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ビオラはお見通し


鏡に映ったのは一糸まとわぬ濡れ鼠の自分。
口を開けばため息ばかりで、止まないシャワーの熱でピリピリと肌が痛い。何度目かもわからないため息をつけば、控えめなノックが狭いシャワー室に響いた。

「ハンナー、いい加減にもう上がったら?」
「もうちょい」
「長風呂したからって今日の負けは消えないわよー」
「そんなこと思ってないし」
全く。ドア越しに聞こえた呆れたビオラの声に、ハンナは目を細めた。

そう、負けたのだ。道端のどこにでもあるようなバトルであっさりと。
いつの間にか自分は負けを忘れていってしまっていたらしい。久々に受けたショックでシャワー室にこもって頭から熱いお湯を浴びては、なんであの時ああしなかった、こうしなかったと猛省をしているというのが今の状況だった。

「あ〜…」
シャワー室から嫌というほど響くうめき声。これには流石のビオラも苦笑いをするしかなかった。だが、その笑いも数分経てば無言に変わり、遂には般若の形相に変わっていった。

「もう!いつまで落ち込んでるの!」
この掛け声と同時に、バスタオルを持ってシャワー室に特攻してきたビオラがハンナを捕えた。目を白黒させて困惑するずぶ濡れのハンナを滅茶苦茶に拭いてシャワー室から引きずり出し、「自分で着れるから」と反抗するハンナに耳を貸さず、サッサとそのへんに置いてあった服を着せてソファーに座らせた。




「トリミングされた気分だわ」
尖った口でそう言えば、ビオラは答えるように「でしょうね。」と一言添えて、いつ冷蔵庫から出したかわからない水を飲み干した。
狭いソファーにいるハンナの隣に無理矢理座り込んだビオラがコップに注いだジュースをハンナに渡すと、コップに口をつけようとして一瞬戸惑い、手に持ったまま飲まずにいた。
ビオラはというと、ハンナの方は見ず窓の向こうへと視線を向けて静かに口を開いた。

「ヒトツキって最近捕まえたの?」
「え?まあ…カロスにきて初日にね。ちょっといろいろあって。」

ふぅん、と短い返事をしたビオラが、ハンナの腰のベルトについてるヒトツキのボールを手にして空中に投げると、傷も癒えたヒトツキが飛び出してくるりと一回転してみせた。
するとビオラは首から下げたカメラに手をかけ、ファインダー越しにヒトツキを覗く。
何をしているのかと、話すのをやめてビオラの様子を見ていると、写真をとるわけでもなく、ただいろんな方向角度からヒトツキを覗いている。


「結構しっかり育ってるよヒトツキ。大きさもあるし、長い間野生だった分自分で鍛えてたのね。きっと進化も近いわ。でもそれだけ自分で強くなっていれば自分のやり方も固まってるだろうし、いきなりトレーナーにスタイルを合わせるのって多分ヒトツキも大変だと思うんだけど。」
「つまり?」

ハンナはビオラと目を合わせて顔を傾けた。

「ハンナの方から歩幅を少しだけでもヒトツキに合わせてあげてってこと。」
そうビオラは即答した。顔はさっきと違い、柔らかなものだった。
そして、今日の敗因はそれだとビオラは言った。

「ハンナもヒトツキも自分のスタイル持ってるわけだけど、片方だけが相手に合わせるんじゃなくてハンナもほどよくヒトツキに合わせてあげるのよ。
見た感じ負けたのって久々だったりするでしょう?」

ハンナは黙って聞いていた。手に持ったコップに目を向けたまま、ビオラの話の続きを待っていた。

「慣れ親しんだポケモンばかりと一緒にいるとそうなるものよ。そっちに慣れちゃうもの。そのままいつも通りに新しく仲間になったヒトツキと戦えばどうなるかもうわかるでしょ?」

──私とのジム戦で、正直パニックになったところあったでしょう?ヒトツキに氷を叩き割れだの、ビビヨンが出てきたときこめかみに汗かいたり。
耳が痛いことばかりだ。ポケモンだけじゃなくて、人までちゃんと見ていることに驚きながらもハンナはようやくコップに口をつけた。その様子をビオラはニヤニヤしながら見て、確信部分を言った。


「自分の感覚に慣れすぎててマンネリ化しちゃうのは誰にでもあること。私にだってあるわ。
そして今のハンナがその状態。負けるのは悪いことじゃないのに、異常に落ち込んでるのがその証拠。ヒトツキはいいタイミングに入ってきたと思うわ。出会いには意味があるってこういうことね。
ま、いっぱい負けて強くなりなさい。未来のチャンピオン?」
「ちょっとー…、最後のからかってる?」
「からかってないわよ〜技構成変えたり試行錯誤したりいろいろやってるのを見て思っただけよ〜照れちゃってかわいいわね〜」
「照れてないし!暑苦しいし!嬉しくないから!」
「ハンナ、あんた褒めれば褒めるほど顔がどんどんだらしなくなってるわよ」
「えっ 嘘っ」
「うっそー」


ビオラに掴みかかるハンナと、笑い声で打ち消すビオラ。すでに時計の針はてっぺんに差し掛かりそうになっているといのに騒がしいポケモンセンターの一室。
二人が大人しくなったのは、営業スマイルを解いたジョーイが見回りにやって来た時だった。

「明日はコボクタウンを通過して行くわけだけど、どうする?観光してく?」
向かいのベッドから頭を覗かせたビオラが、ジョーイの雷で懲りたのか小声で囁く。
「ううん。しばらくコーストカロスにいるだろうし、今はバトルシャトーに早く行きたいから観光はまた今度じっくりするよ。ショボンヌ城だけじゃなくてコボクタウンの近くには他にもでかいお城があるんでしょう?それにビオラだって私の観光に付き合わせてジムをずっと開けっぱにしておくのもまずいだろうしね」
「よくわかってらっしゃるじゃない。」
「でしょ?じゃあおやすみ。私を起こすのかなり大変みたいだから明日は頑張ってね。私も起きる努力はするから…」
「は?…なんだかよくわからないけど…。お、おやすみ…」


そして翌日。強固なまでに布団から剥がれないハンナの呑気な寝顔と必死に長時間格闘したビオラだが、リザードンの協力もあってようやく決着がついた。だけどハンナが目を覚ましてからというもの数時間口を聞いてくれなかった。

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