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vsザクロ



 ジム戦のルールは、そのジムによって異なる。
 だが、大体の場合はジムリーダーと同じ数だけの手持ちのポケモンで戦うことが多い。
 その慣れのせいか、今回もいつも同じだと思っていたが、ハンナの予感は外れていた。

「ザクロさんに対して手持ち全員ですか」
 審判のルール説明を聞いたハンナは、意外だと感じていた。

「そうです。あなたの全力を私にぶつけてください。」
「ではお言葉に甘えてー…って言いたいところですけど、私の今の手持ちだと2対2になるんですよね。」
「おや?あそこのウデッポウはハンナさんのポケモンではないんですか?」

 ギャラリーにウデッポウはぽつんと佇んでいた。手を軽く振るハンナに気がつき目が合うと、パチリとウィンクを失敗したような瞬きで返してくれる。
「ウデッポウとは仲良くなってる最中なんですよ」
 満足げにそう答えると、ザクロはうんと頷いてハンナへ振り返る。
「なるほど。…お喋りが長くなりましたね。では、始めましょう。」




 審判によって、両者のポケモンの一体目を見せ合ってからのスタートとなる。
 まずザクロはバトルシャトーで見せたイワークをフィールドに放った。
 あのイワークはきっと必ず来るだろうとは思っていたから予想はしていたけど、流石にイワーク以外のもう一体の方を先手に出すことはなかったかと、自分でもわかってはいたけど期待をしてしまった。
 
 ──そろそろ進化まで行ってもらいたいな。
 スッと伸びた手の指先からボールが離れて、宙へと放たれる。
 ボールから出たと同時にジム戦が始まる。ザクロのイワークは岩石の体を擦れ合わせて身構えた。
 



「ヒトツキ、影打ち!」


 先手はヒトツキ。フィールドの直上から差し込む日差しによって生まれるイワークの真下の巨大な黒い影の一撃が、イワークの巨大な体をしならせた。
 微々たるダメージかもしれないが、通っていることは確実だとわかった瞬間、瞬く間に現れた岩石の群れがヒトツキを捉えて襲いかかる。バトルシャトーで見せつけられた岩石封じだった。岩石の一つ一つが的確に狙いを定めて、吸い込まれるようにヒトツキに食らいついていく。
 「ノーガード」というヒトツキの特性が、最悪の形でイワークお得意の岩石封じを助力してしまったのだ。

 ただヒトツキも自身が刃こぼれするんじゃないかという猛攻に、ノーガードという特性のせいだけじゃなく、イワークがただ単に岩をぶつけに来てるだけじゃないと気づいてか、影打ちで自分に向かってくる岩石を次々に破壊してイワークとの距離を急速に詰めていった。



「アイアンヘッド!」
「アイアンテール」
 二人が発したのは同時だった。だが、ヒトツキはそれを避けてみせた。
 鞘を掴んだ手が、イワークのアイアンテールを真正面から受けて薙ぎ払い、派手に火花を散らした後、ガラ空きとなったイワークの巨体に鋼鉄となった刀身を叩き込んだ。

 大ダメージをまともにもらってしまったイワークへ、さっきの岩石封じのお返しだと言わんばかりに岩雪崩を指示すると、ヒトツキがくるりと回転した場所から岩の弾丸がイワークへと降り注ぐ。
 今度はノーガードの効果はこちらに利がある。岩ひとつ漏らさずあの巨体を埋もれさせるつもりで岩石を雪崩込ませると、だんだん行動が制限されてきたことに危機感を感じたザクロが指示した直後、イワークがアイアンテールで岩の山を打ち砕いた。


 弾け飛んだ岩石がフィールドの外へ音を立てて落ちていく。

 立ち込める砂埃をも吹き飛ばすイワークの咆哮がフィールド全体をビリビリと震わせた。
 思わず耳を抑えたハンナが次に見たものは、完全に目線も、照準も、狙いをヒトツキ一本に絞ったイワークの口元が、強烈に光を放ち始めているものだった。


「ヒトツキ受け止めろ!」
 張り上げたハンナの声にヒトツキは構えた。避けることは出来ないが、来ることが確実な攻撃に対して確実にダメージコントロールをさせなければ。

 


「ラスターカノン!」

 眩いばかりの光の束がヒトツキを飲み込んだ。
 フィールドを軽く押し出され壁面に激突。ラスターカノンは直撃したものの、タイプ相性がよかったお陰で大ダメージとまではいかずに済んだ。それに、刀身が壁や地面に突き刺さるのがなに気に一番怖かったりするから、その点でも運がいい。
 しかしザクロの猛攻はこれに終わらなかった。止めを刺す勢いで岩石封じが壁の一点に向かって発射される。
 衝撃音と炸裂の連鎖。一部の岩が壁に突き刺さり、その衝撃で地面が揺れた。
 

 ──参ったな、本気とは言ったけどここまでするんだ。
 ジム壊れちゃうんじゃないかと一瞬だけ過ぎったが、今はそんな悠長なこと考えてる場合じゃない。
 砂埃の向こうにいるヒトツキに攻撃は全部命中しているのは確実だとその時直感していたが、不思議と瀕死になっているイメージは全くと言っていいほど湧かなかった。

 そしてその予感は当たることとなる。
 イワークは、もうもうと立ち上る砂埃から打撃音と共に飛び出してくるヒトツキの姿を捉えるのに反応が遅れた。素早さの底上げをするロックカットをしていれば反応出来ていたかもしれないが、元の素早さが勝っている上にあれだけ岩石封じを決めていればまず誰でもロックカットをやろうとは思わないだろう。
 ハンナの口角が上がる。自身の鈍足を補うためにアイアンヘッドで壁を叩きつけた衝撃で向かうなんて、指示していなかった。


 迂闊だったと厳しい目つきで口を縛るザクロの目の前で、アイアンヘッドをまともに受けたイワークは重い響きを上げてフィールドに崩れ落ちた。



「イワーク戦闘不能、ヒトツキの勝ち!」


 フゥ、と深呼吸してまずは一勝を噛み締める。
 砂まみれになったヒトツキがハイタッチで喜んでるのを見て、まだまだ体力には余裕があると確認してそのまま続投させた。

 だが、問題はこの後だ。
 今回はあらかじめ見ていたイワークが相手だったから対処しやすかったが、イワークがこのレベルだと次に出てくるザクロさんのポケモンが正直言って怖い。



「そのヒトツキは賢いですね。なかなか見どころアリです。行け、チゴラス!」

 ツートーンのポールから出てきたのは、いかにも攻撃することにされたような大顎に、同じく攻撃的な目つきを持つポケモンだった。威勢のいい大声を上げてヒトツキを威嚇する。
 あの手のポケモンはオーダイル然り、意外と行動範囲が広かったり素早かったりするから手強い。
 岩タイプとなると、またこのポケモンも防御力と攻撃力が高いんだろう。特殊攻撃は怖くはないが、岩タイプのジムである以上鋼タイプの対策を持ってることも考えなきゃいけない。地面タイプの技を持っていたら、ヒトツキは確実にここで退場となる。

 無駄話はするつもりがないと言わんばかりに、チゴラスは片足で地面を掻いてこちらの動きを伺っている。

「ヒトツキ、素早さかなり落ちてるから動き回らなくていいよ。体力を温存して迎え撃って。」
 そう伝えると、巻き布の手を振り返して反応する。


「影打ち!」

 さっきのイワークとの戦いで底上げされた攻撃力。初手の先制攻撃はさすがに読まれていたようで、自慢の脚力を駆使して追撃する影からチゴラスは上へと逃げていく。
 でも、宙に投げ出された体でどうやってそれ以上跳ねれるかなんて誰が見ても明らかで。ヒトツキはそこを狙ってアイアンヘッドを繰り出そうとしたが、ヒトツキの動きがチゴラスに当てる手前、いきなり止まった。

 ハンナとヒトツキの目は、チゴラスの尾が緑の輝く鱗で覆われていくのを目撃した。
 「嘘でしょ!?」と驚く最中、チゴラスの尾は難なく素早さの失われたヒトツキを捉えて地面へと叩きつけた。
 大きく地面でリバウンドして跳ねるヒトツキがボールへと強制送還され、代わりに出てきたのはリザードンだった。予期せぬ登板にリザードンは最初こそ驚いていたが、チゴラスを目にするといつもの落ち着きを見せてくれた。



「ドラゴンテールをやってくるなんて、あれはどう見ても単体の岩タイプでしょー、図鑑はちゃんと見ておくものだね」

 ハンナの一言に、お前が原因かよとリザードンが呆れたように一瞥してくる。
 許して?と返すと、険悪な雰囲気ではないにしても、更にリザードンの眉間にシワが寄った。
 しかし余裕の現れは、そんなリザードンの目つきでさえ受け流してしまう。リザードンも、特別焦りを見せることなく宙に留まっている。



 ──自慢の脚力というが、自由自在に空を滑空するリザードンにどうやって太刀打ちするつもりかな。

 リザードンとハンナが頷いた。リザードンがゆっくり翼を上下させると、フィールドの上空へと舞い上がる。
 ザクロが叫んだ。チゴラスはそれに答えて岩石封じを、それもイワークと同じように個々をコントロールして狙いをリザードンに絞って放ってくるが、空中を動き回るリザードンにはなかなか命中しない。

 リザードンは追いかけてくる岩石封じから回避しながら気合玉を撃ちだしたが、チゴラスはそれをリザードンを追いかけている岩を呼び寄せて自分を守らせた。更に炸裂した岩石をドラゴンテールで弾き飛ばし、それを当てようとする。
 リザードンにダメージを与えることにものすごい執着心を見せてくる。


「流石に器用な子だな〜、イワークより岩石封じの展開早いし」

 ハンナが感心する姿を見ながらザクロは考える。
 チゴラスはリザードンに接近できない以上、大きなダメージを与えることは出来ない。岩石封じで間に合わないのなら、出し惜しみなんてせずにそれ以上の切り札を出すべきだ。
 ──ならば。
 
 

 地面に足の爪を深く喰い込ませたチゴラスは、フィールドの吹き抜けの向こうに見える大空を仰ぐようにして大きく息を吸い込んだ。


「チゴラス、竜星群!」

 チゴラスの口から打ち出された火を帯びた岩は、空中で炸裂して四方八方へと飛散した。

 竜星群が炸裂する一歩手前で、リザードンは地面に向かって急降下。地面にぶつかるスレスレの超低空を飛行してチゴラスに向かって迷いなく突進していく。


「気合玉!」

 ハンナの声がフィールド中に響き渡る。
 竜星群が地面に着弾するより先に、リザードンとチゴラスが衝突しようとしていた。
 リザードンはシロナのガブリアスの竜星群と重ね合わせて動いていた。そして今、目の前にいるチゴラスは迎撃に岩石封じを連発してくるが、それも突破する。

 リザードンは肉薄することで、命中が不安定な気合玉を確実に当てに行く。
 もう迎撃すら間に合わない距離でも速度を落とさないまま更に近づくと、リザードンは紙一重のところで気合玉をチゴラスに直接当てて、その瞬間、吹き抜けに向かって急上昇していった。



 爆風に乗って上昇したため、無傷の状態での離脱。砂埃の去った場所には、目を回したチゴラスが横たわっている。
 ザクロは、逆光を受けながら滑空するリザードンを仰ぎ見て、ビオラとの会話を思い出していた。

 ──今回見たバトルで彼女の強さを判断しない方がいいわよザクロ君。
 ──と言いますと?
 彼女は笑い、眉を下げてこう言った。

「あの子のメインはリザードンよ。リザードン。私まるで歯が立たなかったの。」
「君がですか?」
 ザクロは信じられないという顔をすると、「でもね?」とビオラは続けた。

「それもその筈。あの子の次の目標、シンオウのチャンピオンリーグ優勝よ?スケールが違うわ」
「それはすごい…じゃあ今度僕が戦うハンナさんはチャンピオン予備軍ってことですか」
「そういうこと。やられる前にやらなきゃ太刀打ちできないわよ?」
「気をつけましょう。ですがそれ以上に楽しみです。」




「…──ハンナさん。竜星群が来たとき、なんであの行動をとったのか聞いてもいいですか?」
 判定を切り出そうとする審判を止めて、ザクロは問う。
 それに対してハンナは、少し間を置いてから答えた。

「やられる前に本体をやらなきゃと思いました。竜星群は見慣れてるから。」

 それを聞いたザクロはまた、ビオラの言ったことを思い出す。
 ──確かに、君の言ったとおりだった。
 今日の壁は確かに高かった。完敗だ。ジムリーダーの敗北は宿命だと誰かが言っていたけど、不思議と嫌な敗北感ではない。
 止めていた審判に促して、判定を待った。


「チゴラス戦闘不能!よって勝者、トキワシティのハンナ!」




    *



「まあまあ、そんなに拗ねなくても…」
 夕日に照らされるショウヨウシティ。ジムの入り口もそれは同じで、ザクロもハンナも夕日の赤に染まっていた。
 一方、ハンナは唇を尖らせて腕の中に収まるウデッポウを見て言った。


「もうウデッポウが何考えてるのかサッパリだよー…」

 こういう時ロケット団のニャースがいれば一件落着なんだろうな。そう考えては、そういえば最近見ないなと思い返す。
 ジム戦が終わって、ウデッポウに一緒に来るかと問うと頷いて、だけどボールを近づけるとやっぱり避けるのだ。地団駄踏むハンナを見てザクロは笑うが、ハンナにとっては歯痒い以外のなんでもなかった。

「そのウデッポウと会った時何かあったんですか?」


 ふとザクロが見かねたように聞いてきて、経緯を話すとザクロは「人でも混乱状態になるんですね」と驚いたあとに確信を突いてきた。

「もしかしたら水の波動を取得するまでその状態なんじゃないんですかね。」
「…つまりオレが水の波動覚えることが出来たら仲間になってやるよってことですか?」
「そういうこと。」
「やり手のビジネスマンかよ〜報酬は前払でお願いしますってか!?大人しい顔して言うじゃんウデッポウ!やるよ、やりますよ、やってやるよ!」


 抱えたウデッポウにぐりぐりと顔を押し付けると、やっと理解したのかという面持ちでウデッポウは受け止めていた。


 そしてその夜。再びウデッポウを抱えてやってきたハンナを見て、ジョーイさんに笑いのネタにされたのである。



 
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