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vsビオラ




「写真?」

ジムに足を踏み入れてまず圧巻だったのが、両手を広げた大きさほどのフレームに収められた多くの写真。手の平に収まるサイズの写真と違い、本当にハンナの目の前にその光景が広がっているようで、思わず目を奪われてしまう。


「すごーい…見たことないポケモンばっかりだ…!写真でもポケモン図鑑って反応するのかな?」
ジム戦の意気込みはどこへやら、図鑑を写真に向けていろんな角度からスキャンしようと近づけたり遠ざけたりしていた。が、なかなかうまくいかない。やっぱりスキャンは立体でないといけないのかもしれない。

「まあそうだよねー、そう都合よくはいかないか…じゃない!ジム戦!受け付けしないと!」



勢いよく回れ右で受付の方へ体を反転させたところで、受付の人は誰もいなかった。
そのかわり、このロビーの写真にも載っていない、見たこともないポケモンが受付の机の上に鎮座していた。

双方目が合い、互いにパチパチと瞬きしては見つめ合っている。


「も、もしかして、あなたが受付担当ですか…?」

なぜか畏まった口調で、ジリジリと目の前で余裕そうにあくびをするポケモンに話しかけてしまった。大きな青いつぶらな目はハンナを映しているが、別に見ているだけで特別なにかをしてくる様子ではない。


「あ、こんなところにいたのね。おいでエリキテル」

“エリキテル”と呼ばれて、目の前にいたポケモンは四つん這いのくせにすばしっこい動きで机の上から床へ移っていき、ロビーの奥から現れた女性の肩へとあっという間によじ登っていく。


「あら、最近はチャレンジャーが多いのね。いらっしゃい」
「こ、こんにちは!私ハンナといいます!
あの、よくジムを空けていると聞いたんですがジムリーダーさんはまだいますか…!?」
「ハンナちゃんね、タイミングよかったわね。妹は夕方にまた空ける予定だったから。」
「よ、よかったーーーー!!!…ってアレ、妹…?」
「そう。私はパンジー。ここハクダンジムのジムリーダーは私の妹なの。ビオラって言うのよ。さ、余裕持ってジム戦するなら早速フィールドへ案内するわね!」
「はい、お願いします!」




連れられて入ったフィールドはヒウンジムを思い出すような植物園になっていた。
ヤシの木が生えているのを見ると、こっちの方が南国っぽいかもしれない。視線をフィールドの方へと戻すと、フィールドの奥に立っている人が見えた。よく見ると、色素の薄い肌に髪。見覚えのある姿。
目が合うなり、こちらに気づいて手を振って出迎えてくれた。

「あなたがビオラさんだったんですか!?」
「そうよ、黙っててごめんね。さっきぶり!ジム戦の間に写真は出来上がるから、存分に戦いましょう!」






両者とも手には既にボールが握られている。
パンジーは早々にギャラリーから様子を眺めていて、その視線はハンナへと向けられていた。

カロスに留まらず、海の向こうの情報も記録するルポライターである職業柄、どうしても耳に入る情報があるのだ。しかもそれが、ポケモンルポライターである自身のことだから、尚更だった。


「なんでこの時期に、こんなところに?」
足元で昼寝をするエリキテルを確認して、興味深げにハンナの方へと視線を戻した。




「それではこれより、ハクダンジムジム戦を開始します。」

ジャッジの試合説明で、フィールドの緊張感が増していく。ふとビオラさんと目があった。笑っている。気づけば自分も口角が上がっていた。カロスの初陣、必ず白星をつけてみせる。


「それでは、始め!」


「初番手よろしくね。ヒトツキ!」
「シャッターチャンスを狙うように、勝利を狙う!行くわよアメタマ!」


ボールから飛び出したヒトツキは自慢の飾り布をピンと伸ばしてやる気が十分と見せつけてきた。相手のアメタマも地面を滑るようにこちらの様子を伺ってきている。


「ヒトツキ、まずは景気づけに“切り裂く”攻撃!」

ハンナの一声に、地面を弾くようにアメタマへと突っ込んでいく。回転を加えて鞘から抜き身状態になった慣性の力のおかげで、勢いと早さが増していきながらアメタマの脳天目掛けて刃が振り落とされる。

「直線的ね!“守る”!」
ガンッと鈍い音を立ててヒトツキの刃は弾き返されてしまった。でも、素早いアメタマにここまで近づくことができた。一度守るを使えば次の守るの成功率は下がる。「もう一度“切り裂いて”!」と、すかさずヒトツキの刃はアメタマ目掛けて振るう。

アメタマの向かう先を予測してか、ヒトツキの連撃が地面を切り裂いてアメタマの動きをどんどん蝕んでいく。


「まずはその刃をどうにかしたいわ、“ネバネバネット”!」
「“影撃ち”で軌道を逸らして!」

影撃ちの先制がアメタマの足を狙っていく。
この至近距離で完全に避けきるのは難しいけど、ヒトツキが自慢の飾り布だけは死守することに賭ける。

ヒトツキから伸びる影が、の字運動しながら滑ってことごとく攻撃を避けるアメタマをさらに追いかけていく。追いかけられながらもヒトツキに狙いを定めて連射するネバネバネットから、思ったとおり飾り布を死守しているが、そのせいで決定打を与えるどころか影撃ちの先端がどんどんアメタマから距離を離していく


「これだといたちごっこになる…ヒトツキ!“パワートリック”!」
「体勢整えるならこっちもやるわよ!アメタマ!」

互いに場と体勢を整えていく。
ヒトツキの攻撃力と防御力が入れ替えになっている間に、みるみるフィールドの地面は氷に覆い尽くされていく。


「コーンとのジム戦思い出すな!ヒトツキ!“剣の舞”から攻めるよ!“切り裂く”ッ!」
氷のフィールドがなんだと言わんばかりに、薙ぎ払うかのように、氷のフィールドが耕されていく。
アメタマの最大の武器である氷で増した素早さも、凹凸を作ってしまえばいいとヒトツキなりに考えたのだろうか。
ヒトツキの上がった攻撃力を警戒したアメタマも、一定の距離を離して負けじとシグナルビームで迎え撃っていく。


だが、制限のあるフィールドで、ましてや耕されてその上ボコボコになって切り刻まれた地面を滑って一定の距離を保つには限度があることはビオラもハンナもわかっていた。
せっかくヒトツキが自分で考え出したんだ。ならそれを活用するのが私の役目。地の利はアメタマだけにあるのではない。


「こっちから距離を詰めるよ!“影撃ち”!!」
「フィールドの凹凸に回り込んで!」

凹凸を避けるように滑走するアメタマが、岩陰に入ろうとした時だった。「一気に限界まで影を伸ばせ」とハンナが指示を出すと、ビオラが何かを察知して慌てて指示を出す。
「…まさか!! アメタマ!“守る”!」


アメタマが耕してできた岩陰に回り込んだ時だった。アメタマの体が岩陰から吹っ飛ばされて弧を描いていく。まともに食らったせいか、受身が取れない。


「立たせるなヒトツキ!!連撃で“切り裂く”!撃ち負けないで!」
トドメと言わんばかりに、アメタマに斬りかかるヒトツキに、ビオラの攻めが始まった。



「アメタマ、フォーカス合わせて“冷凍ビーム”!!」

隙を見て辛うじて立ち上がるアメタマが、意地でも避けずに、そのまま振り下ろす位置にいるヒトツキに焦点を合わせて、冷凍ビームが炸裂した。


「しまった…」
あまりにも距離が近すぎた。
ヒトツキの飾り布に握られた鞘が氷の塊となって、しかも岩ごと氷漬けにされてしまってその場から動けない。


「結構あなたに追い詰められたけど、逆転しちゃったみたいね。
ついでに言っておくけどもうさっきみたいな影撃ちの誘導は効かないわよ」
「守るの時点で気づかれてた?」

「勿論」


そう答えると、ビオラの表情が勝ち誇ったように笑みを強めた。

「アメタマ、仕上げの“シグナルビーム”!」
「また遠距離からか!耐えてヒトツキ!」

こうなったらアメタマの猛攻を耐え抜くしかない。
…といえるほどヒトツキの特殊防御は高いわけじゃない。幸いシグナルビームはヒトツキには効果は今一つだけど、このままだと必ず体力が尽きてそれこそ一方的にやられてしまう。
できることなら初陣は勝たせてあげたい。
ヒトツキは氷漬けになった鞘と氷の塊を盾にしてなんとか攻撃を防いでいる。

「…、あれ」


依然としてアメタマが距離を離してヒトツキの周りをぐるぐる回りながら冷凍ビームを放ってくるが、様子がおかしい。

そういえば、バトルが始まって戦況が平行線を辿っていた時間は結構長かった気がする。それのせいの疲れか?それともさっきの影撃ちのダメージか



アメタマのスピードが最初ほど出ていないのだ。
これはもしかしたらものすごいチャンスかもしれない。
こうなったらなにがなんでも攻撃の隙を自分で切り開いていかなきゃいけない。

どうすれば、どうすれば。




「…ヒトツキ、“切り裂く”で届く範囲のものならなんでもいい!叩き割って撒き散らせ!!」
「思考停止の苦し紛れなら通用しない!“シグナルビーム”!」


固まった鞘と氷の塊を軸にして、刀身である自身を滅茶苦茶に振り回して四方八方、あたりに大きいものから小さいものまで氷の破片が撒き散らされていく。
盾代わりになっている氷の塊にもシグナルビームが直撃して破片はフィールド外まで飛び散っている。


「さっきビオラさんは誘導、効かないって言ってましたね。
でもこれなら、もう誘導なんていりませんね?」

それを聞いて、ビオラの顔に緊張が走った。
フィールドに無数に散らばる破片は、アメタマの足元まで及んでいたのだ。
「ヒトツキから離れてアメタマ!!“ネバネバネット”!」
「こっちにおいでアメタマ!!“影撃ち”!!」


双方の絶叫に近い声が、アメタマとヒトツキを突き動かす。

ネバネバネットがヒトツキの刀身の真ん中に当たり、破片の影をとてつもないスピードで縫い繋ぐ影撃ちはアメタマを捕らえてヒトツキの方へと撃ち上げた。


「アメタマ“守って”!!!」
「ヒトツキ!!そのまま振り下ろして“切り裂く”攻撃!」



アメタマの守るが早かったものの、空中で受身が取れるはずもなく、ただでさえ打撃力の跳ね上がったヒトツキの切り裂くが、アメタマを頭上から氷のフィールドへ守るごと叩き込んだ。

爆風のように舞い上がった砂埃が晴れてきたフィールドには、細い四本足を力なく広げて目を回すアメタマの姿があった。そばにはかなりボロボロのヒトツキが、かろうじて立っている状態。ジャッジの目がその姿を捕らえたところで、判定の旗を上げる。

「アメタマ戦闘不能、ヒトツキの勝ち!」


「アメタマ、ご苦労様。ありがとね」
アメタマが戻ったボールへ労いの言葉をかけて、ビオラは次のボールを手にする。
ハンナという子、やけに判断が早くて、無茶苦茶だと思ったことが、こっちのちょっとした油断をつついて勝機を作っていく。少し気を緩めることがあれば、一気にハンナのペースに飲まれてしまう。
今までいろんなチャレンジャーがいたけど、実際敵に回すとこういう相手が結構怖い。


「ヒトツキ、初陣白星おめでとう!氷とネバネバでボールに戻せないけど大丈夫?」

両手を口元に、ハンナはヒトツキに声をかける。捕まえたあの日から、リザードンと鍛え上げてきた甲斐があったというものだ。初めての対人戦にしてはものすごい根性を見せてくれた。
ヒトツキも勝てたことが嬉しいのか、目が笑っている。見た感じは大丈夫ではない状態だが、戻せないからこのまま続投するしか他ないのが心苦しい。


「ヒトツキは初陣だったのね。おめでとう!でもジム戦はまだこれから。そう簡単にバッジは渡さない。そんなのジムリーダーのプライドが許さない!」
「そうこなくちゃ!もうちょい踏ん張ってねヒトツキ!」



「いくわよビビヨン!」

ツートンカラーのボールから現れたのは、ロビーで見た写真のポケモンだった。記憶と違ってこんな色だったか疑問が出てくるが、今はそれどころじゃない。
ビビヨンと呼ばれるそのポケモンはゆっくりと、その羽を大きく広げて空中へと舞い上がっていく。
ビビヨンの姿を見たハンナのこめかみ汗が伝う。踏ん張れとは言ったものの、正直な話ヒトツキに打つ手がない。
遠距離攻撃の技なんてないのだ。物理の技と自身のパワーを上げる補助技しかヒトツキは覚えていない。

「これでお相子ね!ビビヨン、“ソーラービーム”!」

最悪なことに、植物園のガラスの天井の真上には照りつける太陽が位置している。これでもかというほどギラついて見えて、ハンナの眉間にシワが寄る。
ヒトツキの飾り布を覆う氷は既に盾の役割にはならず、ヒトツキの行動を制限する足枷にしかならなかった。その上、ネバネバネットの効果で素早く動くこともできない。激しい光が消えた時には、ヒトツキはさっきのアメタマと同じように目を回して倒れていた。


「ヒトツキ戦闘不能、ビビヨンの勝ち!」

「お疲れさんヒトツキ、初めてにしては上出来。よく頑張ったね。
さて、真打ち登場といこうよ。リザードン!」

ボールから出てくるなり、リザードンがフィールドの広さを確かめているのか数回空中で旋回しては咆哮を上げ、ビビヨンを見据える。
後ろからリザードンを見ているせいか、フィールドがさっきより小さく見えてきた。ビビヨンもリザードンの迫力に押されてか、ドットのような目付きが変わり始めた。

まず先陣を切ったのがビビヨンだった。あの体躯のリザードンをどうにかしないと、と思ったのか、サイコキネシスでリザードンの動きを完全に止めてしまう。ただ、リザードンもただではやられまいと、血管が浮く勢いで長い尾を使い、地面の砂をビビヨンの顔面に向かって払った。

「サイコキネシスを振り切った…ッ」
ビビヨンの目に砂が当たり、命中を下げる砂かけほどではないが、サイコキネシスを振り切ることには成功した。顔を振って砂を落とすビビヨンに、リザードンは急降下で突進し、ドラゴンテールで地面へ叩き落とした。
さらに追い打ちをかけるように、ビビヨンへと接近していく。

「来るわよビビヨン、“眠り粉”!」
「眠り粉!?“フレアドライブ”で切り抜けて!」


あのスピードで急に止まることはできない。炎の塊となったリザードンはそのままビビヨンと眠り粉の漂う空間を突き抜けて再び空中へ留まる。
焼け焦げて灰となった眠り粉はチラチラと地面へ落ちていく。ここで眠られたら勝利の道筋が一気に狭くなる。

「フレアドライブなんか当たったらひとたまりもないわ…!“眠り粉”から“風おこし”!シャッターチャンスを作るのよ!」

冗談じゃない。眠り粉が漂うフィールドができてしまったらさっきみたいにはいかない。フレアドライブの効果でリザードンが自滅してしまう。体力を考えると連発もできない。下手に近づけば寝てしまう。空間全体に広まる前に速攻で倒さないと大変なことになる。起きてもまた寝る凶悪な空間になってしまう。

「風上に向かって“気合玉”!!」
「!?、ビビヨン避けて!」
風おこしの攻撃範囲は、どのポケモンも大体真正面なのがセオリーなのは今までのバトルを通してわかっている。なら、その真後ろからなにかしらそれ以上の風を起こして、眠り粉を片側に寄せてしまえば。
ビビヨンが間一髪で避け切ったところで、気合玉は地面にぶつかり爆風が巻き起こる。ビビヨンもその爆風に押されて体勢を崩してしまった。



「“フレアドライブ”!!!」

砂の混じった黒い爆煙から、真っ赤な炎がビビヨンの背中から直撃した。そのまま押されて、ビビヨンがフィールドの壁に衝突しヒラヒラと地面へ落ちていく。

「…、」
粉と煙を吸わないように口元を押さえたジャッジがビビヨンの顔を覗き込むと、目を回して気絶していた。


「ビビヨン、戦闘不能。よって勝者、チャレンジャーハンナ!」


その審判を聞いて、ハンナが小躍りしながらリザードンへと駆け寄って抱きついた。
「やったねリザードン、ヒトツキ!勝ったよーー!!幸先いいね!」
リザードンとヒトツキの入ったボールを抱きしめて、カロス地方のでの初めてのジム戦勝利に完全に悦に浸っている。だんだんリザードンがハンナの方へ倒れ込んでいることに気づいた時には、リザードンがハンナの上に倒れてしまった。

「ちょっと、大丈夫!?」
ギャラリーから駆けつけたパンジーと、パンジーの声を聞きつけたビオラが急いで駆けつけると、でかいいびきをかいてハンナの上でぐっすり眠るリザードンの姿があった。

「お、重いよ〜〜」
「離れ際に眠り粉を吸っちゃったのね…」
掠れた声で助けを求めると、見かねたパンジーさんがオンバーンというポケモンがリザードンを起上げて助けてくれたのだった。




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