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分かれ道にて




ショウヨウシティ。コーストカロスの西側に位置する山と海の街。
ミアレがウィンドウショッピングを楽しむ活気ある街なら、ショウヨウはきっと散歩やジョギングや釣りといった気の向くままに過ごすのに適した街だろう。

街全体に自転車レース用のコースがあることからか、ショウヨウのブティックにはスポーティーな服が多く置いてある気がする。


潮風が鮮やかな海色のワンピースの裾を撫でるように揺らすこの街でやることは勿論決まっている。ジム戦だ。
だけどその前にやらなきゃいけないことがある。この街の電光掲示板を見てからやらずにはいられないと強く思っていた。
──これをやらなかったら私じゃない。謎の使命感を胸にとある店の扉を開いた。


「すみません、ショウヨウパフェひとつください」

十代後半の女が真顔で注文したものは、ショウヨウの山に見立てたジャンボパフェだった。



「40分以内に食べ終えれば無料になります!頑張ってくださいね!」

女性店員のエールに笑顔で答えると、そのまま眺めることもなく早速頂辺のクリームを掬い上げて口に含んだ。
これだけの大きさだが意外にも甘さは控えめで、割と良心的なジャンボパフェのようだ。あっという間に次の層へパフェスプーンが刺さっていく。合間に入っている角切りのチョコブラウニーやシロップ漬けにされたフルーツがアクセントになっていて飽きが来ない。食べた感じ、ひとつひとつが食べやすいが全体の量が多いせいで、終盤の最後の一口でギブアップする人が多そうな印象だ。

細長いシルエットの女が一人でこんなものに挑戦しているのをケーキのショーケースの脇から店員たちが見守る中、鼻歌を歌いながら余裕な面持ちでどんどんパフェグラスのクリームでできた層が削られていく。
半分を下回った時点で驚愕する店員が、40分まで残り何分だと囁きあう中でハンナがフローズンフルーツの層に手を付けようとした時だった。

シーサイドビューが売りのこのカフェだが、その大きな窓からなにかの視線を感じたのだ。
気になって見てみると、ワンテンポ遅れて目が合ったその人は笑顔の眩しい、白い歯を見せて手を振ってきた。



「お久しぶりですザクロさん、バトルシャトー以来ですね」
「ええ、本当に。でもびっくりしましたよ。ハンナさん結構食べる人なんですね」
「電光掲示板で見たときに絶対食べたいって思ったんですよー!あ、ザクロさん一口食べます?美味しいですよこれ」
「いえ、私は遠慮しておきます…それにそのパフェは挑戦者以外の人が食べると無料じゃなくなるんですよ。」


そう言ってザクロは水の入ったコップを傾けて喉を潤すと、首に掛けたスポーツタオルで額の汗を拭った。

「へえ〜、でも遠慮って割にはすっごい見てましたよね。パフェのこと…」
「…気のせいですよ。」
「パフェのあとに私に気づいてませんでした?」
「いや、そんなはずでは…」

『こんにちは!カロスをときめくホットな話題を提供するジムフリークの時間です!
今私はショウヨウジムに訪れています!
…ほわぁあッ!ザクロ様がいらっしゃいました!イケメンだよお!イケメンだよお!
細マッチョそそられるよお!
でも体重をキープするため我慢してるの知ってるよお
こないだカフェの前でじっとスイーツを見つめているザクロ様見ちゃったよおー!
……もー、おちゃめさん!』




「…え?ザクロさん、ジムリーダー…?え?」

テレビと目の前の本人を交互に見ては狼狽するハンナと、テレビを見て固まるザクロ。

なんというタイミングだ。
まさかこんな形でジムリーダーと対面するなんて思ってもみなかった。
カフェの一角にあるテレビから流れた映像とハイテンションなナレーションとは裏腹に目の前のザクロが重苦しい空気を背に頭を抱えている。それはもう、気の毒なくらいに。
テレビって、怖いね。残酷だね。心底そう思った瞬間であり、「私はなにもミマセンデシタ。」と明後日の方を見てそう言えば、ザクロが見てないうちにパフェを一気に平らげたハンナに、「すみません…」と静かに呟いたザクロだった。

ああ、海が青いなあ…



*


「では時間内に食べ終わりましたので今回はお代無しです!またお越し下さい!」
「ごちそうさまです」

最終的に一気に食べ終えたのが決めてで、店の最高記録を塗り替えたらしい。食べ終わった瞬間、店の中が沸き立っておめでとうなどの賞賛の嵐の状態だった。
その雰囲気のおかげか、少し落ち込んでいたザクロの表情も明るくなったので結果的にはよかったかもしれない。ハンナの前を歩くザクロの歩調も軽いものだった。


「ハンナさんはこのあとジム戦に挑戦するんですよね」
「そのつもりですよ。あ、でもリザードン達をもう少し休ませたいから…行くなら明日かな」
「わかりました。では明日、私も万全の状態でジムでお待ちしています。」


レースのために舗装された道を歩いていた二人だが、途中の分かれ道で歩みは止まった。

「ビオラからあなたの話を少しだけ聞きました。バトルシャトーで別れた後、いつ挑戦してくるかと首も手足も長くして待っていました。」
ランニングを再開するためか、その場で軽く跳ねてランニングシューズと地面を慣らしているザクロがそう告げると、その言葉の続きに静かに耳を傾ける。

「私は常日頃から挑戦者の壁として戦っていますが、今回は私にとってもあなたは壁となります。ビオラの話が嘘でなければ。」
「・・・」


二人の間に沈黙が訪れ、靴を慣らし終えたザクロはハンナをじっと見つめる。
真面目な顔でザクロが言ったことに、少し考えてからムズかゆそうな顔でハンナは言った。

「黙って聞いてましたけどそこまで言われるとさすがに緊張しちゃいますよ!大体ビオラの言ったことってなんですか!?ビオラが変に話を大きくしてませんでした!?」
「ハッハッハすみません、話を大げさにしてるかはわかりませんがあなたのこと随分褒めてましたよ?」
「まったくビオラ〜〜!一度ならず二度までも!
…でも私明日のバトルはいつも通り、本気でいきますよ。」

「二度?」とザクロが首を傾げていると、突然ハンナが口にした本気という言葉にザクロは僅かに口元に弧を描いた。


「いつも本気とは素晴らしい。ますます楽しみです。」



まだ日は高く、夜まで時間がある。
それぞれ別の道を背に、「また明日」とその場を後にした。
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