xy

対面


「お前がハンナか。俺はアラン。プラターヌ博士の助手をやっていた。」

どうやら向こうも私に気づいたみたいで、私が口を開くより先に簡潔な自己紹介をしてきた。


「…、はじめまして」
あのメールと同じ、ぶっきらぼうだ。そう思った。顔つきも、言葉も。つい口を尖らせて返事をしてしまったが、私がそんなことを思っていることも露知らず。「座ったらどうだ」と促されて、横でウエイターさんが椅子を下げていた事に気づいた。私が座るとさっそくアランの口は開いた。


「おまえ、メガ進化のことはどこまでわかってる?」

目を細めてアランを睨んだ。いきなり呼び出しておいて会って早々お前呼ばわりとはなんて失礼な男なんだ。
「開口一番でその質問ですか?今といい、メールといい、唐突ですね本当。
わかってるもなにも、カロスにくるまでメガ進化なんて証拠不十分の半信半疑だったのに。もっと言えば机上の空論だと思ってたからあなたが期待するほどじゃないですよ?でも、ここに来て目の前で見たメガ進化で立った個人的な仮説なら少し。」

勢いでつい飛び出てしまった言葉に少し申し訳なくなったが、アランは大して気に留めていないようだった。相変わらず目つきがきついまま。店内の噴水や水路の水の流れる音だけが二人の周りにあった。アランとの間に会話はなく、時間が止まってしまったような沈黙が痛い。
ウエイターが持ってきた水を少しだけ飲みながらアランにチラりと目をやると、しばらく考えてから一言。


「言ってみろ。」
「へ?」
「その仮説を言ってみろ。」

どんな反応を見せるのかと思いきや、こんな間に受けるとは思っていなかった。なぜだろう、なにかが面白くない。
思えば私は、この男に喋らされているだけじゃないか。

「その前に…アランさんの腕につけてるリングってキーストーンですよね。パートナーはどんな子なんです?」
「リザードンだ。」
「え」
「なんだ」
「いや、私の相棒もリザードンなんでちょっとびっくりしただけです。フォッコじゃないんですね」
「そういうお前の腕についてるのもキーストーンだな。どっちのメガ進化をするんだ」

「やっと要件以外の話題が成立しましたね。もっとアランさんは笑った方がいいですよ。ずーっとぶっきらぼうでメールの時から若干怖かったです。」

なかなか量の減らない水を傾けて口にすると、目の前にいるアランがこちらをじっと見ていることに気づいた。
面と向かって、しかも瞬きもないせいでこっちから視線を逸らしてしまいたくなるのをぐっと堪えてこの沈黙を破るために声を出した。


「・・・・・」

「ちょっと、なんで黙るんですか。…もしかして、怖いってのに怒りました?」
「いや、怖い云々をジト目のやつに言われても…」
「それ茶目っ気ですか?ボケのつもりですか?ヒールで足踏みますよ!
…さっきの質問の答えですが、私はまだメガストーンが持っていませんよ。
キーストーンはナナカマド博士から頂いたものです。今やってる調査が終わればプラターヌ博士がご褒美だーってリザードナイトをくれるみたいですけどね。」

「・・・・・」
「今度はなんですか」
「ご褒美って…お前、こども扱いされて…」
「ピンヒールがご所望ですか?今研究所に戻って履き替えてきましょうか?」

無理やり口角を上げたハンナが覗き込めば、アランは顔を下へ伏せてしまった。「戻らなくていい」と一言を添えて。

「背が普通の女の子よりちょっとでかいだけで多分あなたよりは 年 下 です!」
「そうか」
「そうか…ってぶっきらぼうどころかスーパードライじゃないですか。
まあいいや。私の仮説はこうです。…といっても、ほんと些細なことですからね。期待しないでくださいね?」
「聞くだけ聞こう。」

「…じゃあ改めて。
私がまず気になったのはキーストーンとメガストーンの関係性。
私がここに来て出会った女性はこの2つが反応することを“共鳴”と言ったからです。近づければ反応するあたり元々これらは一つの結晶だったんじゃないかなーと。」

アランさんはただじっとこちらを向いて聞くだけで、話がしずらいったらない。視線が半端なく痛い。

「もう一つは、進化の石とは違って二対が一体でないといけない理由はわかりませんけど、永久的な進化したポケモンの外見が大きく変わるわけでもフォルムチェンジでもなくて、バトル中っていう限定された条件下での微妙な外見の変化に能力やその他の多様な強化は進化というより…そうだなあ、引き出すって言ったほうが当てはまるんじゃないかなと。
あ、進化の輝石の強化版みたいな。

…大体、このくらいかな。」


長い話は終わり、氷で冷えた水が喉を通って潤していく。
ありのまま見たことを整理して、自分なりに考えたものだけど、これを聞いてアランがどう思ったのかがすごく気になるところだった。あんなに目線や言葉で急かしてきたというのに、話はおとなしく聞いてくれたことに少し驚いている。プラターヌ博士のところから出て旅をしているというから積極性の塊なのかと思いきや、案外それだけではないらしい。


「お前、カロスに来て何回メガ進化を見た?」
真顔。この男、あれだけ長い話を聞いていながら、ぞんざい真顔である。

「一回。」


「女性って言ったな。誰だ?」
「気になりますか?」

アランの眉毛が若干動いた。もしかして、自分の話のペースを乱されるのが嫌いなタイプなのかもしれない。

「質問を質問で返すな。」
「多分、アランさんも知ってる人じゃないですかね。それどころか、カロスで知らない人はいないかと」
そこまで言えば、少し黙りこんでしまった。

カルネさんは今どうしているだろう。あれから結構日が経ったが、今でもあの衝撃は鮮明に記憶に焼き付いている。
アランさんもメガ進化を使えるというし、この後バトルさせてもらおうか。と考えていると、大きなため息をついたアランが口を開いた。

「もういい、お前メガ進化について興味あるならちょっと付き合え」
「え、なんですかいきなり…」

すると近くで待機していたウエイターを呼び、アランがなにかを呟くとウエイターが足早に厨房らしきところへと行ってしまった。


「もしかしてフルコースの奢りですか?先輩は太っ腹ですねー!」
「違う。」

間髪入れずにバッサリ切られてしまった。「ちぇっ」とぶーたれると、「そんなことのためにここへ来たわけじゃない」というアランの答えに首をかしげた。しばらくして、厨房からやってくるであろう誰かを待つようにアランは目を細めた。

「メガ進化同士のバトルを見て損はないだろ」
「え…」
今、なんて?と聞き返そうとしたときだ。


「いらっしゃいませ。ズミと申します。」

ミルククラウンの襟のコックコートにエプロン。コック帽を外した、色素の薄い金髪の男性がそこにいた。
客であるアランたちを見る目つきは優しいものだが、アラン以上に鋭い三白眼。

「あなたの裏メニューを試したい。」
アランがそう言えば、その三白眼が少し見開かれた。ちらついたアランの腕に光るキーストーンがその原因みたいだ。


「…分かりました。ただし決して甘くはないですよ。
そちらのお嬢さんも一緒のメニューでよろしいのですか?」

そして、その目はハンナの方にも向けられた。
「えっ、え…ちょっとアランさん、裏メニューってなに?」
「こいつは見物です」

「かしこまりました。」


もうすでについて行けない。なに勝手に物事決めてるんだ、本当に最初から最後まで勝手な人。ハンナのアランに対するマイナスは加速するばかりだった。
しかしそう考えるのも束の間、突然開いた店のドアから一直線にこちらへ向かってくる女の子の声で、そんな考えは一気に吹き飛んでしまった。


「ちょっとちょっと、置いてかないでよ!」

少し幼い印象の慌ただしい声。
赤い髪の少女はハンナとアランの座っている席のテーブルに乗り出し、アランを見つけては少し起こったように軽く睨む。

「こちらの方は?」
ズミさんが言うと、アランが答えるよりも先に少女がそれに答えた。


「旅の仲間です!…って本物!?」
「仲間!?アランさんこんな小さい子置いてけぼりにしてたの!?」

少女とハンナ、双方が違うところに驚いている。

「誤解するな」
またもやため息をついたところで、ズミは「お嬢さんもご一緒に」と少女を入れた三人を案内していく。屋上へと向かう石造りの階段を登っていったその先には、空が広がり水路に囲まれた、街中とは思えない立派すぎるほどのフィールドが待っていた。
- ナノ -