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招集



「お疲れ〜リザードンかっこよかったよ」


 コル二とのジム戦が終わった。
 安堵の表情でリザードンを見上げる。見慣れない相棒の姿に感動を覚えていた。メガシンカした姿は身軽なのだろうか、ボールに戻そうとすると、メガシンカの姿を解かずにこの身体の感覚を楽しむようにもう一回旋回してハンナの近くに羽を休める。
 博士から危惧されたような暴走も特になかったことが本当に安心したことがでかく、ハンナは深い息を吐いた。


「ハンナー!」

 目の前からコルニが滑りながらハンナへ向かってくる。リザードンはメガシンカを解きハンナと一緒にコル二の元へ歩み寄った。 


「はい、これがファイトバッジ!受け取って!」
「ありがとうコル二」

 拳がモチーフのファイトバッジをケースに仕舞う。
 3つ目になるカロスのジムバッジ。研究所の調査を挟んだからこのバッジを手に入れるまで少し時間がかかってしまったが、どの地方に行っても、バッジケースが埋まる達成感は嬉しいものだ。
 笑みを浮かべてバッジケースを眺めるハンナを見て、コル二は熱がこもったヘルメットを外して思い切り腕を伸ばすと「はぁ〜〜完敗!!」とハンナの首に腕を回して言う。


「ちょっと!実は一般人のフリした強者でしょハンナ」
「それほどでもある」
「言い切るところがむっかつく〜!でも楽しかった」

 ニカッと笑うと、ルカリオを入れたボールを見つめてコル二が言った。

「実はルカリオのメガシンカにちょっと一苦労してたから。サトシに続いてハンナとも問題なく戦えてルカリオのトレーナーとしても継承者としても、ちょっとホッとしたよ」
「そうだったんだ…あ、それで旅に出てたのか」
「そうそう。暴走したりなかなか大変だったから、ようやく修行が実を結んだ感じ!でもちょっと戦ってて気になったんだけどさ、ハンナってルカリオと戦い慣れてたりするの?」

 なんだ藪から棒に、と突然話題を変えたコル二に答える。
「戦い慣れてるというか、仮想敵というか…私が目標にしてる絶対に勝ちたい人のパーティにルカリオがいるんだよね」
「え!?そうなの?それって誰々?カロスの人?」
「めっちゃ食いつくじゃん!違うよ!他の地方の人!」


 バッジの受け渡しからいつの間にかただの女同士のしょうもない攻防戦に発展して、コルニの脳天にコンコンブルさんから手刀が炸裂してこの絡みは集結した。ヘルメットを取っていたせいか、脳天を押さえてしゃがみ込んでいる。

 「ハンナさーん」と呼ぶ声がす方へ振り向くとギャラリーにいたサトシ達がやってきた。



 ピピピピッ

 駆け寄るサトシ達に手を振って迎えようとした時、フィールドに着信音が鳴り響いた。
「あ、ごめん着信だ……って、うわ…!」

 気が緩んでいた。手から滑り落ちたポケギアは地面に当たるとサトシの足元に止まった。「やっべ落としちゃった…」と慌てて拾うポケギアの着信画面に表示された連絡先の文字をサトシは見逃さなかった。

「ポケモンリーグ…?」
 ぽつりとサトシが呟いた。
「サトシ?」
「…ハンナさんもしかして」

 意味ありげな目線をハンナに送るサトシを、セレナは少しやきもきしながら見ている。以前一緒に旅をしていた間柄である以上、なにか事情があるんだろうが、聞きたくても容易に聞けない雰囲気があった。
 しかし、その目線の先にいるさっきまで堂々と余裕を見せてコル二を相手していたハンナがなにやら緊張しながら話している様子も気になっていた。いつも一緒にいるわけではないが、今まで会って話していたハンナらしからぬ反応のように見えて、セレナもいつの間にかサトシと並んで静かにその様子を見ていた。


「…はい、今カロス地方にいるので…わかりました。すぐ戻ります」
『では今から一週間後、くれぐれも遅刻しないようにお願いします。ご健闘を祈ります』
「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 緊張のせいでとてつもなく形式張った、わざとらしいくらい礼儀正しい挨拶に顔を訝しげるコル二が「ハンナ大丈夫?」と頭をつついてくるのを御構い無しに、ハンナは突然ふさぎ込んだ。



「ッハァ〜〜〜〜!!!!どどどうしよう緊張してきた…」
「なにさどうしたの」
 頭を抱えて顔面蒼白になるハンナに笑いながらコル二が聞く。
「っしゅうかん…ーグ戦…」
 まるで息絶えそうな声音で答えるが、聞き取れる声ではない。
「え?もっかい」
「一週間後に、チャンピオンリーグ戦…」
「へぇ〜チャンピオンリーグ戦…、チャンピオンリーグ!?え!?誰が?」
「私が…」
「ハァッ!?えっ…うそ!!ハンナそういう感じだったの!?」


 びっくり仰天とはこのことで、ジムリーダーとしてではなく完全にオフの顔でハンナに迫るコル二に続いて話を聞いていたユリーカも詰め寄ると、「なんでもっと早く言ってくれなかったのー!?」とハンナの腰に抱きつく。


「ハンナさんチャンピオンになるの!?いつ?ユリーカ見たい!」
「こっ、こらユリーカ!」
「お兄ちゃん海外の中継見られるテレビ作ってー!!」
「ええ!?無茶じゃないけど…」
「やった〜!」

 今から一週間後には、リーグのフィールドに立ってバトルをしているんだという自身の緊張とプレッシャーと耳から入るユリーカの声援がごちゃ混ぜになって非常に胃が重く感じた。脳からは血がサァーっと引いていく感覚がして堪らない。
「やばい…内臓吐きそう痩せちゃう…」
「とッ…とりあえず!深呼吸しよう!ヒッヒッフーって!」
 緊張が伝染して思わず素っ頓狂なこと言い出すコル二に見かねて、コンコンブルがハンナに落ち着くようにと諭すように話しかけた。

「お前さん、どこのチャンピオンリーグに出るんだ」
「あ、えっと、シンオウ地方です」
「シンオウか…えらい遠い地から来たものだな」

 過去に行ったことがあるのだろうか。「あそこは寒くて敵わん」と言うと、続けて言う。

「一週間後となれば、今日にでも出発した方がいいだろう。ミアレからシンオウ行きの便があったか調べようか」
「え〜〜…なんかじいちゃんが一番冷静なんだけど…」
「あ、それは大丈夫です。手はあるので」
「そうか、ならいい。精一杯頑張りなさい」

 コンコンブルの言葉に続いてコル二がハンナの両肩を力強く掴んだ。
「そうそう!びっくりしたけどハンナなら大丈夫だって!頑張れ!」
「うん!ありがとうコル二、コンコンブルさん」




  * * *




「サトシ!私たちも応援しますって言いに行こ!」
「あ…、うん、行こうぜ!」
「…どうかしたの?なんかボーッとしてない?」
「なんかうまく言えないけどさ…すげえなと思って。自分のことじゃないのに、俺感動してるんだ。なんだろう、こう…夢を現実にしてる!って感じ」

 セレナはぎこちなく言葉を紡ぐサトシを見て、サトシはハンナと通して別のものを見ている気がした。セレナと会う以前、違う仲間と旅をしていろんな所を回って作り上げた思い出を、少しだけ羨ましく思った。

「──うん、すごいよね。チャンピオンリーグって、テレビの中だけのものだと思ってた」
 実際ほんの少し前まで家のテレビの前で素直に思っていたことだった。「それすげえわかる」と、その感覚に覚えがあるサトシは笑って言った。

「俺も前にポケモンリーグ出たことあるから、もちろん勝ったその次を考えるんだ。でもトーナメント表で単純に見るより予選から頂点まで近いようですごく遠いんだ。バトルは楽しいけどみんな強いし、みんな勝ちたいから道のりが果てしなくてさ。ハンナさんそれを勝ち進んだんだから、すごいよ。俺もまだまだ負けてらんないなあ!」


 ──違う仲間と旅をしていろんな所を回って作り上げた思い出を、少しだけ羨ましく思った。だけど、それでもまだまだこのくらいじゃ夢は叶わないと言うサトシの言葉の説得力に、セレナも鼓舞されていく。


「私も!まずはトライポカロンで優勝しなくちゃ!」


 ──ほら、行こう!
 記憶の中の手より大きくなった手を、セレナが引いて駆け出した。

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