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出立前に


 サトシ一行とコルニに見送られてシャラシティからミアレシティのプラターヌ研究所に帰還した。
 途中に寄り道して買ったバーガーを詰め込んだ袋を引っ下げて「戻りました!」と研究所内の人達に挨拶すると、「やぁハンナ、メガシンカはモノにできたかい?」とこれからランチだと言うプラターヌ博士が出迎えてくれた。


「博士、メガストーンありがとうございました!午前中にシャラジムを突破して、リザードンも無事にメガシンカできました!」
「マーベラス!さすがやることが早いねえ」
 そう言って、2人は給湯室に入った。2人分のコーヒーも入れると、博士は冷蔵庫からソフィーが作り置きしたらしいサンドイッチを取り出した。
「経過も見たかったし、本当は僕から直接渡したかったんだけどね。ハンナとリザードンのメガシンカの立会いはできなかったけど、カルネさんとサーナイトのメガシンカに立ち会えたからまあ良しってところかな」
「あ、カルネさんから許可もらえたんだ」
 以前ソフィーは今まで許可をもらいに行っても全敗と言っていたのは記憶に新しい。
「いや?もらえはしなかったんだけど、ちょっとトラブルがあってたまたまね。運がいいやら悪いやら」
「カルネさんで思い出した。博士、さっきシンオウのポケモンリーグから連絡が来たんですけどチャンピオンリーグの開催日が一週間後に決まりました!」


 博士の顔がパッと明るくなった。本当かい!?と持っていたコーヒーカップを置いてカレンダーを確認した。

「となると…もう今日には出立した方がいいよね。向こうで調整するんだろう?あとチケットの手配も急いでやっておくよ」
「あ、チケットは大丈夫です!シンオウまですぐに行けるんでそこは心配無用ですよ!」
 ハンナが慌てて止めるが、プラターヌ博士は「すぐに行ける?シンオウに?」と疑問符を投げかけた。
「ネイティがテレポート使えばあっという間にシンオウに行けるんですよ。距離が距離なんであまり多用はしませんが」
「へぇ!それはすごい!テレポートのギネスに届くんじゃない?」
「小さくて可愛いし優秀ですよ〜!表情は全く微動だにしませんが…」
「まあ、そういうポケモンだからね…」

「とまあ話を戻して、そんなわけで今日からしばらく野外調査はお休みをもらってもいいですか?勝っても負けても多分カントーのオーキド博士から呼び出しくらうと思うんで」
「当然じゃないか!晴れ舞台だよ?今まで頑張ったんだからご両親にも思い切り褒めてもらいなさい。ほら、お昼まだ食べてないんだろう?早く食べて準備しないとね。みんなには僕から言っておくよ」
「ありがとうございます!いただきまーす!」



 そしてその会話をたまたま聞いて即座に研究所内のみんなに言って回ったコゼットが、プラターヌ博士が伝える前にハンナのランチタイム中に一斉に激励しに来たのだった。

 「ハンナちゃんこれ!俺のお婆ちゃんの根付!お守り代わりに!」「このワイン本当に美味しいからナナカマド博士にお土産に渡しておきなさい!」「ゴヨウさんとデンジさんのサインを!お願いします!お願い!!」「朝ちゃんと起きなきゃダメよ!目覚まし時計持って行きなさいね」「シゲル君によろしくね!頑張って!」

 立て続けというより畳み掛けるようにやってくるもんだから、大変ありがたいが聞く方も大変だった。
「ねえ一人だけめちゃくちゃ私欲混じってない!?誰!?」
 ハンナが叫ぶ。するとガシッとハンナの両手を掴んで懇願する女性が一名。「お前か!」と言えば、主張激しく本心をぶちまけてくる。
「お願いィ!研究ドン詰まりだから好きな顔面のイケメンパワーが欲しいのォ!頑張ってって文字でもいいからエールが欲しい!」
「そ、そんな涙を流すほど…」
 女性研究員は面食いなのを隠してない人物だったが、相当追い込まれているのか言葉の力の込め方が完全にチャンスを目の前にチラつかせられたオタクの叫びと同じであった。
「どうせがめついわよ…いくらでもドン引きなさいよぉ…あ、試合頑張ってね」
「それそれ!それを待ってた私!」


 激励がいつの間にかお土産リクエスト大会になりつつも、バーガーを食べ終えたので軽く荷造りを済まし、ネイティをボックスから引き出してシンオウに向かう準備を終えた。大体のものはシンオウの研究所の私室にあるし、カロスからのお土産は転送マシンから送ればいい。
 予想よりも早く準備を済ましたので、温室にいるフラベベに会いに行くことにした。




  * * *




「あ〜!フラベベ久しぶり!元気してた?」
 温室の扉を開けると、フラベベは草の上で日向ぼっこの真っ最中だった。
 最後に会ったのはいつだったか。フラベベはハンナの声に反応するとゆるやかに肩に乗って小さい体を必死に伸ばして抱きつこうとしている。

「可愛いなあ…こういう見るからに可愛い子って私の手持ちにいないからすごく癒されるわ」
 リザードンはドラゴンだし、ニダンギルは明らかに武器だし、ウデッポウに至っては甲殻類。見た目の強さはピカイチだが、フラベベのような直球的な可愛さはどこを探しても見当たらない。あるとすれば、ウデッポウの普段の動きがちまちましているところだろうか。
 指で軽く擽ぐるとフラベベは小さいが高い声で笑っている。野生のフラベベを見ても思ったが、フラベベというポケモンは本当に体が小さい。正直、戦う姿が全く想像できないのだ。見た目の可愛さで戦意喪失を誘うスタイルか?と考えてしまう。特に戦う仮想の相手をシロナで考えることが多いから、寧ろ戦わせるのは花を枯らしてしまいそうでいろいろ危ないんじゃないかとすら過保護がすぎるところまでいっていた。


「実はね、これからシンオウ地方行ってすんご〜くド偉い強い人と戦ってくるんだよね〜楽しみだけど緊張するよ…」

 そう、まだ緊張は続いていた。まだ一週間前なのに胃が常にびっくりしてるような感覚が続いて落ち着かない。
 するとフラベベがなにやら肩から離れてくるりとターンを決める。微かな甘い香りが鼻を掠めると、だんだん気分が穏やかになって、さっきまでの緊張は解けるようにすんなり落ち着いていた。


「フラベベもしかしてなにかしてくれたの?アロマセラピーかな」

 待て。そしたら人の緊張は状態異常にあたるのか?受験生や大事な大会を控えたトレーナーや社会人はアロマセラピー必須じゃないか。惜しい。アロマセラピーはダーテングには覚えられない。代わりにドングリを渡されそう。
 図鑑を出して調べると、フラベベの頭の冠には癒しの効果があるようだった。指の腹で頭を撫でて「ありがとう」と告げると、フラベベも嬉しそうに笑い返してくれた。

 そろそろ時間になったのでハンナはフラベべと別れて温室を後にした。
 すっかり嫌な緊張もなくなったせいか気分がとても軽い。通りすがりの博士に「さっきより顔がスッキリしてない?」と言われたので、「フラベベのおかげですよ」と返した。「フラベベが?…ちょっと彼女にオススメしておこうかな…」と去って行く。もしかしてフラベベをサインを強請った面食いに会わせる気だろうか。





「ネイティ出ておいで」

 ボールから出てきた丸っこいフォルムで独特な鮮やかな配色に、どこを見てるのか絶妙にわからない独特な目つきに、トゥートゥーという独特な鳴き声の小鳥。
 相変わらず見た目の癖が強い。だがジョウト地方からの付き合いなので小さいとはいえなかなかの古株だ。ハンナの腕に止まると、そこから無の時間が始まる。


「ネイティ元気してる?」
 フラベベにかけたのと同じ言葉。抱きついてきたフラベベと違い、腹話術のようにトゥー、と鳴いて、無になる。
「うん、とびきり元気だね」
 ネイティの反応の薄さを気にしたら負けなのだ。
 



「よし、じゃあ行こうか。シンオウへ」



 目的地はシンオウ地方のナナカマド研究所。
 ネイティがトゥー、と静かに鳴くとその場にいたネイティとハンナの姿は音もなく消えたのだった。


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