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vsコルニ


 メガルカリオを倒して勝者はサトシというジャッジが下された瞬間、フィールド内は大騒ぎになった。ギャラリーにいたセレナ達はフィールドまで降りてサトシとピカチュウに激励の言葉をかけている。コルニの方はというとどこか納得した、すっきりしてる様子でコンコンブルの方を向く。

「いいバトルだった」
 その一言で、コルニの顔は更に明るくなった。思い出したかのようにジムバッジをサトシに渡すのを上から眺めていたハンナは、バッジがサトシの手に渡ったのを見て掌を叩いた。
 フィールドに一人分の拍手が鳴り響く。不思議そうな顔で見上げる一同は、ハンナの姿を見ると一様に驚いた顔をしてそれぞれで表情が変わっていく。


「もうちょっと早く来ればよかったな〜おめでとうサトシ!今バッジは何個目?」
「ハンナさん!来てたんだ!」


 ハンナがギャラリーからフィールドに移ると、駆け寄ってくる姿が2つ。
 そのうちの一人はハンナの腰周りに引っ付いてきたユリーカで、もう一人はバッジケースを片手に持ったサトシ。ユリーカの頭を撫でながら目の前のバッジケースに並ぶ勲章を目線でなぞって数える。

「三つか!私がこのあと勝ったら同じだね」
「ハンナさんもジム戦するの!?ユリーカも見たい!」

 下から必死に声を出すユリーカに、ハンナの頬が緩む。
 期待に爛々と輝く大きな目。どうも小さい子のこれに弱い気がする。
 ハンナがこの状況を吟味している最中に「ね!いいでしょお兄ちゃん!」と、シトロンがユリーカに振られるいつものフレーズが聞こえてくる。シトロンの声はハンナがコルニがいいよと言えばいいのかもしれないが、ジムリーダーという立場から生まれるジム戦という真剣なバトルの邪魔をしちゃダメだという葛藤を含んだものだった。

「ユリーカ、またそんなわがまま言っちゃ…」
「俺も見たい!」
「え!?」
 サトシが片手を大袈裟に上げて主張する。横ではシトロンが狼狽している。
「わ、私も!」
 釣られたようにセレナも挙手。
「え!?じゃ…、じゃあ僕も!」
「やったー!ハンナさん、ユリーカ応援するから!」
 結局、全員の意見が一致した瞬間であった。



「随分賑やかだね。ねえ、ハンナとサトシ達って今更だけど知り合いなの?」

 合間を縫ってサトシと戦った時に出したポケモンの応急処置を施している最中のコルニが言った。
 ハンナとサトシは顔を見合わせ、もともと一緒に旅をしていたことを伝えた。コルニは「すごい偶然もあるんだね」と話を聞きながら手持ちのコンディションを確認する。話ているうちに、コルニの自論やメガシンカについて、ルカリオとの思い出などいろんな話を聞くことができた。するとコルニは立ち上がり、ハンナに近づく。

「ごめん、少しポケモンを回復に行ってきていいかな?」
「全然!行ってきて行ってきて、私いつでもオッケーだから!でも潮の満ち干きは大丈夫なの?」
「マスタータワーの中にも回復できるとこあるから大丈夫!少し待ってて!」




 ひらひらと手を振りながらローラースケートで軽々と上の階まで駆け上がるコルニを見送る。それまで笑顔だったハンナの顔は真剣な顔つきになった。腰のベルトに固定されているリザードンのボールを確認する。コンコンと軽く指で小突くと、震えて返事を返してきた。
 あのコルニのメガルカリオには、リザードンをぶつけるつもりでいた。まだ成功はしていないが、リザードン自信の練度は並大抵のものではないと自負できる。メガルカリオへの対抗は問題ないが、メガシンカはなんとか成功させたい。

 ヒトツキとウデッポウの様子も確認して問題がないと分かると、あとはコルニを待つだけになる。ずっと書庫で本を読み漁っていたせいで肩が凝っていけない。と体を縦に伸ばして深呼吸。ふと、ギャラリーの天井にでかい大穴が空いていることに気づく。ほぼ真上の垂直に空いた穴は壁ではない場所に繋がっているらしく、その向こうには真っ青な青空が見える。貫通しているのだ。
 フィールドとはいえ普通じゃありえない室内の光景に目を丸くすると、それを見たシトロンとセレナは、あははと冷や汗を流しながら笑ってあからさまに目線を逸らしていた。


 ──あの連中はここから退場したのか。
 ロケット団がプラターヌ研究所を襲ったと聞いたときはまさかカロスまでサトシとピカチュウを追いかけているのが信じられるような、信じられないような気持ちで正直半信半疑だったが、ここにきてようやく納得した。そして、同時にポケモンを回復させ終えたコルニが戻ってきたのだった。



    *  *  *




 ジャッジはサトシがバトルした時と同じコンコンブルさんだった。
 コルニが戻ってきてからというもの、遅くなってしまった挨拶と握手。いかにも年月を感じる厳粛そうな声を聞くと自然と背筋が伸びる。コルニもそれは同様のようで、大人しいというよりかは精神統一に近かった。

 互いがフィールドの定位置に立ち、ジム戦の説明が終わるとそれぞれのボールから一体目のポケモンが現れた。


「ふぅん、ゴーリキーか」
「そういうハンナはヒトツキだね。正攻法で来たって感じ」
 来たなと言わんばかりに言い放つコルニに、ハンナはにこやかに答える。
「正攻法…じゃあ対策済みってことだよね!ヒトツキ、岩雪崩!」


 ヒトツキがその場で地面を蹴るようにターンすると、抉れた地面から岩の塊が濁流のようにゴーリキーへと迫っていく。

「瓦割り!」

 すかさず反撃に出る。一撃が凄まじく、迫り来る岩を薙ぎ払ってヒトツキへ直進してくる。



 さっきの自信は出任せではなかった。だとしたら、ゴーストタイプがやってきても怯まないその自信は?
 言うほど特殊技のメリットがなく、殆ど物理技しか覚えないはずのゴーリキーが次に繰り出すのはなにか。
 ──心当たりのある技は一つだけ。これでゴーリキーの特性がノーガードだったら、少しまずいことになる。



「ヒトツキ、隠れんぼ上手でしょ?ここは気合で避けて」


 今自分がヒトツキにとんでもない無茶を押し付けていると自覚しながら、ゴーリキーをじっと見る。その間にもヒトツキは岩雪崩でできた岩と岩の隙間に身を潜ませてハンナと同じくゴーリキーの様子を伺っている。次のゴーリキーの攻撃が外れることを祈ってゴーリキーを観察する。
 どこにもヒトツキがいない。ゴーリキーが目を閉じる。ヒトツキが見えないとわかると迷いなくその場に留まった様子を見て、ハンナが心の中で頷く。



 ──見破るでゴースト対策か
 

 だが、そうやすやすと対策させまいと息をつく暇を与えずにヒトツキは影打ちでゴーリキーの脚を引っ張る。脚を掴まれたことによって思うように動けないゴーリキーはその瞬間、目を見開く。ギョロりと見開かれたその目は、明らかにヒトツキの潜んでいる岩へと向けられ、岩雪崩の残骸を瓦割りで叩き割った。
 ヒトツキは間一髪、その岩の下から抜け出して瓦割りを回避するがゴーリキーの足を放してしまった。もうゴーストタイプも関係なくダメージが与えられるようになったゴーリキーは迷いなく再びヒトツキに襲いかかる。
 だがこれで問題点はひとつクリアした。あのゴーリキーは根性。ヒトツキは状態異常技を持っていないから、根性が発動することはない。

 一方ゴーリキーは、ただでさえ鈍足のヒトツキの速さを奪おうとローキックを執拗に繰り出してくる。



「ローキック!」
「剣の舞!」

 コルニとハンナの指示がフィールドに轟く。
 ゴーリキーの猛攻にヒトツキも負けじと剣の舞で攻撃力を確実に上げて反撃の隙を見ている。何度か受けたローキックのせいで早さが落ちた分、動き回らずに瓦割りとローキックを飾り布でうまく受け流してチャンスを見切ると、アイアンヘッドを脳天へ叩き込んだ。
 見た感じが地味なバトルだが、両方確実にダメージは積み重なっている。それに、見破るをされてしまった時点で格闘タイプの技が当たる。ヒトツキのタイプ相性は最悪の形で逆転してしまっていた。

 ゴーストタイプの強み消えた鋼タイプ。今のヒトツキにとって、格闘タイプはこれ以上ないほど相性が悪い。



 ヒトツキはハンナの期待に答えようと攻防を繰り広げていたが、スピードが落ちた状態で受け続けたダメージは更に動きを鈍らせる。散々攻撃を受けてそれが顕著に現れていた。攻撃の手を緩めないゴーリキーの気合玉が至近距離で直撃する。凄まじい破裂音に、ヒトツキが大きくフィールドをリバウンドして、倒れる。

「やるじゃんヒトツキ。案外タフで結構苦戦させられてるけど、もう体力もギリギリじゃないの?ゴーリキー、瓦割り!」
「まだいける!アイアンヘッド!」


 負けじとハンナが指示をだす。でもヒトツキの様子がおかしい。
 技を繰り出すこともなく、その場に留まっている。もしかして体力の限界なのか?しかし、ジャッジであるコンコンブルはジャッジを下さない。まだ動ける。
 しめた、とコルニの目に力が入る。ゴーリキーはそれに呼応して、最後の一撃を与えんとヒトツキに猛進する。

 コルニが笑う。だが、ハンナも口角を上げて笑っている。高揚しているせいかヒトツキに向かうゴーリキーの動きの全てがスローモーションに見える。もうヒトツキ以外見えない。鞄から取り出した図鑑を片手に、図鑑の画面越しに目の前で光を放つヒトツキを見据える。図鑑から、更新の通知音が発生した。




 この光景は今まで旅をして何度も目にした。やっとか。遅いぞ。よくやった。待ち焦がれたヒトツキの進化に対しての喜びの思いが、次の攻撃に込められた。




「ニダンギル、ボディパージ!」


 ゴーリキーが渾身の力で手刀を振り下ろす。だが、今まさに振り下ろした先の、その手元にあったはずの相手がいない。光を放ち二つに分かれ、姿を変えながら空中をブーメランのように飛び交う。

「こんなタイミングで進化…!?」
 先ほどとは段違いのスピードに戸惑いを隠せないでいるコルニとゴーリキーに「今まで散々攻撃を受けたお返しだ」と、その二本の刀剣は猛然とゴーリキーに斬りかかる。ギリギリのところで交わされるが、ハンナとニダンギルはこんなことで悲観的になんてなっていなかった。

 完全に姿を現したニダンギルはボディパージで上がった素早さの勢いを使って、飾り布同士が手をつなぎ、ゴーリキーへ向かって吸い込まれるように回転しながら滑空していく。手裏剣を思わせたそれは、ヒトツキが隠れんぼに使った岩をいとも簡単に真っ二つに切り裂いてしまった。

「こっちも負けてらんないよ!瓦割り!」
 コルニの張った声でゴーリキーは身構える。
「押し切れニダンギル!聖なる剣!」


 ニダンギルの切っ先の鋭さが増す。ギャラリーから見ているサトシ達が息を飲んだ。
 これまでに隙をついては剣の舞をいくつも積み上げていたせいで、見ている側でもゴーリキーに迫るプレッシャーが凄まじい。



 直線上で決まる勝敗。ニダンギルの聖なる剣とゴーリキーの瓦割りが交わり激しく火花が散る。

 防がれた。一瞬よろけたニダンギルの姿を見て、そのダメージ量のでかさを知る。
 ハンナとコルニの目がある一点に集中された。今のゴーリキーの技、あれは瓦割りじゃない。
 新しい技を覚えたのは、ニダンギルだけじゃなかった。
 ニダンギルとのせめぎ合いで見せるゴーリキーの手元は、両手を交差して振り払うとニダンギルの攻撃を弾き飛ばした。


「うっそクロスチョップ…!?ニダンギル!」
「ゴーリキー!後ろ!」

 だけれど、もうヒトツキじゃないニダンギルはニ刀一対の存在だった。
 ゴーリキーが捉えきれなかったもう一振りが、クロスチョップに防がれていない刀身が、振り切ったゴーリキーの腕に絡みついた飾り布を軸に、ゴーリキーに目掛けて、目一杯振り下ろされる。

 残りの一振りの聖なる剣。
 背中から畳み掛けられたゴーリキーは、身体をしならせて地面に叩きつけられた。




 ──ガシャン、とフィールドに無機質な物体が落ちる音がした。
 その傍らには苦戦させられた巨体がすでに目を回して倒れ伏している。その隣には、力尽きて横たわる二振りの剣。

 ほぼ同時にダウンは引き分け。引き分けの場合、チャレンジャーに白星がつく。所謂判定勝ち。
 最後まで倒れまいと片膝をついていたゴーリキーと飾り布で必死に自身の身体を支えあっていたニダンギルの勝敗は、ギリギリのところでニダンギルの粘り勝ちで勝利を明らかにした。




「ゴーリキーとニダンギル戦闘不能、引き分けのためニダンギルの勝ち!」

 コンコンブルの一戦目のジャッジはハンナに上がった。
 本当は今すぐ駆け寄って相性の悪い相手によくやってくれたと褒めまくりたいが、まだジム戦の真っ最中。ポケモン同士が闘うバトルのフィールドにトレーナーが入ることは禁じられている。


 ニダンギルへの進化と勝利にガッツポーズをするハンナは、ニダンギルをボールに収める。そして図鑑で得た技を確認すると、感心したように溜息を吐いた。
「いい技ばっか覚えちゃってさ〜…やたら進化が遅かったのはこれのせいでしょ?」
 そう言うと、ニダンギルが戻ったボールが僅かに震える。当たりのようだった。
「あんた期待以上のことしてくれるよね…本当にすごいよ。ありがとう、お疲れさま。あとは任せて」

 そう言って、次のボールを構える。コルニも最後まで奮闘したゴーリキーに笑いかけて次のボールを出す。その際、目が合った。


「まさか初っ端からこんな熱いのが来るとは思わなかったよ」
 コルニが歯を見せて笑う。
「私のエースと戦うの楽しみにしててよね、ハンナ」
「そっちこそ。負けても拗ねるなよー?」

 互いに見るのは利き手についているキーストーン。
 笑っているが目つきは真剣で、そのためなら一切の迷いがない。覆い隠せない意思の強さが二人の間にあった。
 そして、先にコルニが次のポケモンを出す。



「それ、この子に勝ってから言いなって!行くよコジョフー!」



「コジョフー…たしか面倒な技結構覚えてたよな」
 イッシュ地方で知ったポケモンだった。先ほどのゴーリキーと違ってしなやかに闘う姿をよく覚えているが、同時に大ダメージを食らう飛び膝蹴り、エスパーが来ても逃げの一手となるとんぼ返り、麻痺のはっけい、一発逆転を狙える起死回生、体力を奪ってくるドレインパンチに、飛行タイプも撃退できる豊富な岩タイプの技、必中技もお手の物。その見た目からじゃ想像もできないくらい厄介な技をたくさん覚えるという器用さを併せ持つポケモン。

 エース対決は最後。となると、必然的にこの子の出番になる。
 ジム戦の初陣がコジョフーとはなかなかハードルが高いが、ここは開き直ることにした。


「厄介な奴にはクセの強いのを当ててこうかな。行ってこいウデッポウ!」

 初めて立つフィールドに喜んでいるのだろうか。いつもふてぶてしいのに珍しくソワソワしている。
 ただ、その様子も目の前にいるコジョフーの姿を見ると一変した。一対一の道端のバトルは何度も経験したが、こうした緊張感を放つ相手をするのはウデッポウにとってはこれも初めてのものだった。



「今度はこっちからいかせてもらうよ!」

 コジョフーが駆ける。



「飛び膝蹴り!」
 助走を付けたコジョフーが飛ぶ。恐らく覚えているだろうとは思ってはいたが、やっぱり早い。とてもじゃないがウデッポウの足の速さでは回避が間に合わない。

「いくよウデッポウ、影分身」

 なら、撹乱すればいい。これだけ一緒に過ごしている間にも一体どれほどの足の速いポケモンの経験値の餌食となったか計り知れないほどだったのだ。敗北した回数は逆にウデッポウにとって自信となった。難なくこれを回避したが、期待をしていたコジョフーの飛び膝蹴りの外したダメージはうまいこと受身を取られて実現しなかった。

 とはいっても受身をとったとはいえ、体勢の維持は難しいようだ。



「バブル光線!」

 影分身に囲まれたコジョフーが四方八方から大量に浴びせられる泡。ある所では滑り、身体にまとわりつく。コルニの軽い舌打ちがハンナの目に映った。どうやらコジョフーのスピードが落ちたのを感じたコルニは、スピードスターで片っ端からウデッポウを狙っていく。
 ウデッポウに命中すると、すかさずウデッポウに急接近して張り手を打ち込んでくる。
 はっけいでフィールド外に叩き出されたウデッポウは、体勢を立て直すが続けざまにはっけいを繰り出そうと真っ直ぐ突き進むコジョフーに自慢のハサミを向ける。



「撃ち落とせウデッポウ!」
 拳より一回り大きい岩がコジョフーに向かって発砲した。だが、当たる寸前のところでコジョフーが飛び上がる。空中で一回転。膝を突き出し、そのままウデッポウに向かって急降下。




「来るとわかってる攻撃避けるのは簡単なんだよハンナ!飛び膝蹴り!」


 ゴーリキーと戦った時もそうだが、サトシからコルニについて話を聞いてからコルニについてを大体予想はしてた。
 命爆発、元気ハツラツ、敵がなんでもいけいけどんどん。押してダメならもっと押せ。典型的な剛の格闘タイプ。サトシより更に攻めを重視した、ハイリスクハイリターンな飛び膝蹴りを躊躇なく相手に叩き込む自信家。

「そういう超のつく強気な姿勢好きだよ!影分身!」


 「ここが踏ん張りどころ」と今まで出したことのないフィールドを埋め尽くす程のウデッポウの群れ。さらにハンナが「使えるものは全部使っちゃって!」と叫ぶと、あたり一面にバブル光線で泡を撒き散らしてなにがなんでもコジョフーに受身を取らせない手の込みよう。流石にコルニの顔が引き攣る。
 どう足掻こうが、確実にウデッポウに当てなければコジョフーへの大ダメージは避けられない。

 なんせウデッポウにとっては初めてのバトルだ。自分に着いて来てくれたポケモンには花を持たせてあげたいのがトレーナーの心。それだけじゃない。シンオウに残っている仲間たちにこれから会うというのに、手土産に持ち帰る話が「自分が勝って当たり前という慢心でジムリーダーに負けました」なんて格好悪すぎる。なにより申し訳なさすぎる。
 これからチャンピオンの座を奪いに行くというのに、そんなことじゃ格好の示しが付かない。


 コジョフーの膝がウデッポウの影分身をすり抜けて地面に激突する。泡のせいで思うように止まれずに滑って衝撃が大きくなる。痛みに堪えながら立ち上がろうとする姿が明らかになると、コルニの表情が慎重なものになった。
 もう飛び膝蹴りはできない。
 ハンナと目が合う。そんなつもりはなくても特徴的なジト目は人によっては威圧的にも挑発的にも見えるもので、コルニからしたら後者だったらしい。「思わぬ好機だ」と心の中でハンナは笑う。




 (真正面からだけが勝負じゃないんだよね)

 ──使えるものは全部使って
 ウデッポウに言った言葉。純粋に強さで勝優っているこのコジョフーには頭と技をフルに使わないと勝てない。バカ正直に受け止めて真っ向から挑もうなんて鼻から考えてない。
 例えそれが技の出来損ないだろうが、今この場では相手の意表を突ける立派な手段になり得るのだ。




「コジョフー、スピードスター!」
「正攻法できたね。バブル光線」


 スピードスターが影分身を消していく中、横槍してきたバブル光線で辺りは爆煙に包まれた。その場にとどまり続けている煙の中からコジョフーが飛び出してきた。すると、爆煙に向かって一心不乱にスピードスターをこれでもかというほど撃ち込んでくる。複数の軌跡が弧を描いてシャワーのように降り注いでいた。
 これまでのスピードスターと違い、本気でウデッポウに止めを刺しにかかっている。


 徐々に影分身が減らされていく中、これだけスピードスターを撃たれるとさすがにウデッポウの本体にも何発か攻撃は命中しているはずだ。
 煙の中が見えない以上、中にいるウデッポウにも指示が出しづらい。やられた、と思った時、短く地面が揺れて一発の破裂音がフィールド内に鳴り響いた。ひどい音で、瞬間的に耳を抑えてしまうほどだ。だけど、この音には聞き覚えがある。

 煙の中から何かが飛び出した。煙が尾を引くほど凄まじいスピードで突進するそれはよく見ると後ろ向きで、対応できなかったコジョフーはそのまま直撃して後ろ倒しになる。
 煙が晴れたその場所を目を凝らして見ると、地面に刻まれた無数の傷跡がスピードスターの激しさが伝わる惨状の中、一箇所だけ大きく抉れた箇所があった。


「技じゃない…?空砲で勢いをつけたの!?」

 空砲といえば聞こえはいいが、元はウデッポウに出会った時に飽きるほど見た失敗した水の波動だ。一気に距離を縮めたウデッポウは、倒れ込んだコジョフーの身体を両手の大小のハサミで挟んで放さない。
 すでにコジョフーを補足済みのウデッポウのハサミの発射口には蓄えられたエネルギーがこれでもかという程に圧縮されていて、波立つように水分が円弧状にくすぶっている。
 初陣を勝利で彩りたい。あれだけ特訓したんだから、ここぞという時に決めたいとっておきをお見舞いしてやる。


 
「その距離で外さないでよ?水の波動!」


 発射口の中で圧搾された空気が一気に解放される音。密着しているため直後に炸裂。強烈な閃光を放って、今度はコジョフーがフィールド外まで吹っ飛ばされる。壁に叩きつけられて圧縮された水が四散する。壁にもたれ掛かっていたが、コジョフーがまだ立ち上がる。
 だが、足元がどことなく覚束無い。体力が尽きそうなのか、それとも追加効果の混乱が発動したのか。


 ハンナとコルニとウデッポウが見守る。前者だった。
 フィールドに足一歩戻したコジョフーは、そのまま前に倒れる。疲れきったような唸り声を上げて目を回していた。




「コジョフー戦闘不能!ウデッポウの勝ち!」

 ウデッポウの勝ち。今の判定をハンナはもう一度口にする。そして何度も口にして噛み締めると、少し遅れて実感が湧いてきた。
 倒れたコジョフーを見て固まっていたウデッポウがハンナの方へ向き直る。飛び跳ねた。
 飛び跳ねた先にはハンナがいる。ダイブしたウデッポウをハンナが両手で抱き抱えてキャッチすると、ただただ喜ばしくて初陣での初勝利という嬉しさのあまり小躍りし始めた。

「やったねウデッポウ!初勝利だよ初勝利!!」




 その様子を見ていたコルニは、額に伝う汗を乱暴に拭う。

 ──なんだろう、ジム戦のはずなのに変な感じ。…でも。
 コルニの目に力が入り、ルカリオの入っているボールを握る。そしてこう告げた。



「そんなに喜んでいられるのも今のうちだよ!ハンナ!」


 そうしてフィールドに現れたのは、昨日出会ったあの目ざといルカリオ。
 コルニの威勢の良い誘い文句にハンナは笑う。「お前を待ってた」と言わんばかりに口が弧を描いて、腕の中にいるウデッポウを撫でるとボールに戻し、手に良く馴染むエースのボールを手に取った。

- ナノ -