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バロネスの称号


「相手はブイゼルか…懐かしいなあ」

バトルシャトーのテラスからギャラリーが勝負を見守るフィールドには、ジム戦ともリーグ戦のような糸を張ったような緊張感はない。ただ、ハンナはバロネス、相手の男の子はバロンという称号を初めて勝ち取るために互いに負けるわけにはいかなかった。

ハンナが出したのはヒトツキで、相手の男の子はブイゼルだった。
ブイゼルの覚える技は一応全て把握はしているが、ここはカロス。
シンオウでは覚えられない技をもしかしたら使ってくるかもしれない。もしそれがフェアリータイプの技だったら、直撃させるわけにもいかない。
バトルシャトーにつく前、ヒトツキが派手に負けたバトルの敗因のひとつにフェアリータイプの技があったのだ。
プラターヌ研究所でもっと調べとくんだった、と今更ながら少しだけ後悔したが、その後悔は後々吹き飛ぶこととなる。


勝負が始まってしばらくはヒトツキにブイゼルの動きや技の様子見をしてもらうために、ゴーストというタイプを活かしてブイゼルを攻撃はせずに現れたり消えたりと翻弄してもらっていたのだが、幸い今目の前でヒトツキに攻撃をヒットさせようと必死なブイゼルにはフェアリータイプの技は持っていないようでホッとしたところだった。

相手の男の子がなかなか当たらない攻撃に少し苛立ってしまったらしい。
その技の名前を聞いたハンナの顔は瞬時に凍りついた。



「ブイゼル!メロメロだ!」

「メロメロ!?」


テラスから見ているビオラが「あちゃー」と言って頭を押さえる様が目に浮かぶ。
フェアリータイプに警戒しすぎて、まさかメロメロをしてくるとは思わなくて。ハンナのびっくりして裏返った声がテラスまで届いたらしく、ユリーカの笑い声がこっちまで聞こえてくる。周りからしたら面白かったみたいだが、こっちはそれどころではない。
間一髪で避けてはいるが、相手の男のは完全にヒトツキの行動を制限しようと躍起になっていた。

ヒトツキがまたもメロメロを振り切って飾り布の手で思い切り地面を弾き空へ飛び上がり、メロメロから逃げていたこれまでの反撃せしめんと剣の舞で準備を整えた。


「アクアジェット!」

やっと攻撃がくるか!という声は聞き逃さなかった。
この子、焦らしに焦らされて完全にドツボにハマったなとハンナは直感した。

ブイゼルが体に大量の水を纏ってヒトツキに向かって突進してくる。


「岩雪崩!」

突然曲がることは不可能なアクアジェットに、ヒトツキに一直線で突っ込んでくるブイゼルの未来位置を予測するのは容易だった。
ヒトツキがハンナの考えていることを察してくれたらしい。左右ではなく全速で後退しながら岩雪崩でブイゼルの行く先を片っ端から封じていく。
この岩雪崩は当てるのではなく、あくまで回避のために撃つものだと。一言余計なことを言えば、あの素早いブイゼルに奇跡の一発当たったらラッキー。という程度である。

とは言っても、ヒトツキの速さなんてブイゼルと比べてしまったらせいぜいあっという間に追いついてしまうようなものだけれど、だがヒトツキが少しでも距離を離してくれたおかげで、その微々たるリーチでブイゼルのアクアジェットを止めることができた上に、目くらましにもなった。

ブイゼルに隙が生じたのだ。
しかも、岩雪崩の岩で死角ができてブイゼルはヒトツキに気づいていない。
こんな好機を勿論生かさないわけもなく、死角から放たれる容赦ない影撃ちがブイゼルを地面に叩きつけた。


ヒトツキの位置はバレてしまったが、バレてもなおさっきのブイゼルのアクアジェットも真似して、ブイゼルに直上から急降下で突っ込んではぶつかる瞬間に姿を消して相手をビビらせるという余裕まで見せつけていた。

あのブイゼルの性格は臆病なのだろうか。ちょっとビビりすぎじゃないのか。
ヒトツキもヒトツキで、攻撃が決まったせいか悪い方に少し調子乗ってきてる気がしないでもない。


だがバトルはまだ終わっていない。ハンナは攻撃を絶やすことはなかった。男の子も最初の勢いは減りつつあるが、冷静さが出てきているようだった。
眉間にシワが寄って顔つきもどこか余裕がなさそうだが、でも攻撃するタイミングは結構うまいのだ。
この男の子、筋はいいんだけど焦らされたり自分のペースを乱されるのが苦手なタイプと見た。


「ヒトツキ、アイアンヘッド!」
「電光石火でかわせ!」

ブイゼルがいた場所にあった、フィールドに転がる岩にヒトツキの攻撃が当たると、たちまち岩は真っ二つに割れて粉々になってしまった。
電光石火で割れた岩と岩の間を縫ってヒトツキに接近し、そしてブイゼルがヒトツキの眼前まで迫り、絶対に外すことはない距離でメロメロをしてきた。

幾多のハートがヒトツキを取り囲む光景を見て「そもそもあんた性別あったの!?」といちいち驚くと、嬉しいことにハートは砕けて散ったのだ。

「ヒトツキお前…、オスだったのか…」
本気で悔しがる相手をよそに、反比例して冷静にヒトツキがオスであることを覚えた。
せっかく当てたメロメロを破られたショックで固まるブイゼルに刀身を振り下ろすがやはり素早さが鬼門だった。


「やっぱ早いな…!」

すかさず影撃ちで誘導やかすったりするものの、直接的なダメージには繋がらない。
確実にじわじわ体力はけずってはいるがブイゼルの速さでまともに攻撃を当てようとするとそのすばしっこさでかわされてしまうのだ。あのブイゼル絶対素早さを極限まで上げている。

そろそろブイゼルが逃げてばかりだとこっちもヒトツキも疲れてしまう。
剣の舞を積んだ影撃ちを食らったあの体力にあともう一発当てられたらこっちの勝ちなのに、その一発がなかなか入らない。

なら、かすり傷ですら致命傷になるダメージを与えてやる。
そっちが逃げるならこっちは相手が倒れるまで追いこむまでだ。


「剣の舞!」

二回積んだことで、急所じゃなくとも元のダメージから約3倍のダメージを与えることになる。
砕けた岩の隙間に逃げ込もうとするブイゼルをハンナもヒトツキもバッチリ捉えていた。


「影撃ち!叩き上げろ!」

ヒトツキの目の前で影のある場所へ逃げ込むなんていい度胸だと言わんばかりに、ブイゼルの全身に影が叩き込まれて岩を突き破って打ち上げられた。

しかし、相手の男の子の呼びかけで意識がヒトツキへとまだ向けられていることに気づいた。ブイゼルの目はハッキリとヒトツキの方を見ている。
全身に叩き込んだと思っていた影撃ちは当たってなかったのかもしれないが、もう関係ない。

自慢の素早さは、空では意味がない。


ハンナが「アイアンヘッド」と指示するのと、ヒトツキがアイアンヘッドを繰り出すのは同時だった。





「それまで。」

レフェリーであるメイドが、フェールドに歩み行ってくる。
ふとメイドと目が合うとメイドは柔らかく微笑みを返し、そして
ヒトツキの勝利であると告げた。

テラスからは歓声が湧き上がる。新たなバロネスの誕生だった。

互いにバトルし合った相手へ「ありがとう」と礼をすると、はしゃぎまわっているヒトツキがマフラーのようにハンナの頭に巻き付いた。
今日くらいははしゃいでもいいかと言っても、さすがに前が見えないし顔の目の前に刃物は怖い。


なんとか頭からヒトツキを剥がすと、白いマントを手に抱えたメイドさんが目の前にいた。
仲がよろしいのですね、との一声にハンナは満面の笑みで返した。
バロネスの称号の証である白のマントの授与が済み、手際よく着せてもらったマントに感嘆の声が漏れるハンナ。
するとパチパチと拍手しながら近づいてくる影がひとつ。


「おめでとう、ハンナさん。」

足元にはブイゼルがいる。相手をした男の子だった。


「ありがとう。君とブイゼルも強かったよ。とにかく速かったわ」
「スピードには自信あったから、失礼かもしれないけどヒトツキ相手なら勝算あると思って自信あったんだけどなあ。また今度頑張るよ」

男の子は屈んでブイゼルの頭を撫でた。
帰ったら綺麗にしてやるからなというやりとりに、なんだか微笑ましくなった。

「そうだね。一足先にバロネスになったけど、いつかすぐまたバトルすると思うな。
ブイゼル、結構鍛えたんでしょ?きっとバロンはすぐだよ。その時はちゃーんとスピード対策しておくからね?」


ハンナが右手を差し出せば、男の子も手を差し出して握手を交わした。

「ああ、僕も早くバロンになってまたいつか戦おう。今日は悔しかったけど帰ったらさっそく次に向けていくさ。」



初めてのバトルシャトー、いい好敵手に会えたかもしれない。

そんないい気分でテラスに戻ろうとしたところに、メイドが慌てて「マントはここに置いていってくださいませ!」とハンナを引き止められたことで、テラスで待ってたイッコンには愉快な方と言われ、ビオラにまたからかわれるのであった。


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