xy

石あらば現れる男


「ありがとうドサイドン、少し休もうか。サイホーンもありがとうね」

 シゲルに頼んで送ってもらったドサイドンに手伝ってもらい輝きの洞窟の調査を終え、コウジンタウン手前のゲートでしばしの休息となった。
 汚れてしまった白衣は脱いで、ハンナの腕に抱えられた土まみれの石の塊のようなものを包んで大切に抱え直した。同時にシンオウの研究所にいるカブトプスを思い出す。

 この塊は化石だ。見た感じでは歯列らしきものが見えるから、頭蓋の化石か顎の化石だろう。もし頭蓋の化石ならズガイドス、顎の化石ならチゴラスが復活することになる。


「チゴラスが復活したときはザクロさんのとこにお邪魔しよっかな」

 そう言ってペットボトルを傾けると、調査でほったらかしにしていたポケギアが「早く確認しろ」と言わんばかりに着信ライトを点滅させていたことに気づいた。
 「まあ遅れて返信なんていつものことだ」と特に気にすることなくいつもの動作でメールを横目で確認するハンナだったが、その余裕は一気に打ち砕かれた。

 手からペットボトルは滑り落ち、ブーツに水が降りかかろうがお構いなしに立ち上がり、ポケギアを両手で握り今は何時とあたりをぐるりと見回す。



 『ヒヨクで待つ。さっさと来い。16時にはカロスから出る』




-----------------------



「と、唐突ってもんにも限度が…ハァハァ、あ、あると、思うんですよ」
「なんか悪かった」

 シラッと全然悪びれもなく謝るこの男、相変わらず表情が固いのはもはやそれが常で当たり前で、ステータスだとでも思ってるのだろうか。


「ごめんねハンナさん、アランじゃなくて私がカロスから出るなら一言挨拶でもした方がいいんじゃない?って言ったんだよね」

 アランに隠れて様子を伺う少女はマノンだ。
 足元で同じようにマノンに隠れて様子を伺うハリマロンは彼女の相棒だが、その頭には見覚えのない黄色いフラベベがこちらの様子を伺っている。フラべべはハンナの後ろにいるリザードンに目が釘付けになっていた。

「あ、そういうことね…あ〜やっと息整ってきた。」
「お前リザードンに乗ってきたくせになんでそんな息荒いんだ」
「乗る前にめっちゃ走ったんです!さすがに化石抱えたまま空なんて飛べないでしょ!
…というか、なんなんですカロスから出るって」


 ようやく本題を切り出せた。火照って熱い体を手で団扇のように扇ぎながら座って問うと、ただの一言だけ、アランに「メガストーンがあるからだ」と返される。


「へぇ〜、それってどこの地方なんです?」
「ホウエン」
「そっかそっかホウエンね〜…。ん?ホウエン!?」
「なんだ、なんだその反応は…」
「つかぬこと聞きますけどホウエンにメガストーンがあるかもって話が出たのいつ頃ですか?」
「今年に入ってからじゃないのか?俺も聞いたのは最近だが」
「あの人、妙にシンオウで見かけなかったなあって思ったけど…もしかしてホウエンに戻ってたのかな」
「さっきから何ボソボソ言ってるんだ」
「ああ、いや…なんでも…、なくはないか。先輩、多分ホウエンについたらダイゴって男の人に会うかもしれないですよ」


 これにはアランも興味を示したようで、ハンナの隣に腰を下ろした。マノンはリザードンを混じえて遊んでいる。
 どんな奴だ、とだけ返すアランにハンナは答えた。

「端的に言えば石マニアです。それも重度の。必ず有力な情報を持ってるはずです」
「石マニア…」
「あと無駄に強いですよ」
「前に戦ったコックとどっちが強い」
「もしかしてズミさんのこと…?まあ、ダイゴさんじゃないかな」

 即答する。決して間違ってはいないし、恐らくあの人のことだ。すでにメガシンカは取得済みと考えて間違いないはずだ。あのダイゴが希少なキーストーンとメガストーンの存在を知って黙ってるはずがない。現に彼は私がカロスにくる前にシンオウから姿を消している。
 現地に赴き、スーツでもお構いなしに金槌と杭を片手に採集に明け暮れ、デパートで買ったほうが明らかに効率がいいはずの進化の石すら自分で取りに行かなければ自分の気がすまない。気に入った石ならその辺に落っこちているなんの変哲もないような小石ですら手に取って愛でたかと思えば持ち帰る。全部同じ石でしょ言ったあかつきには「じゃあ僕が教えてあげるよ」から始まる最初からついて行けない熱の篭った語りが炸裂する。
 だが石マニアの面とは裏腹に、無類の強さを誇るホウエン地方のチャンピオンでもあるのだ。マニアの面が強烈すぎて、それだけを知ったつもりで勝負を仕掛けると必ず痛い目に合う。なのに、石について以外が掴みどころがなくそれ以外を全く他人に漏らさないのが実情なのだ。
 それがハンナの知るツワブキダイゴだった。



「そうか。だがメガストーンを探している確証は?」
「大丈夫ですよ。行動原理が石みたいな人ですから、メガストーンを探すのであればどこかしらで必ず会うと思います」
「それはそれでどうなんだ」
「そういう人だからしょうがないです…あ、そうそう。先輩、私とうとう手に入れましたよ!」


 大切にケースに入れて保管していたメガストーンを鞄から取り出す。アランはその動作を見て少し怪訝な顔をして言った。

「なんか意外だな」
 と一言。なんのことだとハンナも聞き返す。
「なにがです?」
「お前ならすぐにリザードンにつけてやるかと思ってたんだが」
「あー…それがですね、プラターヌ博士から釘刺されちゃって…」

 そう、マスタータワーに着くまではメガシンカさせるのは禁止という約束。
 まだ解明されていない点が多く存在するメガシンカは、メガシンカをする際に馴染むまでに時間がかかるポケモン、あるいは暴走する例が上がったポケモンがいるなどそう簡単には手を出せない危険性があった。


「たしかにな。それは言えるだろう」
「先輩はどうだったんですか?暴走とかは…?」
「なかった。運が良かったんだろう」
「そうなんだ。でもやっぱ少し怖いなあ」
「やってみたらどうだ」

 しばしの沈黙。流れる空気が止まった気がするのは気のせいじゃなかった。
 アランを見れば、なにかおかしな事を言ったかという目線を向けられるだけ。


「いやいやマスタータワーに着くまでメガシンカはまだ禁止って今言ったじゃん!?」
「それは周りに制御する存在がいなかったらの話だろう」
「…あ!」
「俺とリザードンがどれだけ長くメガシンカに関わってると思ってる。それに失敗したとしてもそれからどうすればいいかはマスタータワーに行ってから考えても遅くはない」
「博士に叱られたら先輩に無理矢理されたんですって言って逃げますね」
「やめろ」


 ずっしりとした、石のはめ込まれた幅の太いリングを手にリザードンに歩み寄る。
 円の太さが首より細い。リザードンが炎の灯る尻尾を前に差し出すと、ハンナはそれにリングをはめ込む。炎を映した揺らめくハンナの瞳が、笑みを含んだように細められる。
 それを見たリザードンは尾の先にはめられたリングを珍しそうに一目見て、覚悟を決めたように、あるいはハンナ達に危険が及ばないように距離をとる。

 緊張した面持ちだが、少しおちゃらけた様子で「先輩、あのメガシンカの口上をよく言えるなって今尊敬してます」と口に出すと、脳天に軽い衝撃が走った。
 だがそれのおかげで少しだけ心が落ち着いて、完全にではないが不安は忘れることができた。大丈夫、先輩も、先輩のリザードンもいる。大丈夫。と自分に言い聞かせて前を見る。

 同時にアランも、静かにボールからリザードンを出していた。事の察知が早かったアランのリザードンはいつでも動ける体勢でアランの横に待機している。



「よし、いくよリザードン」

 意を決してハンナが言った。

 威勢良くキーストーンを掲げてメガシンカと叫ぶと、途端にリザードンのリングも呼応したように反応して輝き出す。
 徐々にリザードンを包むその光がとうとうリザードンの全てを覆い隠して姿に変化が現れた瞬間、忘れたはずのハンナの不安が最高潮にまで膨れ上がった。今までのポケモンの進化の時とはまるで違うこの光景に祈るように目を細め、眉間にしわが寄る。
 「暴走」の二文字が頭の中で木霊する。駆け寄りたい衝動を抑えて、メガシンガの衝撃波でなぶられる髪を押さえつけて見守る。その時だった。


 リザードンを取り巻く光が、弾けるように散った。





- ナノ -