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バトルシャトー


「『バトルシャトー、その強さ、爵位で示せ』…か。かっこいい…!」
「気に入ったみたいでよかった。中に入ればもっと気に入るわよ?」
リビエールラインの途中に位置するバトルシャトー。その館を背景にした正門の前にハンナとビオラはいた。
あまりにも目を輝かせるハンナにビオラが満足げに笑うと、「美味しいものって食べれたりする?」と聞いてきたことでビオラの笑みが半減した。そっちが目当てかと額を抑えると、ハンナは慌てて話題を切り替える。


「ビオラは爵位持ってるの?」
「もちろんよ。私はダッチェス。意味はわかる?」
「ダッチェスってたしか2番目に爵位の高い公爵でしょ?ビオラって暇さえあればかなりやりこんでる感じなの〜?」
「人をオタクみたいに言うのやめてよ、さあ入るわよ」

靡くスカートを翻し、待ってよとビオラを追いかけて門をくぐった。
中に入れば、まず出迎えたのが両脇に佇む甲冑に、正面にある巨大な肖像画。無意識にこちらまで背筋が伸びてしまう。
しかし、中に入ったものの玄関ホールには誰もいない。

「誰もいないね」
高い天井を見上げては、視線は太くて立派な白い柱へと移り、それを辿って今度は甲冑に近づきにらめっこすると「ウロチョロしない」とビオラに叱られてしまった。
そして歩き出すビオラの後ろを着いて行き、赤絨毯の長い廊下を進んでいく。窓の外が少しだけ騒がしい気がして、窓に近づいていくと「こっちこっち」と半ば引っ張られるように廊下を曲がる。

「ねえビオラ、勝手に中に入って大丈夫だったの?」
「心配いらないわよ。多分私たちが来たと同時にバトルが始まったんだわ」


長い廊下も終わり、突き当たりのドアの前にやってきた。このドアの向こうにある部屋はサロンというらしく、そのサロンでバトルの相手を見つけるのだという。
ビオラはそのまま両開きのドアを迷うことなく開けると、いきなり立ち止まるものだから続いて入ろうとしたハンナがぶつかって尻餅をついてしまった。

「止まるなら止まるって言ってよ〜でかい人はいきなり止まれないんだぞ…」
「ああー、ごめんごめん大丈夫?」
「いいよ。大じょ…」
「ハンナ?」

尻餅をついたまま固まるハンナの視線の先には、大窓の淵にぶら下がる灰色のスーツに身を包んだ手足が長く、浅黒い肌の男性。
こちらに気づくと、器用にも体の向きをぶら下がりながらこちら側へと変えて手を振ってきた。
立ち上がってもなお唖然とするハンナをよそに、苦笑いで手を振り返すビオラ。あの人、なんであんなところにいるの?とハンナが聞けば、壁を愛しすぎた結果よ。とビオラが返した。
なんだそれ、と答えにいまいち頷けないハンナがテラスへと目を向けると、今度はハンナがビオラの腕を引き止めた。

「ビオラあれ、サトシじゃない?」
「え?サトシ君?」

テラスの最前で見覚えのある後ろ姿が4人並んで観戦しているのが見える。ちょうどバトルが始まるみたいで、ぶら下がってる人も外のフィールドに目が釘付けである。
サトシ達の頭越しに見えるフィールドには、白いマントを羽織ったチャレンジャー、もといナイトが互いに向き合い、ボールを合わせて誓を立てている。

「すごいかっこいい…ナイトってあのマント羽織れるの?」
「そうよ。あのマントの色なら爵位はバロンね。ハンナもデビュー戦に勝てば、まずはバロネスの白いマントを羽織ることになるわよ。」
「階級ごとに色が違うんだ…」


そしてバトルが始まると、フィールドにはヨノワールと見たことのない飛行タイプの赤いポケモンが出てきた。ポーチから取り出した図鑑を通して見てみれば、ハクダンシティで見かけたヤヤコマの進化系のヒノヤコマというポケモン。
ヨノワールはヒノヤコマとすれ違うと、上昇したヒノヤコマを姿を消したまま追いかけて、拳に纏った電撃をヒノヤコマへとねじ込んだ。
しかし耐え切ったヒノヤコマもただではやられまいと、ニトロチャージで上がったスピードと急降下で更に上乗せされる威力でヨノワールに突っ込んでいく。


「もうちょっと前で見なくて大丈夫?見える?」
「んー、見えないこともないけどどうせならもっと近くで見たい!」
ハンナとビオラの顔が笑った。二人の目標は目の前にいる4人。静かに近づくが、バトルに熱中してるおかげでこちらには気づいていない。

「やっほー」
ビオラがサトシを、ハンナがユリーカにちょっかいを出せば、4人は目を丸くして振り返った。



「まさかここで会えるとわね!久しぶり!」
「ビオラさんにハンナさん!どうしてここに?!」
「こう見えても私、ダッチェスの称号持ってるんだから!」

「ユリーカ久しぶり〜!元気してた?」
「ハンナさんだー!!うん!ユリーカは超元気!」
振り返ったユリーカの両脇を支えて高く持ち上げて再会を喜ぶ横で、二人の様子を怖いものを見るような目で見守る気が気じゃない様子のシトロンと目が合うと、ハンナは「シトロンも久しぶりだね」と話しかけた。

「あああ…ハンナさんの高い高いが本当に高くて見てて怖い…!あ、お久しぶりです!」



ユリーカを降ろした代わりにシトロンの眼鏡を奪って、ハンナの頭にかけていたサングラスをシトロンに掛けてやり、ハンナは再びフィールドへと目を向ける。フィールドに横たわる巨体。ヨノワールとヒノヤコマのバトルはどうやらヒノヤコマ側の勝利で終わったようだ。
ヒノヤコマのナイトは、バロンである白のマントから子爵であるヴァイカウントの青いマントへと爵位が上がった。


「アハハ、お兄ちゃんサングラス似合わなーい!」
「ハンナさーん!眼鏡を返してください〜!」
「うん、シトロンはやっぱりこっちの丸眼鏡が1番だね」

はい、と眼鏡とサングラスを交換していると、バトルシャトーの当主であるイッコンさんをはじめとしたナイト達が、戦いあったナイトとポケモン達へ拍手を向けている時だった。
鳴り止まない拍手に紛れて、痛々しい呻き声がテラスに響いた。

なんだなんだとサトシ達が向かう中、ビオラは頭を抱え、イッコンさんはまたかと少し呆れたような声で男性に問いかけた。
注目の的になっている男性はさっきのぶら下がっていた男性で、四つん這いで腰に手を当てたまま痛みに耐えているようだった。


「あちゃー、またか」
「え…また?」
「いつものことなんだけどねえ…もう。」
そう言ったビオラは男性の方へと向かっていく。気になるハンナも向かっていくと、「つい拍手しちゃうんですよね」と語り始める男性。


「素晴らしいバトルとポケモンに、愛を!」
そうテラスで力説してはなにかに浸るように空を仰ぐ男性に、「そう思ってるなら降りてから拍手したらいいのに」とすかさずもっともな発言したのはビオラだ。
しかし、男性の考えはその常識に留まらなかった。さっきのビオラが言っていた「壁を愛しすぎた結果」が、次の男の発言ですべてを理解したのである。

「壁が僕を離してくれないんですよ。
ここの壁はいけない…滑らかで艶やかで、僕を誘うんです。ビオラにはバトルシャトーの壁のたおやかさがわからないかな?」
「どんなに力説されても、壁には燃えないのよね私…」

(へ、変態だー!)
男性には悪いが、ハンナに生まれた印象はこの一言に尽きた。
二人のやり取りを見ていたサトシが男性についてビオラに問うと、この男性の名前はザクロというらしく、それもかなり強いとビオラのお墨付きだ。
「壁フェチとか新しいね。」
「彼はそういう人よ。」
「ふぅん?爵位はデュークで壁フェチな上にビオラの判子付きの強さねー、ただの人じゃなさそうだけど?」
ジト目に怪しく光が生まれる。ハンナが聞けば、ビオラは笑みを浮かべて言った。

「気になる?」
「かなりね。研究でもバトルでも、自分のこだわりを譲らない変態は強いんだよ」
「ひどい自論ね」
「間違ってはないと思うけど?」


あたりが静まった。何かと思えば、ナイト達の目はイッコンさんとメイドさんへと向いている。
──出番、来たかもよ。ビオラが耳元で呟いたのと同時に、今日が初めてのデビュー戦となるハンナとサトシ、ヤヤコマ帽子のテスラという子と、兄弟についてきたであろう男の子が前に出た。



「私は初戦で相手は君ね。よろしく」
「僕の方こそ」

さっきは気弱そうだと思ったが、口元はたしかに笑っていて今は自信満々といった感じだ。
両者の手にはすでにボールが握られている。



「それでは、始めてください」

メイドが口火を切ると、互いに歩み寄り、ボールとボールを合わせてカチッとフィールドに固くて小さな音が鳴った。

「良きバトルを。」


二人が同時に口を揃えて言うと、ボールが宙に上がった。
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