それぞれに思うこと
ひとつ。またひとつ。
手を伸ばし、足を伸ばし、チョークで滑り止めを施した掌で石を掴み登っていく。
登ることに貪欲な彼の目線は頂上一点のみを映して、ゆっくりだが少しずつだが確実に上へ上へと進んでいく。
途端、右足の爪先が石の表面で滑った。
肝がヒヤッとしたが、瞬時に取り戻した冷静さで体勢を整えた彼はまた黙々と石が無数に突出した壁を登っていく。
──いけませんね。
ただ上へ、と。それだけ考えていたはずだったのに。バトルシャトーで別れた時のビオラの言葉が頭の中で反復するのだ。
──今回見たバトルで彼女の強さを判断しない方がいいわよザクロ君。
──と言いますと?
「よいしょ…っと」
右手を力いっぱい伸ばして、頂上を掴む。そこから全身の力で自分の体を持ち上げると、見慣れたフィールドが彼の視界に広がった。
ビオラの言葉が気になる中で、ふと見上げたフィールドの真上から覗く太陽は昨日のハンナとの会話を思い出させるには十分だった。
「明日のバトルはいつも通り、本気でいきますよ。」
「いつも本気とは素晴らしい。ますます楽しみです。」
「…そろそろ来る頃ですね。」
服に着いた砂を払って、ザクロはジムの奥へと消えていった。
*
「まあ、ハンナちゃん…その子まだボールに入れてなかったの?」
昨日の夕方のことである。一匹のウデッポウを両手で抱えたこの女の子が、顔を真っ赤に腫らしてずぶ濡れの状態でこのポケモンセンターへ帰ってきた。
話を聞くと、その顔は未完成の水の波動を顔面にくらってなったものらしいけど、顔の腫れは良しとして水の波動を人の顔面に直撃させたのは流石に心配だったから検査だけ受けさせて濡れた服から簡易検査着へ着替えさせた。
異常はなかったからよかったものの、そのポケモンを仲間にするつもりと言いだしたことに驚いた。
新品のボールは持ってるし後は大丈夫とメディカルチェックの終わった手持ち2体を受け取って部屋に戻っていったのが昨日の最後だったけど。
「だってウデッポウがボールに入りたがらないんだよ〜…なんで〜?」
昨日とは違い腫れの引いた顔。だけどクマをこさえた涙目でウデッポウを抱えて起床してきた。
見たところウデッポウがハンナちゃんを嫌っている様子は全くない。寧ろ大人しくていい雰囲気な方だ。
「そんな風には見えないけど…」
「そんなことあるんだよね…見てよこれ」
そう言って彼女が手にとったのは新品のモンスターボール。
それをウデッポウに近づけた瞬間、スイっと。それを軽く避けたのである。
もう一度近づけるとまた避けて、もっと近づけると更にボールから離れていく。
傍から見ると遊んでいるように見えるが、ウデッポウの顔は至って真面目。もう一方のハンナちゃんはもっと目に涙を滲ませて言った。
「一緒に来るんじゃなかったのー!?」
ワッと泣き出すハンナちゃんをまあまあと宥めると、当の原因であるウデッポウも彼女に近寄ってぽんぽんと、ハサミで宥めているのだろうか。気になさんなといった顔でその仕草をしていて、心配しているその動作に笑っちゃいけないのはわかっているけど笑ってしまう。
微笑ましいというのが当てはまるかもしれない。
「ジョーイさんまで笑わないでよ〜私本当に仲間になれると思って嬉しかったのに…」
「大丈夫よ。ウデッポウにも考えてることがあるなら、そのまま一緒にいてあげて?多分ハンナちゃんがどんな人なのかが知りたいんじゃないかしら」
そう言うと、彼女はピタッと泣き止んだ。
「このあとジム戦しに行くんでしょう?いい機会だし、ウデッポウもそこに連れて行ったらどう?多分、バトルを見たほうがウデッポウもわかりやすいと思うわ。」
なるほどとハンナちゃんが頷けば、善は急げと言わんばかりにウデッポウを抱えてポケモンセンターを飛び出して行ってしまった。