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悪友≒戦友


「はぁ゛〜〜一週間て長くない?調整なんて3日で十分だよ」


 ハンナはナギサシティに来ていた。
 プラターヌ研究所からナナカマド研究所へ行き、そのままお土産を渡して荷物を持って間髪入れずにサバイバルエリアに向かった。
 ずっとサバイバルエリアに篭って最終調整をしていたものの、同じ環境に飽きてしまったのだ。あの生温い空気から脱したくて、シンオウのキリッとした冷たい空気を浴びたくて、空からどこかに行きたかった。
 距離を考えると研究所に戻るのも面倒で、結局近場のナギサシティにマスターの所へフラッと寄ってみると、偶然オーバやデンジなど悪友と呼ぶべき面々が集まっていた。


 カウンター席はマスターが料理を作ってたりコーヒーを淹れる姿が見られるから好きな席だ。
 カウンターに座っているデンジ、オーバと続けて並ぶ席に着き、いつも頼んでいる大皿のサンドイッチを頬張りながらの冒頭の一言だった。

「お前なあ、チャンピオン戦の前にそんな呑気なことを言ってられるのはお前くらいだぞ?」
「やめて〜説教垂れないで〜!そういうオーバはシロナさんに挑む前はどうだったのさ」


 よりどりみどりのサンドイッチで次はどれを食べるべきか指が迷う。
 デンジの横取りが入りかけたが、いつもは息を潜めている運動神経はこういう時だけ発揮され、ハンナによってはたき落とされたデンジの手にはサンドイッチの代わりに添えられたパセリが捕まった。


「俺はお前と違ってひたすら熱く!鍛えるべし!鍛えるべし!ってストイックにトレーニング積んでたぞ」
「あ〜暑苦しい、マスター冷房つけていい〜?」
「ダメだ。今月は節約月間にしてる」
「え〜!?」
「聞いたなら最後まで聞けや…」
「聞くまでもなく想像通りすぎるんだよお前は。そういやハンナ、お前そんな腕輪つけてたか?」
「これ?これはカロスの戦利品。詳細はお楽しみ要素だから秘密!」
 ジト目がにんまりと楽しそうに笑った。こういう時の笑いは大抵新しい戦略が練られた時だというのを3人は知っている。
「その調子だと調整は出来上がってるみたいだな」
 マスターがサンドイッチのおかわりを出しながら言う。
「当たり前でしょ、四天王防衛戦から結構時間あったし調整も兼ねてカロス地方で研究とジムバッジ集めに励んでたよ」
「ウッソだろお前どんだけ余裕かましてんだよ」
「いや緊張はしてたよ?オーバこそ緊張とは無縁そうだと思ってたんだけど案外気にしいなの?」


 味わうとはほど遠いただただ空腹を満たすシュレッダーのようにサンドイッチを平らげていくハンナの姿に懐かしさを覚えているデンジが、オーバを指差して言った。

「こいつのチャンピオン戦の前に知ったんだが、オーバは緊張すると髪のボリューム3割減になるって知ってたか?」
「それただのパンチパーマじゃん!!」
 ダムが決壊したようにハンナがゲラゲラ笑う。
 オーバがハンナに「んなわけねーだろ!」食いついている間に、デンジがサンドイッチをひとつ横取りして食べる。たまごだったのがよかったのか、満足気に口の端を上げている。


 今まで髪型について散々言われてきてはいたが、毎度のごとくあまりの容赦のなさについにオーバの堪忍袋の尾が切れた。

「お前らいい加減にしろよ!?よく何年も人の髪型でそこまで盛り上がれるな!?」
「オーバのアフロは常に最先端いってるから廃れることはないし…ねえ?」
「それって褒めてるのか?褒めてなくない?とんでもねえ超訳に今人生で一番冷静だったわ」
 切れた尾を適当にセロテープでくっつけたようなフォローに見せかけた何かだが、フォローになっていないのは確かだった。
「ただし誰も真似したくないから流行ることはない」
「それは普通に悪口だなデンジ!」
 最早アシストする気すら感じられない。
「え?でも私前にオーバのアフロを真似っこしてる女の子見たことあるよ!」

 無法地帯のような井戸端会議に水を差したのは黙々とキッチンに立っているマスターだった。


「お前ら他の客もいるんだからちったあ静かにしろ!おいハンナ、お前まだ食うのか?」
「食べる!」
 両手にサンドイッチで即答するとマスターの眉が弱ったように下がった。

「クソ、サンドイッチ作りが終わらねえ…おいデンジ、オーバ!お前ら暇なら買い出し行って来い!リスト渡しとくから」
「はぁ!?そんな食うの?お前ちゃんと毎回金払ってんだろうな!?」
「馬鹿野郎こいつからは毎回お代貰ってるに決まってるだろ。店が潰れる」
 “寧ろこいつが来た時は稼ぎ時なんだよ”と小言を言いながらメモにリストアップしていく。
「さっきからマスターがイラついてるかと思えばずっとサンドイッチ作ってたのか…」
「ほら、これを買ってきてくれ。頼んだぞ」
「いやぁ〜悪いねお二人さん」
 わざとらしく笑いながら、悪びれもなくハンナは言う。

「お前俺に買い出し料金払えよ。あ、悪いオーバ。俺今日財布忘れた」
「そこの生臭ジムリーダーあからさまに汚ない金の流れを作るんじゃねえ!」








「ほら、どんどん食え。3割引でいい」
「おお…?ありがとう?」

 さっきまで稼ぎ時だなんだと言っていたのに、突然の手の平返しに感謝の言葉が思わず上擦る。
 マスターは柄にもなさそうに呟いた。
「…これくらいしかできないからな」
 ここにきてようやくわかった。これはマスターなりの応援なのだ。

「へへ、私が勝ったらお客さん増えるね」
「馬鹿言うんじゃねえ。お前もデンジもオーバもバイトで雇わなきゃならなくなる」
「それはそれで面白そうではある」
「ハハハ、仕事を舐めるんじゃねえ」
「うわ!髪ぐちゃぐちゃにしないでよ〜!」
「ま、なんだ。頑張れ」
 サングラス越しに透けて見えたマスターの目は優しかった。
「うん。勝ってくる」
 ついさっき頼んだコーヒーをマスターに差し入れて、元々飲んでいたオレンジジュースで乾杯をした。


「…カツサンドでもやるか」
「マスター私のこと相当可愛がってるよね」
「黙って食え」
「はーい」





  * * *





 スーパーから出てくると、その目立つ姿に振り向く人は少なくない。
 だがその視線にはもう慣れたもので、オーバとデンジの二人は視線すら日常生活の景色の一部になっていた。

「なあ、お前どう思う?」
 唐突にデンジは言った。
「そうだな、お前の荷物だけがなぜそんなに小さいのかが気になる。マジで全部俺に払わせやがってよぉ…」
 オーバはあくまで今の状況の客観的な意見を述べたのだが、まるで見当違いな受け答えにデンジは深くため息をついた。
「ちげえよチャンピオンとハンナのことだよ。どっちが勝つと思う?」
「ああ?そんなのわかんねえよ。ほら、お前もうちょい持て」
 中くらいの袋をデンジに手渡してきた。オーバの返答を聞いてデンジはさらに眉間にしわを集める。
「オーバはチャンピオンともハンナとも戦ったろ?手応えで判断してみないのかよ」
 ようやく明らかになったデンジの問いに、オーバは戦いの記憶を巡らせた。
「判断ねえ…とはいっても四天王戦でハンナのやつ、シロナ対策だとは思うけどリザードンとかエルレイドみたいな主力のやつ一切出してないからなんとも言えないんだよな」
「あー…言われてみればそうだったな」


「シロナは随分近くで見てきてるから慣れたけど、ハンナのやつは技の構成が怖いんだよ!なんだよ俺の時のトドメは!お陰でアフロが倍に膨れ上がった写真がネットで大量に出回ったわ!」
 オーバとハンナの対戦後、ネットの記事の頭には【悲報】や【歓喜】などではなく【増毛】の単語がついた記事が多く出回り、ネットを気にしていないオーバでも耳からニュースを介して目から伝わってきていた。

「ああ…あのトドメ、俺寧ろ感動したぞ」
 デンジの顔が少し明るい。
「だろうな!でも炎タイプにもああいうあんまり使われないマイナーで見た目がド派手な技が欲しくなった」
「…お前はそんなだからいつまで経ってもオーバなんだよ」
「オーバだよ!まごう事なきオーバだよ!なんかまるで俺がダメな言い方じゃねえか」



「まあ、リザードンで腹太鼓にフレアドライブをさせるようなやつだからな。技がエゲツないのは同意だ。チャンピオンをバケモンかなにかと勘違いしてるよなハンナは」
「確かにあれは流石に俺でもやらねえわ…」
 デンジが自分用と買い物かごに入れたガムを口に含むと、俺にも寄越せとオーバが手のひらを差し出した。素直にガムを一粒やると、思い出したようにデンジは言う。
「一時期リザードンに持たせたいってカムラの実を探してたからなあいつ」
「オイオイオイさらっと怖いこと言ったな今!?火の玉豪速球じゃねえか!誰もあいつにカムラの実を与えてないだろうな!?誰か取り締まれ!」
 恐ろしさしかないハンナの机上の戦法にオーバが戦慄する。
 そんな恐ろしいことをしたら誰も受け止められない。いや、貰い火ならいけるが他の物理技が受けられないのでどのみち無理なことしかわからない。
「それがあまり流通してないのと水やり面倒で木の実栽培自体が性に合わなかったらしい」

 デンジの言葉で水を打ったようにオーバの熱が収まった。


「神様も捨てたもんじゃねえな。拝むか」
「本当にな。一人で行け」



 気づけば喫茶店は目の前。
「しょうがねえ、あの腹をすかした未来のチャンピオン候補に早く届けますかね」

 2人は歩く足を早めた。


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