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シャラシティにて


 ホウエンに向かうアラン達を見送り、ハンナはシャラシティに向かった。
 ヒヨクからカルネさんと出会ったメェール牧場を過ぎた先に、遠くからでも釘付けになる一際目立つ塔。近代的なプリズムタワーと違い一つずつ成形された石を積み重ねて建てられているが、その高さはプリズムタワーをゆうに超えている。近づけば近づくほど、その高さは頭を上に向けないと天辺を拝めない。

 
 シャラシティはメガシンカと深く関わる目覚めの街。
 その所以といわれるマスタータワーを見上げて、ポケギアを取り出す。短いシャッター音。画面を軽く確認して、改めて塔を見上げる。



「たっか…」

 ただ一言。首が痛くなってきて、その下を見下ろす。ハンナが立っている所から見ると、マスタータワーへ続く道はなかった。とは言っても、今は海しかないが、海面からこれから見えてくるであろう道が透けて見える。恐らく潮の満ち干きで通行が遮断されたりするのだろう。
 海の向こうに鎮座するその塔は、言い方を変えれば島にも要塞にも見える。リザードンに乗って海を越えることは容易だが、せっかくだし干潮を待つとしよう。

 シャラシティに来るまでの道中にこれといった戦闘があったわけではないが、ポケモンセンターにでも行って時間を潰そうかと来た道を引き返すと、素早い人影がハンナを横切った。「うわっ」と身を縮めると、離れたところで止まったその人影は急いでハンナの方へとターンして戻ってきた。



「ごめん!大丈夫?」

 人影はローラースケートを履いた金髪の女の子だった。白に近い金髪を一つに括って、頭にはサングラスを掛けている。カロスではローラースポーツが流行っているせいかローラースポーツをしている人はよく見かけるが、その割には格好がラフすぎる気がした。

「怪我はない?ぶつかっては…ないよね」
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりはしたけど私も注意が足りてなかったしね」
「ならよかった!でも本当にごめんなさい」
「あはは、いいっていいって。あ、そうだ…ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」


 思い出したように尋ねると、女の子はなんでも聞いてくれと言わんばかりに胸を叩く。その姿は頼もしい。少しだけサトシを思い浮かべる清々しさがあった。

「あとどれくらいであの潮が引くのか知りたいんだけどわかる?」
「ああ、それならもうすぐ行けるようになるよ。マスタータワーに行く目的はジム戦?」
 シャラシティに住んでいるという彼女はこの街にやって来る人にはやはり同じことをよく聞かれるみたいで、慣れたようにハンナに目的を聞いてくる。


「あ〜、ジムも兼ねてるんだ。どうしようかな…もう夕方だけど今からでも受け付けてもらえるのかな」
「大丈夫だよ。本人がいいって言ってるんだし来ちゃいなよ」
「本当?じゃあ行っちゃうよ?」
「うん、おいでおいで」
「…ねえちょっと」
「あ、気づいた?」
「気づいたもなにもないよね。あなたがジムリーダーか」


 そういうと、ニカッと笑った彼女は大袈裟にその場でターンした。そして、彼女の隣にはシンオウでは見慣れたルカリオが自らボールから出てきて並んでいる。

「そう、私がコルニだよ。もしかしてハンナっていう子?じいちゃんが友達からジム戦をしたいって言ってる女の子がいるって連絡きたって聞いてたんだけど」
「それそれ!セキタイタウンの店主のおじさん連絡してくれてたんだ!」


 ハンナのキーストーンのバングルを作った店主があらかじめマスタータワーのコンコンブルさんに連絡をつけてくれていたみたいで、コンコンブルさんから聞いたコルニはずっと待っていてくれたらしい。
 セキタイタウンの方角を向いて心の中でお礼を言うと、コルニはある一点を指差して言った。


「ねえ、ハンナってもうメガシンカはマスターしてるの?」

 ハンナのメガバングルを食い入るように見つめている。隣にいるルカリオも、それと同じようにハンナの腰についている古いモンスターボールを穴が開くほど見ている。その傷がいっぱい付いたボールの中にいるのはリザードンだった。
 このルカリオ結構目ざといなあと思いながら、まだだと答えると「実は私もなんだ」と予想外の答えが返ってきた。


「そういえばそっか…ルカリオナイトをもらって最近まで旅に出てたんだっけ?」
「その通り!ただマスターしてないとは言っても問題は克服できたし!そうそう負けはしないよ?私とルカリオは強いからね」

 
 確固たる自信をこれでもかというほど感じるが、口先だけではなさそうな目の力強さがある。セキタイタウンで店主から話を聞いてぼんやりと予想はしていたが、克服できたということは確実にジム戦ではメガシンカを実戦に入れてくると見て間違いなかった。さっきは軽くジム戦を受けるか軽く考えてしまっていたが、自分がそう考えているとなると痛い目を見る。ある程度の強さを持っている時の油断と慢心はロクなことがない。

 
「…ごめん、やっぱさっきのナシ。明日挑戦させてもらおうかな」
「いいよ!明日来るなら2番目の挑戦者になるだろうしゆっくり来なよ」



 そう言うとコルニはハンナの肩にタッチして本来向かっていた方へと体を向けた。
 片足で地面を蹴ると、ローラーが回転して地面をなぞるように滑っていく。「じゃあまた明日!待ってるから!」と彼女は軽々とジャンプしたかと思いきや、うまい具合にローラーの凹凸で階段の手すりを伝ってあっという間に階段を降りていく。ルカリオはそれに並んで走っていくが、なんとなくその様子が家までの競争に見えなくもなくて微笑ましい。


 コルニ達の姿が完全に見えなくなる。結局最後まで見送ってしまった。サトシと似ているせいだろうか。前回会ったのはいつだったっけ。

 そんなことを思いながらオレンジ色に染まるマスタータワーを一目見る。ふと潮の引く音がして海を見ると、さっきまで海に阻まれていた道は瞬く間に海から姿を現していく。長い沈黙。


 ハンナはもう一度マスタータワーを見て、そっとその場を後にした。

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