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踊る宝石


「ここが最新部か…」


 映し身の洞窟内部。
 壁一面が合わせ鏡のような空洞をいくつも進んで行くと、地面が一際強く輝く場所までたどり着いた。
 途中、鏡越しに目の合ったトレーナーに絡まれもしたがウデッポウ以外は調査に必要な機材を抱えていていた。白衣の腕の部分には研究所の腕章をつけている。それを見せつけて「勝負お断り」で順調に調査も進んでいった。

 機材を全て置いて、再び設置作業。特定物やその地の計測に記録。それの繰り返し。
 何にもない洞窟の作業は地味だし退屈だが、まだここは洞窟内が美しいことで有名なだけあって救いがある。自ら発光する鉱物や鏡のように平に切り立つ巨大な水晶は、一歩進むだけでも表情を変えて見るものを飽きさせなかった。
 それに比べたらどこまで行っても岩しかない、その上極寒で無駄に広いシンオウの最高峰を誇るテンガン山の調査は、それはそれは地獄だった。
 数ヶ月間の山篭りで山男になった気分だったなんて可愛いもので、入口から深部まで行って帰ってくるまでの往復の調査の時、食料が死活問題だった。配分に几帳面だったシゲルに「摘み食いは以ての外だけど、むしゃくしゃしてバカ食いするなよ」と注意される毎日。正論だからなにも言えない。しかも洞窟内が広いせいで、その注意が洞窟内を反響する。まるで耳元で声を張り上げられた気分だったのを今でも覚えてる。
 現れる場所と時間を選ばないズバットとゴルバットの群れに、唐突に足元に現れるイシツブテ。ゴローンを持ち上げて筋トレ中のワンリキーは、邪魔をするつもりなんて微塵もないのに鍛えた自分の力試しに自ら勝負を仕掛けてくる。瞑想中のチャーレムの領域を横切らなきゃいけない時のまるで人様の家にひっそり入る時ような罪悪感。エトセトラ。

 野外調査というには色々試されすぎな気がするテンガン山の調査。まるで精神修行だ。
 皮肉にもそれによって環境への我慢強さは多少なりとも身に付いたからよかったものの、その分大きな反動もあった。元からあった空腹になったらとことん食べようという精神が前より身に色濃く染みついてしまったのだ。

 それに比べて、この映し身の洞窟のなんと穏やかなことか。


「ダイゴさんが来たら狂喜乱舞しそうな洞窟だなあ…」



 ──あの石集めに抜かりのないダイゴさんならきっともう来てることだろうけど。
 目の前に列を作って踊るように跳ねながら移動するポケモンなんて、まさにダイゴさんが惚れ惚れしそうな見た目をしてるじゃないか。計測が終わるまで、しばらくここに居座ることになる。とりあえず座って目の前を羅列する初めて見るポケモン達に図鑑をかざして暇を潰すことにした。

『メレシー。宝石ポケモン』
「まあ見た目通りだね。結構可愛いじゃん」

『生まれてから数億年の間、地底で眠っていた。洞窟を掘るとたまに出てくる』
「まじか!いっちょ掘ってみよ」


 こんなこともあろうかと。
 以前シンオウにいた時にダイゴさんから貰った、というか無理矢理押し付けられたに等しい洞窟探検セットは未だに取っておいてあるのだ。でもこれが腹の立つことに結構役立っているという事実。──ありがとうダイゴさん。心の中でひっそりお礼を言いつつ最も光り輝く場所を選んでつるはしをを突き立てた。

「かったいなー…」
 長い年月をかけてここを住処にしているポケモン達に踏み固められたであろう洞窟の地面は思いの他カッチカッチに固まっていた。早々に掘ることを断念しそうになったが、どうせまだまだここにいるのだから。
 もう一回強く思い切り両手を振り上げて地面につるはしを叩き込むと、なにか固いものに当たった感触がつるはしの柄を通して伝わった。ジンジンと痛みから痺れに変わる腕の感覚。つるはしの刺さってた場所を見ると、色のついた石が地面から覗いている。
 色だけ見ると水色ではないからメレシーとは違う。
 黄と紫の模様が交わった石。進化の石でもこんな不思議な色は見たことがない。なにか宝石かと思い、とりあえず掘り出して見ようと砂を掻き分け石に触れた瞬間、ハンナのメガバングルと地面に埋もれる石の双方から強烈な光を放ち出した。



「キーストーンに反応してる…!?」

 慌てて計測器を見ると通常では見ない数値を叩きだして、計測の針も狂ったように片方に激しく偏りながら揺れている。さっきまでなんの異常もなかったのに、この石が輝き出してからだ。たった数秒のことだというのに凄まじいパワーで、計測器が悲鳴を上げるように内部が唸っている。記録されたロール紙を引っ張り出してみると、研究所に保管されてあるメガストーンを発見した時の記録とよく似た形跡。

 ということは、この地面に埋まっている石は。



「メガストーンの原石か…!」

 ──どうする。
 手に入れて研究所に持ち帰るのか。
 眩い光景を目の当たりにして考える。持ち帰るのは構わないが、多分この石はその後研究の貴重なサンプルとなるだろう。それはつまり、善だろうが悪だろうがこの石を必要とする人のチャンスを奪う事になる。
 この石が人とポケモンの絆を繋ぐためのものなら、私が無闇に手に入れてしまっていいものなんだろうか。
 リザードンとヒトツキとウデッポウが駆け寄ってくる。どうするのか、と。
 


「──…このメガストーンはそのままにしておこう」

 ハンナがそう言うと、リザードンは尻尾を使って石を元のように埋め直した。

 あるべき物のあるべき場所へ。
 本当に必要とする人に、このメガストーンが渡ることを祈ろう。


 地面に埋まったことで輝きは収まったが、光の残像が埋まっている場所にほのかに薄く残っている。
 踊るように跳ねていたメレシー達はいつの間にか移動をやめてその様子を眺めていた。それに気づいたハンナは小さく伸びて居住まいを正した。リザードン達も、個々で寛いだりメレシー達に混ざって遊んでいる。
 幸い計測器は正常に動いている。壊したりでもしたら大目玉を食らって始末書ものだが、そんな様子もない。野外調査にアクシデントは付き物だが、今回は始末書を回避する必要もないからよかったと内心ホッと一安心したのだった。




     * * *




「うん、発見したメガストーンの件と…データと報告書ね。確かに受け取ったわ。ありがとう。綺麗だったでしょう?映し身の洞窟は。私も別件で前に行ったんだけど最深部には行けなかったのよ」

 現在時刻は深夜。シャラシティのポケモンセンターの電話で研究所に電話をかけると、出てきたのは博士ではなくソフィーだった。博士は出張中らしく研究所には不在で、モニターの向こうには先程から在中する研究員やコゼット達が珍しく研究所内を駆け回っている。
 夜中になれば研究所は静かになるのに、と不思議そうな面持ちで見ていた。研究所に来てまだ日は浅いせいもあるが、こんな光景は見たことがなかった。

「ええ、綺麗でしたけど…今研究所でなにかしてるんですか?」
「準備よ、準備。」
「なんの?」
 よく見るといつも身だしなみに抜かりのないソフィーがほんのり汗をかいてることに気づいた。後ろのコゼット達に混ざって力仕事をしていたんだろうと見て取れるが、まるで研究所でお祭りでもするのかというくらいの慌ただしさ。

「博士が主催のポケモンサマーキャンプよ。その準備に追われて今日は一日中忙しくて。でも子供達のためだから気合入れて準備しないとね」
「私も手伝いましょうか?」
「ううん、大丈夫。野外調査をハンナちゃんに任せちゃってるし、たまにはいい運動になると思えばね?」


 そう笑顔で返すソフィーの背後では、息切れ寸前の男の研究員が運動不足を嘆いて壁に手を着いている。画面の端に見え隠れする研究員は、脱げばいいのに意地でも白衣は脱がずにダンボールの山を両手に抱えて重い足取りでコゼットさんの誘導する方へ運んでいる。たまに聞こえる踏ん張りの雄叫びに涙が出そうだ。
 そんな研究員達へ誘導しながら力の篭めた「遅い!」と「頑張れ!」を繰り返すコゼットの声援を見てどれだけこの行事に気合を入れてるのかを知ると、話題を切り替えるようにハンナは続けた。

「そういえば博士の出張ってやっぱりサマーキャンプの関連でですか?」
「ああ、違うの。別件でカルネさんの所へ行ってるのよ。多分交渉はうまくいかないと思うんだけど…どうなのかしら」
「カルネさん!?なんでまたそんな…」
「メガシンカの研究の協力をお願いしにね?もう交渉は済んでると思うから明日あたりに帰ってくると思うんだけど」
「でもカルネさんってチャンピオンと女優の掛け持ちですよ?そう簡単にスケジュール割けるとは思えないんですけど…」
「そうなのよー、今まで何度も頼みに行ってるんだけど全部お断りされててねえ…」
「うわぁ…あ、そうだ。忙しいところで悪いんですけど明日の早朝に輝きの洞窟の調査に行くんで機材をコウジンタウンのポケモンセンターに送ってもらってもいいですか?私の個室に揃えてあるので」
「え!?早朝に輝きの洞窟で調査するつもりなの?」

 画面の向こうにいるソフィーがぎょっとする。加えて信じられないとまで言われる始末だ。

「いや、ちょっと急ぎの用ができたのでやれる時にやっちゃった方がいいかなって…」
「若さっていいわね…用があるのなら仕方ないかもしれないけど無理しちゃだめよ?輝きの洞窟は中は暗いし内部の苔の発光で距離と方向の感覚が狂うし…長時間いるわけだから準備と目の慣らしだけは入念にね?」
「はーいわかってま〜す」
「本当に?機材と一緒にアイマスクもつけて送っておこうかしら?」
「ちなみに柄は?」
「ハチクマンよ」
「渋いっすね…」



 ソフィーとの通信はこれで終わった。休む暇もなく、次の相手に電話をかける。呼び鈴が数回鳴ると、目的の相手が画面に現れた。

「あ、シゲル久しぶり。ちょっと頼みがあるんだけどいい?」



 シゲルの方も忙しかったみたいで手早く済んだ通話。
 転送されたボールを腰のホルダーに装着するとハンナはさっそく準備に取り掛かった。
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