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セキタイタウンにて


新しく増えたモンスターボールにも、そろそろ慣れ始めた頃。

 その日は珍しく雨で肌寒く、外を出歩く人は少なかった。
 こんな日は部屋で過ごすのがいいだろうとポケモンセンターで過ごしていたが、次第にやることもなくなった。手持ちの回復は済んでいるが、ロビーまで降りてはジョーイのアシスタントのプクリンにちょっかいをかけていた。ちょっかいと言っても、つついたり、耳を触ったりする程度だったが、このプクリンはあんまり気にしてる様子もなく黙々と仕事をこなしている。
 普通なら笑ったり嫌がったりとなにかしら反応をしてくれるポケモンセンターのアシスタント。ラッキーにタブンネ、そしてプクリン。今まで会ってきた子はどの子も愛想が一級ものだった。なのにこのプクリン、ハンナがしがみつこうが全く動じず、反応を返さない。遂にはしがみつかれたまま移動を始めだした。このプクリン、なかなか図太い。
 雨のせいか人の出入りもほとんどない。なのでその様子を見ていたジョーイは咎めることなく、寧ろ笑みを浮かべてカウンターから見守っていた。そしてプクリンに引きづられるハンナから視線を窓の外へと向けると、「降り過ぎですよねー」呆れの混じったハンナの声が静かなロビーに響いた。


「この雨だものねえ。ハンナちゃんはセキタイタウンに来たの初めて?」
「そうですよ〜装飾加工の店を探そうと思ったんだけど…雨じゃなかったらなあ」
「あら、装飾加工?それなら今日みたいな雨の日に行くことをオススメするわよ?」

 意外な発言。ジョーイの言葉に驚いたハンナはどうして?と返すと、笑いながらジョーイが答えた。
「装飾加工はね、晴れの日にみんなが行くからその日に受け取れないことが多いのよ。でも今日みたいな雨の日なら、誰もいないしその日のうちに加工が終わるから雨の日はいいって加工職人の方が言ってたの。」
「ジョーイさん、その職人さんのお店はどこ!?」
「ここを出て右へまっすぐ行った突き当たりにあるわ」
「ありがとう!今すぐ行ってきます!」
「いってらっしゃい」

 渡された貸し出しの傘を差して向かうと、思っていたより近くにその店はあった。
 扉を開くと、雨でより静まったように感じる店内。ぐるりと見渡すと、こじんまりとしているが吹き抜けになっている。よく見ると二階の壁は一面に本棚が敷き詰められていて、待っている間は好きに本を読んでいいらしい。飾られている売り物を眺めながら進むと、店の奥から微かに聞こえる研磨の音。
 そっと覗き込んでみると、すこし老齢の店主らしき男と目が合った。
 黒くなった軍手をはめた手で眼鏡をかけ直している。背後に見える両手で抱えるほどの橙色の原石は加工途中らしい。初めて挨拶を交わすと、雨の日なのによく来たねと店主は手を差し出した。




「その腕輪から他のタイプに変えたいのか。キーストーンをはめ込むだけなら色んなタイプにできるけどなにか希望はあるのかい」
「ピアスとかいろいろ考えたけど…やっぱりバングルが一番使い勝手がいいかなと思ったからバングルかな。あ、野外調査で壊れたら嫌だし頑丈にお願いします」
「はいはい、頑丈なバングルね…まあ球体をはめ込むからどれもそれなりに頑丈だよ。デザインはどれがいい?」

 ケースにあるいくつものサンプルを見て、銀色のバングルが目に入ると間髪入れずにそれを指差した。「デザインに一目惚れかい」と言うと、ハンナは「そうですね」と笑った。
 店主がハンナからキーストーンを受け取ると、すぐに完成するから適当に待ってなさいと言って作業台へ向かっていく。その時に、さっきも見た原石に見覚えのあるマークがあることに気づいた。だが、ハンナの知ってるものとは大きさがまるで違う。


「おじさん、その石ってもしかしてメガストーン?」
「よくわかったね。これはその原石でね、ルカリオナイトっていうんだ」
「メガストーンの原石は初めて見たなあ…そんなにでかいんだ」
「ここから球体にするのが私の仕事だから普通の人はそうそうお目にかかれないよ。そもそもメガストーン自体そんなに出回らないものだ、今回だってこの石は私の旧友が持ってきたものなんだよ」
「そうだったんだ。私も早くメガストーン欲しいなあ…この後の野外調査頑張らなきゃ」
「お前さんキーストーンは持っててメガストーンは持ってないのか」

 作業を続けながら店主は言った。ハンナは両手で頬杖をついてその様子を見ながら「そうなんだよね」と答えると、おもむろにキーストーンを眺めてまだ見ぬ相棒のメガシンカする姿を想像しながら続けた。

「コーストカロスの調査結果の報告が終わればプラターヌ博士からプレゼントされる予定なんだけど、輝きの洞窟まではヒポポタスも出るっていうから防塵対策してからじゃないと機械運べないし結構難航してるんだよね…足場も悪いし」
「それは大変だなあ」
「映し身の洞窟は明日向かうんだけど、その後シャラシティでジム戦するか輝きの洞窟に行こうか迷ってるんだ〜」


 顔には笑顔を浮かべていた。「行き先で迷うなんて贅沢な悩みだよね」と口で言いながら、結露で濡れる窓ガラスに「シャラ」と「洞窟」と書いては、ピンと張った人差し指が宙を迷いながらどちらにしようかなと数え歌を歌っている。店主はそれを懐かしむように聞きながら作業を進めていた。が、ふと手を止めて思い出したように呟いた。

「シャラジムなあ…今ジム戦できたかな」
「え」
「いやな、このルカリオナイトを持ってきたのはコンコンブルって私の旧友でな、その孫娘が確かシャラジムのジムリーダーで…今はその子を旅に出させてるって言っていたんだが」
「旅!?」
「…まあ、なんだ。残念だったな。」
「カ、カロスの外に行っちゃってたりする…?」
「カロスにはいるから落ち着け」
「…うぐぐ、ま、まあ楽しみは最後に取っとくって言うし…いい、かな…、はぁ」

 語尾になるにつれてハンナの声から力が抜けていく。中身が入ってると思って力を入れて持ち上げた空のやかんのような、盛大な肩透かしを食らった気分だった。だが、冷静になって考えると失念していた。ジムリーダーが常にそこにいるとは限らない。
 ──現に私はデントと旅をしていたし、メリッサさんも修行の旅でジムを開けていたじゃないか。


「なにやらピカチュウを連れて旅をしてる子供達と一緒にシャラシティへ向かっているらしいぞ?」
「……ん?」

 店主の一言で浮かぶシルエット。まだ曖昧だがもしかしたら、もしかするかもしれない。


「おじさん、そのピカチュウを連れた子達ってピカチュウを肩に乗せてる猪突猛進な元気っ子と、金髪眼鏡のですます口調の発明家と、ピンクの帽子を被った超可愛い今時っ子と、デデンネを連れた超可愛い発明家の妹の四人組だったりする?」
「さぁ…そこまでは知らないなあ。ピカチュウに思い当たることがあるのか?」
「あるけど…まあピカチュウ連れてるトレーナーはいっぱいいるから違うかなあ…」

 でもやっぱりその一緒に旅をしているピカチュウを連れたトレーナーというのは、サトシ達な予感がするのだ。サトシ達だからなにがあるというわけではないが、なにかが少し気になる。
 自分でなにが気になるのかを探っていると、後ろから終わったぞと声を掛けられて慌てて振り向く。
 店主の手にあるのもは、レリーフの装飾が施された銀色のバングルで真ん中にキーストーンがはめ込まれている。渡されるとさっそく腕に嵌めて、口元がにんまりと緩み始める。
 それを見た店主は満足そうだなと言って、ルカリオナイトの作業へ戻ろうとする。


「…そういえばそのルカリオナイトはコンコンブルさんって人が持ってきたって言ってたけど、コンコンブルさんは何者なの?」
「シャラシティにはマスタータワーっていうメガシンカにまつわる塔があるのは知ってるか?」


 マスタータワー。
 カロス地方に来た初めの頃、カルネさんに出会ってメガシンカを知りたいのなら行くといいと言われた箇所だ。

「あー…カルネさんが言ってたやつか。それで?そのマスタータワーとコンコンブルさんがなにかあるの?」
「お前さんあのカロスの大女優と会ったのか…!カロスで生きてきた私でさえまだ生のカルネさんを見たことがないのに!会話までしただと!?……羨ましいっ!」
「おじさん話がずれてるずれてる!」
「ぬぅ…」

 (もしかしてカルネさんのファンなのかな…)
 流石大女優というべきというか、チャンピオンというべきか。画面に映る仕事のせいか顔の広さとファンの層の厚さが尋常じゃない気がする。カルネさんの名前を出した途端の熱の入り具合にこっちが圧倒されてしまった。


「…そのコンコンブルはマスタータワーの中で、なんと言えばいいんだ…そう、一番偉い人と言ったらいいのか」
「…なんか曖昧だね」
「そう言うな。だけど奴はメガシンカ親父とも呼ばれているから見つけるのは簡単だぞ」
「へぇー…メガシンカ親父ね。覚えとくよ。で、そのメガシンカ親父がなんで今更ルカリオナイトを?」
「いや、この原石を実際手に入れたのは孫娘だ。継承者として本格的に鍛えさせるために旅に出したんだと。」
「孫娘ってジムリーダーだよね…ってことはもしかしたら私が戦う時にはジム戦でメガシンカを使ってくるかもしれないってこと!?」

 ──のんびりしてる場合じゃない!
 ハンナは店主にズイっと迫り、呆気に取られる店主の手の平の上にお代を乗せると「バングルありがとう!また来るね!」と言い残して脱兎の如く店から飛び出して行った。



 次の目的地は映し身の洞窟。
 昂ぶりは息切れさえも忘れさせて、ひたすら駆けていく。
 あれだけ降っていた雨は止み、地面の水たまりには晴天が映し出されていた。

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