xy

一緒に来ない?


もしもの話をしよう。


もしも自分の目の前に、惜しい選手がいるとしよう。
誰もいない場所でただ一人、ひたすら練習に打ち込む選手がいて、努力はしているものの、憧れのものとは程遠いものになっていく選手がいるとしよう。


私はただひたすらその様子をじっと見つめて、その選手が違う方向へと通り過ぎるのを目で追うのか。それともお節介を覚悟で、良くも悪くもなにかアクションを起こすのか。




私は。

「ねえ君、もしかして水の波動覚えたいの?」



後者を選択した。






*


ザクロさんと別れた後、ハンナは海岸線に沿って歩いていた。
押し寄せる波を避けながら、ひたすら足跡をつけて消されてまたつけてを繰り返し。あんなに高かった太陽も、あと数刻で水平線と交わるだろう。

リザードンとヒトツキはポケモンセンターでメディアカルチェックを受けさせてるから、ただいまの手持ちは実質ゼロである。
2回だけトレーナーに引っかかったが、手持ちがいないと告げればみんな「そうか」とどこかへと姿を消していった。


それにしてもショウヨウは静かだ。
耳を擽るような漣の音が妙に心地よくて、少し疲れるとその辺の岩に腰掛けてウトウトしてしまって、こんなところで寝てはダメだと思っていても瞼は重くなっていく一方で。
ああ、でも少しだけならいいかなと深く腰掛けたところで

「ぶわっち!!」


突然顔面に被った塩水で眠気は吹き飛んだのである。






「あ〜〜頭がクラクラする…」

なんなの一体…、と若干苛立ちながら濡れた髪を絞って水気を抜くと、海面から顔を出すポケモンと目が合った。
数度瞬きをして、思い出したようにポケモン図鑑をかざそうとするが足元がふらついて立つこともままならない。というより、目が回る感覚に近いかもしれない。僅かに吐き気もあり、結構水圧があったのか今になって顔がヒリヒリしてきた。岩に手をついてしゃがみ込むと、そのポケモンは少しずつではあるが海から陸に上がって自ら近づいてきた。


大きな片手バサミに水色の体。パッと見がでかいエビである。触角が垂れ下がっていて元気がなく、もしかして謝りにきたのかもしれない。

フラつきが少し治まってきたところで改めて図鑑をかざすと、この子はウデッポウという名前のポケモンらしい。
水鉄砲ポケモンということは、さっきのはその立派な右腕のハサミから発射されたもので間違いない。しかしこれ、図鑑には至近距離で岩をも砕くと書いてあるが、運良くそれ程の威力はなかったように思える。もっとも、実際そんなことになったら殺人現場のようなスプラッタと化していたわけだが。



クラクラする頭を抑えながら考える。
──この目の回るような感じ、もしかして混乱状態ではないのか。

心配そうに様子を伺うような目で見つめてくるウデッポウを見たハンナの中にひとつの答えが生まれた。




「ねえ君、もしかして水の波動覚えたいの?」


そんなことを言ったところで「水の波動とはなんぞや」と首を傾げるこのウデッポウのために、「ちょっと待ってて」とハンナが取り出したものはポケギアだった。
画像でも動画でもなんでもいい。とにかくネットに上がってるデータを漁って目に止まったものは、以前出会ったあの人の姿の映る一本の動画だった


「うわズミさんだ…これ四天王防衛戦かな」

一緒になった覗き込んでくるウデッポウを膝の上に乗せた。どうやら防衛戦の一部を切り取った動画のようで、結構再生時間が短い。
その動画でのズミさんのパートナーはウデッポウによく似た特徴のポケモンで、胴体の倍以上のハサミから繰り出される水の波動で地面を大きく抉っている。しかも、地面に当たって炸裂せずに、そのまま抉り進んで相手のポケモンに命中させている。



「うわぁ…ウデッポウごめん、これ私の知ってる水の波動じゃないわー…」
自分の知ってる水の波動とはまるで別物である。
だがしかし、「これだよこれ」と言わんばかりにウデッポウの目が爛々と輝いている。もう一度再生させている間に、空いてる片手で図鑑を開いてウデッポウの項目をもう一度開く。そしてもう次のページ。あった。よく似てると思ったら、ウデッポウの進化した姿だった。



「ブロスターっていうんだ」

ランチャーポケモン。ウデッポウの時はハサミから打ち出される水はピストルのようにと書かれていたが、ブロスターになると砲弾とまで言われるようになるようだ。
「タンカーの船体を打ち抜くって…やったことあるのかな」
それとも昔そんな事件があったのだろうか。カントーのポケモン図鑑といい、このポケモン図鑑の説明って物騒なものが多い気がするのは気のせいだろうか。



説明を読み進めていくうちに、種族を表すグラフと備考を見て「なるほどね」とハンナが納得した。

先ほどの水の波動、ブロスターの元々の特殊攻撃の値がずば抜けて高く、自分のタイプの技の威力アップに加えてメガランチャーの特性の恩恵を加えてあの威力になるなら頷ける。とは言っても四天王のブロスターだから、あの威力になるまでの鍛え上げは相当長いプロセスを要したものだとわかるが、このウデッポウもその気があるならこのブロスターのように強くなれる可能性は十分にあるんじゃないのか。

なんだと顔を上げてきたウデッポウに歯を見せて笑うと、「もう大丈夫なのか」と聞かれてるような気がして「なんともないよ」と答えた。



しばらくじっとウデッポウを見ていると再び、「あー…」と何かに対して頷く声を漏らす。

「なんか親近感湧くなとおもったら私と目つき似てるよねー、君。」
ハンナの言葉を聞いてはいるがわかってるのかわかってないのか、特に気にする様子もなく顔も背けず、膝の上にじっと座っている。


「ねえ、技を自力で習得するのもいいけどさ、練習相手がいた方が楽しくない?人の顔を的にするよりよっぽどいいと思うんだけど。どう?」





一緒に来ない?



- ナノ -