ってもいい。寧ろあの波導弾によく耐えた方だ。平然を装っているのは私が一番よく分かってる。
 シロナさんは「楽しいものを見せて頂戴ね」と言わんばかりのまだまだ余裕たっぷりな笑みを浮かべていた。


「パルシェン、度胸の見せ所だよ。アクアブレイク!」


 パルシェンが自身で発生させた水流を見に纏うように覆っていく。
 水流が重なり、分厚い水の層になるとトゲキッスのマジカルシャインの光の束がパルシェン一点を目指して注がれる。受け止めた瞬間、ドリフトのように猛烈な回転がかかって岩石を土台にし、トゲキッス目掛けて跳び上がる。水流の力も合わさって大砲のようだった。

 水の中に入れば光は屈折し吸収される。ただただ荒技だが、お陰で大接近まで持ち込めた。アクアブレイクの衝撃で技が途切れたトゲキッスを自慢の殻で挟み込み、自分の身体ごとトゲキッスを地へ落とす。


「神速で抜け出して!」


 危機を感じたシロナさんが叫ぶ。
 抜け出そうともがくトゲキッスをパルシェンは頑なに放さない。分厚い2枚の甲羅はパルシェンの自慢で、両腕の様なものだった。ギチギチと音を立てて挟み込むと同時に、パルシェンの一本角は毒気を帯びて紫に輝く。


「毒突き!」


 紫を帯びた顔色のトゲキッスが地面へ投げ出される。
 直ぐ様空へ飛び立つが、その姿はさっきまでの俊敏さは失われていて苦しそうで、羽ばたきに力が感じられない。効果抜群とはいえ、想定していたよりダメージがでかい。急所と毒を引き当てた。ここまで来たら、あとはもう簡単なものだ。


「氷の礫で撃ち落とせ!」
「トゲキッス、神速!」


 シロナさんも諦めていない。だけどあの素早さを出すには、全身に相当な負荷がかかる。毒状態になった今、トゲキッスが全身に込められる力は僅かなものだった。身体が毒に蝕まれてビクリと翼が脈打つように一瞬止まった瞬間、氷の礫が直撃して再び地面へ倒れこんだ。
 トゲキッスが審判の目の前に落ちてきたので、すぐに旗が上がった。



「トゲキッス戦闘不能、パルシェンの勝ち!」




 審判の判定を聞いて、目を開いたまま深く息を吐いた。
 この緊張感があとどれだけ続くのか。まだミカルゲとトゲキッスの2体を倒しただけ。あと4体もいて、しかもまだ勝てたことのないあのガブリアスが最後に待ち構えているのだというんだから、果てしなく思えて仕方がない。


(しかもこの大衆の目線にカメラに声援に野次。四天王戦でも思ったけど、オーバ達もシロナさんも全く気にしてないのを見るととんでもない鋼のメンタルしてるなあ…)


 こういう状況下でどう相手に向き合うかを考えながら戦わなきゃいけない。さっきのダーテングの続投みたいなミスだってする。でもフルバトルは決着が着くまでが非常に長いから、いちいちミスや勝敗を引きずってられない。対応の早さだって求められる。
 シロナさんが言っていた「ただ強いだけじゃここには立てない」っていうのは、そういうものに振り回されない強靭な精神力と体力が必要だということに他ならなかった。楽天的にバトルを楽しむというにはこのフィールドではあまりにも過酷すぎる。

 そんな中でシロナさんはボールを構えてにっこり笑うと、労わるように言った。
「きついでしょう、このフィールドでのバトルは」
 一瞬面食らったが、嘘ついても仕方がなくてつい本音が出てしまった。

「バレました?」
「私だって同じだったもの」
「ええ〜想像できない」
「いいのよ。今はそれで」


 そしてシロナさんが次のポケモンを繰り出した。
 私は手持ちを出し惜しみしている場合じゃないが、そうも言っていられなくなってしまった。波導弾の脅威がまだ続くとわかってしまった。あろうことか今度はタイプ一致。シロナさんは私のパーティの格闘弱点の一貫性に気づいたんだろうか。


「ルカリオか…交替はしないよ。パルシェン、まだ突っ張れる?」


 パルシェンは頷く。度重なる波導弾を受けてギリギリの状態でトゲキッスに勝ったから、交替したところで体力満タンの相手とタイマンなんて張れない。それだったら、先制技でせめて少しでも体力を削っておきたい。
 ルカリオにも先制技はあるけど、神速は切ってるはずだ。トゲキッスと半分も同じ技構成をこの人がするわけない。あったとしても全タイプに通るバレットパンチか弱点が突きやすい真空波に違いない。


「パルシェン、氷の礫!」
「バレットパンチ!」


 氷に対して破格の強さを誇るルカリオに、氷の礫は微々たるダメージしか与えられない。殻を破っていないパルシェンの堅牢な防御力をもってしても、ルカリオのバレットパンチを受け止めきれずに倒れた。



「パルシェン戦闘不能、ルカリオの勝ち!」



 判定を聞いてフィールドに佇むルカリオを見る。

(そりゃーミカルゲとガブリアスの存在があるならフェアリータイプの対策に鋼タイプの技は常備するに決まってるよね…)

 そう考えると、ロズレイドとトリトドンの枠は同じくフェアリー対策の理由でロズレイドになっていると見た。特にガブリアスはシロナさんのパーティの要だ。あのガブリアスだからバカみたいに高い練度のせいでタイプ相性なんて最早関係ないに等しいと言っていいけど、対策してない方がおかしい。



「ありがとうパルシェン、勝ち筋は見えてきたよ」

 次のボールの中に入ってるこの子にとっては弱点満載の天敵だけど、それをひっくり返せることをどうか願おう。


「行くよドサイドン!」


 ボールから出て着地した場には砂埃が立ち、両手の拳を地面に叩きつけて構えた。ルカリオと比べて2倍ほどの大きさを誇る土色の巨躯がフィールドを揺らして威嚇している。
  

「波導弾」


先攻したのはルカリオだった。必中を活かして波導弾でドサイドンを牽制しつつ急速に距離を詰めて行く。


「ルカリオ、インファイト!」
「受け止めて!」


 ルカリオがドサイドンの懐をめがけて突撃する。
 インファイトは守りの一切を捨てた攻撃。当たればでかいが防御力を著しく下げてしまう。シロナさんのルカリオは素早さに特化しているので、その効果は後々に大きく響くデメリットになる。
 対してドサイドンはハードロックのおかげで大ダメージを僅かに軽減できるから、ルカリオのインファイトだったら安定して耐えられる。が、ルカリオ以上に素早くて弱点を突いてくる高火力のガブリアスなどの相手はできない。
 正直、トゲキッスにドサイドンを出せばよかったと若干自分のミスに後悔し始めている。そしたらパルシェンを温存できたかもしれなかった。自分の詰めの甘さに嫌気が刺すが、今は目の前のバトルに集中しなければ。

 ルカリオはドサイドンの身体に拳を叩き込むが思うようなダメージを出せずにいる。ガツンとドサイドンのプロテクターから鈍い音をさせた。インファイトの影響は目に見えてよく現れる。手薄に等しい防御力はドサイドンから見たら格好の的だった。


「アームハンマー!」


 絶対に外さない距離、後手からの効果抜群の技の応酬だった。
 まともに食らってよろけるルカリオを横目に、ドサイドンは角の先端を標的へ向ける。アームハンマーで素早さを失ったようには感じさせない迫力のドリルライナーで猛追を仕掛けるドサイドンに対して、やられてばかりではいられないとルカリオはサイコキネシスでドサイドンの動きを止める。掲げた手を震わせ目が青白く光り、さらに歯を食いしばっているのを見ると、タイプ一致ではない分、動きを封じるのは容易ではないのだとわかった。


「薙ぎ払いなさい!」


 シロナさんが声を上げる。
 お互いが弱点同士の戦いを長引かせたくはないはずだ。私だって同じ気持ちだ。防御を下げるインファイト以外の技で地道に体力を減らすのは、ハードロックのドサイドン相手では現実的じゃない。アームハンマーにドリルライナーとこれでもかとばかりにルカリオにとって不利な技のオンパレードなのだ。それだったら多少のリスクを負ってでもドサイドンにデカいダメージを入れてさっさと倒したいと思っている、はず。



「バレットパンチ!」


 そうこう考えている間にもルカリオの猛攻は止まらない。先制攻撃で距離を詰めるルカリオが、ドサイドン自身をガードする腕を文字通り力技で殴り払い、ガードを解かれてガラ空きの状態になったところを狙ってインファイトを仕掛けてきた。


(大丈夫…!エルレイドのインファイトを2発耐えられるのなら、ルカリオのインファイトはあと1発確実に耐える!)
 ドサイドンもただじゃやられない。じっと耐えつつルカリオの拳の動きを捉えて片手で受け止める。ドサイドンの手のひらの噴射口はルカリオの手を凄まじい力で掴んで離さない。圧倒的な体格差でルカリオを掴み上げて地面へ叩きつける。


「もっぺん振り下ろせ!アームハンマー!」


 外しようがない。反撃の隙を与えないつもりだったけど、ルカリオの根性を舐めていた。トドメを刺される手前で反撃の手段である必中の波導弾を、アームハンマーが直撃する手前で放ったのを見逃さなかった。




「…ルカリオ、ドサイドン、共に戦闘不能!」




 波導弾が炸裂した衝撃で視界が悪い中、レフェリーが判断を下した。
 煙が晴れて視界がクリアになると、2体とも目を回して倒れている姿がそこにあった。


「ありがとうドサイドン。ルカリオ相手に頑張ったね」


 ボールに戻して大型モニターを見る。
 シロナさんの6つの枠には、3体の暗色に染まったポケモンに、未だ伏せられたままの黒い枠。


「…さて、残りは3体か」


 当然ガブリアスはまだ出てこない。予想のラインナップであるミロカロス、ロズレイドかトリトドンの3体に対して有利に立ち回れるダーテングを繰り出すと、シロナさんは同時にロズレイドを出してきた。

(大丈夫、勝ち筋はある。大丈夫)
 勝負処で散々ナタネのロズレイドと戦わせたのだ。全く同じというわけにはいかないが、毒の技に注意をして対処していけばダーテングは難なく突破できる。


「ロズレイド、ヘドロ爆弾」


 シロナさんは堅実にダメージを狙いに来た。
 胴体、足元と的確に狙いを定めてヘドロ爆弾を打ち出すロズレイドの攻撃には隙も余念もない。


「暴風!」


 渦巻く風の刃がヘドロ爆弾を四散させる。
 ロズレイドはマントを翻して暴風や押し返されたヘドロ爆弾を軽い身のこなしで避けていくが、それでも続けざまに放たれるヘドロ爆弾が終わる気配はない。暴風が当たればいいが、旋風のせいでどこに攻撃が来るかが見破られやすいのが難点だ。大味だけど高火力な技の命中率をあてにしてられる余裕はないし、拮抗した状態はごめんだ。

 技を繰り出すのも避けるのも、見た目を裏切らない振る舞いが優雅で綺麗なロズレイドだけど、生憎こっちのダーテングはそんな風貌してない。この恐ろしい天狗っ面のポケモンは、タネボー時代の我慢の連続の敗北で培った、勝負事に関しては貪欲に執念深く勝ち筋を掴み取る底なしの強欲天狗様だ。
 お行儀よくなんて糞食らえだ。


「ダーテング、砂を巻き上げて!」


 地表を抉り出すように突風が吹き荒れると、フィールドの砂が勢いつけて巻き上がった。芸がないが、きっちり当ててこようとする相手には効果覿面で実用性抜群な簡易目潰し。シロナさんはやってくれたなと凄みのある表情が語っている。
 ロズレイドは頭を振るっている。目がさっきより鋭く細まり、ダーテングの真横にヘドロの砲弾が通り抜けた。極端に下がったわけではないが、命中精度が僅かに下がっているように思える。


「神通力!」
 
 効果抜群なロズレイドの声にならない叫びが聞こえる。目潰しに神通力と一方的な攻撃を受けて重なったダメージに闘争心が衰えるどころか増している。やられっぱなしで苛立ちを感じているのか、思うように攻撃が当たらない憤りかはわからないが、ダーテングに接近を仕掛けた。悪の波動で行く手を阻もうとすると、シャドーボールで打ち消して死角からヘドロ爆弾をダーテングに命中させてくる。
 執念深いのはお互い様で、ロズレイドからは意地を感じた。手負いの獣という状態に近い。さっきまでは優雅だと思ったが、とんだ勘違いだ。チャンピオンの辞書には「やられっぱなし」という文字はないのだと知る。だけどこっちも負ける訳にはいかない。びびって逃げれば屈辱の「腰抜け」のレッテルがどデカく貼られる。そんなの嫌すぎる。


「暴風で終わらせる!」
「ロズレイド!」


 ヘドロを振り払ったダーテングより、ロズレイドの方が一歩早かった。
 ヘドロ爆弾はダーテングに命中するも振り上げた長い白髪で受け流され、眼前に迫るロズレイドに暴風でトドメを刺しにかかる。かなりの至近距離で暴風の直撃を受けたロズレイドはフィールドの岩に押し戻され、風が止むと同時にその場へ倒れた。




「ロズレイド戦闘不能、ダーテングの勝ち!」




 胸を撫で下ろす。残り2体。ミロカロスと、あのガブリアスだ。
 ロズレイドをボールに戻したシロナさんは笑っている。さすがに10年以上もチャンピオンをしてるだけあって、私みたいに一戦終えるごとに呼吸を忘れてたように深呼吸なんてしていない。こっちはすでにヘトヘトになりかけている。一体もう何時間戦っているんだろう。四天王戦とは比べ物にならない緊張状態がこれだけ続くとなかなかキツイものがある。頑張れという声援で無理やり足にムチ打ってるに近い。

 この会場にはいない両親もマスターも、サトシ達もこの試合を見ているから、弱っているところなんで見せたくない。それにここまで来ておいて、ずっと憧れていたシロナさんに情けない姿は見せられない。

 シロナさんは愛用しているゴージャスボールからミロカロスを出した。
 「最も美しい」と言われるだけあって艶のあるピンクの長いヒレに、モザイク模様の七色に輝く不思議な色合いの鱗を纏っていて目を引く。攻撃にも耐久に優れてていて、美と攻守を両立しているポケモン。
 だが実際は綺麗綺麗と目を輝かせて見れるのは最初のうちだけだったりする。そのうち防御の硬さに辟易してだんだん相手にする方は見るのも嫌になってくる。美人は3日で飽きるというが、私は最初にミクリさんのミロカロスと戦った時は3分で飽きた。



「ダーテング、ミロカロスが相手になるけどいい?」



 間違いなくシロナさんとの戦いで最も重労働をしているのはダーテングだ。
 私の問いに返すように気丈に雄叫びを上げているが、きっとかなり疲れている。だけどここは少し無理をしてもらおう。パワースワップが思いの外シロナさんのパーティに通るから、ダーテングの負けん気に委ねることにする。


「ミロカロスな〜…固いんだよなあ」


 ダーテング越しにミロカロスを見る。冷凍ビームか吹雪を完備しているに違いない。特殊アタッカーを脅威に晒すミラーコートを覚えさせているかどうかは、ダーテングと戦っていれば自ずとわかってくることだ。ミラーコートがある場合、ダーテングには無効だから手札が一枚減らせることになる。


「リーフストーム!」


 細く鋭い木の葉の嵐が再びフィールドに巻き起こるが、ミロカロスはくらいながらも果敢に冷凍ビームで応戦してリーフストームを凍らせて尾で叩き割り散らしていく。
 波乗りで地面にぬかるみを作り出してダーテングの機動力を奪うと、的当てのように岩と岩を飛び繋いで距離を詰めるダーテングに冷凍ビームを放つ。これまでの戦いの疲れを全く感じさせないダーテングが速度を上げて猛然と近づき、岩を蹴りぬかるみごと削ぎ取るように貪欲にリーフストームを当てに行く。


「そのままパワースワップ!」
 捨て身の攻撃。ミロカロスから離れ際の大接近した状態で、ダーテングの瞳は怪しく光る。
「冷凍ビーム!」


 ダーテングのパワースワップは当てるためにミロカロスに好機を与えた。辺り一帯を冷気が包むと、ミロカロスの目の前に氷の塊があるのを水蒸気から垣間見た。冷凍ビームはダーテングの去り際に直撃したが、ダーテングの半身を凍らせていて本体は片腕と足の一部までしか氷が及んでいない。ミロカロスから第二波が襲いかかろうとすると、ダーテングは足元から突風を巻き上げて背後のミロカロスを空へ打ち上げる。
 仕事は充分こなした。ダーテングはミロカロスに粘り勝ちをする勢いでの咄嗟の判断だとしても、あの半分凍った状態で反撃はいくらなんでも難しい。


「悩んでる暇なんてないわよハンナ」
「うっせえ…!」


 ミロカロスの波乗りでもハイドロポンプでもなんでもいいから誰か私の頭も冷やして欲しい。緊張状態が続きすぎて頭がおかしくなりそうだ。
 パワースワップでミロカロスの冷凍ビームの威力は落ちているものの、自己再生があるせいで体力は減るどころか完全回復してしまっている。落下しながら執念深くダーテングに冷凍ビームを放つが、落下の不安定さもあり命中はしないものの下手に動こうものなら運悪く当たりそうな危うさがあった。


(ガブリアスに竜星群がある可能性も否定できない…)
 だけどもうダーテングは残りの体力が危ない。それにガブリアスにパワースワップできる余裕があるのか。このまま倒れるまで相手をさせるか、僅かでも役割を残したまま交代させるか。


「戻れダーテング!」
 ボールを前に突き出すと氷にまみれたダーテングが戻ってくる。迷わず後者を選んだ。
「ミカルゲにトゲキッスにロズレイドにミロカロスを相手に善戦したんだ。MVPもんだよ、よくやった。少し休んで」

 ガブリアスへの対策は、手が多いに越したことはない。ダーテングも納得しているようだった。

「戻したのね…」

 逃げられたことに憤りを感じているのだろうか。
 横髪をさっと腕で払うと、シロナさんは私の次のポケモンを待ち受ける。


「行くよエルレイド。少し出番が早いかもしれないけど、頼んだよ」

 手中のボールに囁く。短く震えるのは了承の意味だ。
 エルレイドがボールから姿を現して構えた。いつもと違う役割を持っているせいか少しだけ緊張の色が見える。


「ミロカロスの技は波乗り、冷凍ビームに自己再生…やっぱりミラーコートはあったっぽいな」 


(本当はここで出すつもりじゃなかったんだけどな…体力もあまり減らしたくない)
 エルレイドは物理型だからミラーコートの脅威には曝される心配はない。ダーテングに続いてミラーコート封じは続いた。
 ミロカロスは波乗りから足元を冷凍ビームで凍らせてエルレイドの足場を不安定にさせる。だがミロカロス自身の足元は地面のままで、もしかしたら凍らせた地面だと不利になるのはミロカロスも同じなのかもしれない。ミロカロスはエルレイドに近づけさせずに、波乗りや冷凍ビームなどの遠距離技でエルレイドの体力を削り、自分は自己再生でどんどん回復していく。

 ミラーコートの脅威はないとはいえ、悠長な試合運びをするつもりはない。


「全くやってらんないねえ…エルレイド!」


 ミロカロスを取り巻いていた大波がエルレイドに迫る。
 波に攫われればそこからすかさず冷凍ビームが飛んでくるだろう。フィールドの岩に飛び移り、ミロカロスの直上へ跳躍する。冷凍ビームを利き腕から放ったサイコカッターで打ち消し、空中で翻りもう片腕からのサイコカッターをミロカロスに直撃させる。水の張ったフィールドに横倒しになったミロカロスを跨ぐようにエルレイドが飛沫を上げて着水した。


 ミロカロスが見上げると、逆光を背負ったエルレイドの腕には目に見えて冷気を纏っていた。ギロリとエルレイドの赤眼が動けないミロカロスを捕らえている。



「残念だけど、こっちにも同じ戦法が使えるんだよ」



 なぜならガブリアス対策は万全の状態にしてあるのだから。

 「冷凍パンチ」と告げると、エルレイドの足もミロカロスの身体が水に浸かっている部分も一瞬で凍りつき両者とも動けなくなった。だが四肢がないミロカロスがほぼ全身氷の中に閉じ込められて動けないのに対し、エルレイドは両腕が残っている。ミロカロスに対して、勝利を決した。

 氷状態によって不思議な鱗で防御が上がっていようがもう関係なかった。目と鼻の先にいるミロカロスを倒せば、お望みのアイツに会えるのだ。


「ガブリアスを出してもらうよ!インファイト!」


 氷の粉砕。猛攻は止まらず、氷からミロカロスが解放されるも反撃する気配はなかった。
 長い身体を岩にくったりと預けて目を回している。


「…ミロカロス戦闘不能、エルレイドの勝ち!」



 レフェリーの判定を聞いたシロナさんはミロカロスを戻したボールに何か小さく呟いてコートの内側のボールホルダーへ戻した。
 コートから戻された手には、先ほどのミロカロスの入っていたゴージャスボールとは違うボールが握られている。黒いマニキュアが施された指の隙間から覗くあのボールには、ガブリアスがいる。
 
 とうとうここまで来た。
 シロナさんとの戦いは、ここからが本番だ。

 
 ふぅ、と軽い吐息の様子を隠すこともなく、シロナさんは言った。

「全く、四天王達に抗議したいわ」
「へ?」

 意外な言葉が出てきて思わず聞き返しそうになった。 

「なんでこの子を勝ち上がらせたのかって」
「それについては私がシロナさんに勝ってから、ゆっくり話し合いたいと思います」
「減らず口ね…こんなに苦しくて楽しいと舌が肥えて、あなたを超える人じゃないと今後私が満足できないかもしれないじゃない」


 シロナさんは息をついた。そして満ちたように笑う。


「さぁ舞いなさいガブリアス。生意気な挑戦者を蹴散らしてやりましょう」


 問題のボールが投げ放たれると、会場が一気に歓声が沸き立つ。
 姿を現したチャンピオンの相棒の姿。咆哮には言葉がなくとも「このチャンピオンリーグのフィールドの王だ」と主張しているようで、見る者全てを圧倒するプレッシャーを与えた。

 わかってはいたが、ガブリアスの凶暴そうな面構えが真正面にいるとかなり気押しされる。ギラギラと闘志を燃やす瞳は気迫に満ち満ちている。殺気と言ってもいい。目を逸らそうものならあっという間に命を仕留められそうな迫力があって、その辺のチンピラなんて断然可愛く見える。
 オーバを始めとした四天王達はシロナさんと戦う時、いつもこんな奴と戦っていたのかと思うと、尊敬せざるを得ない。


「さっすがガブリアス…咆哮が腹に響くわ」


 咆哮で思い出すのは以前リザードンが覚えていた腹太鼓だった。そして前かがみで構える姿が大変雄々しい。だけどびっくりあのガブリアスはれっきとしたメスだ。切れ込みのない立派な背ビレがそれを主張している。


 ガブリアスが動き出した。
 手慰みと言わんばかりのストーンエッジは風切音を発して空気を切り裂き、着弾した地面を鋭く抉る。反応して避け切ったエルレイドは、接近戦に持ち込まずサイコカッターで距離を取って攻撃を仕掛けるも、瓦割りで薙ぎ払われた。どうみてもウォーミングアップしてるように見えるところが無駄に余裕を感じさせて焦燥心と恐怖心を煽る。エルレイドも少し前まではストーンエッジを覚えていたのに、同じ技でも練度が違えばここまで差が出るのか。

 再びストーンエッジを放つと、今度はエルレイドがガブリアスに仕掛けに行く。ストーンエッジを何発か食らいつつも、巧みに間を縫うようにガブリアスへ接近する。流れ弾が私の真横をシュッと音を立てて通り過ぎる。こんな怖いものの中に突撃して行くポケモン達の勇気に拍手したくなった。そんな間にもエルレイドの利き腕には冷気が燻っている。


「エルレイド、冷凍パンチ!」
「受け止めなさい!」


 迎え撃つのではなく、ガブリアスもエルレイドに向かっていく。エルレイドに激突する勢いで接近するガブリアスは、瓦割りで応戦してすれ違いざまにぶつかり合う。
 切り返しはやはり素早さの高いガブリアスの方が一枚上手で、鮫肌に覆われた長い尾を使ってエルレイドを背後から場外へ叩き出す勢いで薙いだ。エルレイドはなんとか踏ん張りを効かせて留まるが、すぐに跳躍する。ドラゴンダイブでエルレイドのいた場所が大きく地面が抉られていた。
 エルレイドは避けるばかりで、攻撃の隙すら与えてもらえない。


「早い…!」


 攻撃こそ最大の防御を体現しているような激しさなのに、圧倒的な素早さと的確な狙いはガブリアスの純粋な練度の高さを物語っていた。とはいえ指を咥えて見ているだけにはいかない。反撃の機会を待っている間にエルレイドが倒れてしまっては後が辛くなってしまう。


「ドラゴンダイブ!」
「インファイト!迎え撃て!」


 近づけないのなら迎え撃つ。そして渾身の一撃をお見舞いしてやる。
 素早さと大きなモーションで火力を上乗せするようなオーバのゴウカザルとは違う、居合いと一点集中。だがガブリアスの速度が急激に上がり、ドラゴンダイブを真っ正面から受けてしまった。岩に叩きつけられたエルレイドは直ぐさまガブリアスに追撃しようと立ち上がり一瞬足元がふらつくも、ガブリアスをにらみつける。やられっぱなしという不本意な状態ではあるが、エルレイドの闘志は腐っていなかった。横一閃、刃が煌めいた。鋭いサイコカッターの一撃はガブリアスに隙を生み出した。
 「冷凍パンチ!」と指示の声を上げると、先ほどまでガブリアスへの反応速度が追いつけていなかったはずが、ドラゴンダイブを受けて特性である不屈の心によって順応し始めている。ガブリアスに冷凍パンチを掠めたエルレイドは手応えを感じて、インファイトを繰り出す。



「あら、素早さが上がったのね」


 エルレイドがスピードアップしたところでシロナさんは変わりなく落ち着いていた。そしてさっきからじっとフィールドでガブリアスと対峙するエルレイドのことを見て顎に指を添えて考えている。
 エルレイドが冷凍パンチを出そうが関係ないらしい。タイプの相性も効果抜群も、全てを練度でひっくり返せるほどの力を秘めたガブリアスが、インファイトの拳に冷気を帯びてきたエルレイドの腕を大顎で噛みつき攻撃を強制的に差し止めた。


「いっ!?止めた!?」
「どうせ変なこと企んでるんでしょう?とどめといくわよガブリアス」
「…させるか!置き土産!」


 置き土産は、攻撃や特殊攻撃の能力値を極端に下げるが自身は戦闘不能に陥る技。タイミングを謀るのがなによりも肝心だった。そしてエルレイドの役割は「退場する際に置き土産をすること」にあった。
 だけどダーテングのパワースワップのように、こちらのタイミングで打てばいいというものではないから、ある程度相手に攻撃を加えた後にやらないと可哀想なことになる技だった。とはいえ、少し相手が悪かったという気持ちが否めない。
 せめて少しでもダメージを与えたいという欲が邪魔して、全ての攻撃が重く素早いガブリアスを相手にタイミングを謀るというのは至難の業に近かった。

 エルレイドの腕を咥えたままのガブリアスは真っ正面の岩肌に突進した。
 エルレイドは与えられたダメージには耐えきったものの、置き土産は不発に終わる。ガブリアスは即座にストーンエッジでエルレイドが立っている場所を隆起させ足場を不安定化させると、立て直そうとするエルレイドをほくそ笑むように雄叫びを上げて大地を震わす。

 ガブリアスの地震はエルレイドを翻弄した。
 為す術もなく、鮮やかな手腕だった。宙に投げ出されたエルレイドは絶好の的となってしまった。



「瓦割り!」


 ガブリアスの素早さが生かされる領域は空にも及ぶ。
 図鑑の信じがたい説明が実証された瞬間だと言わんばかりの早さで、ガブリアスはエルレイドを地に落とした。

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