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保留の約束



“お父さん、私旅に出たいよ”

シトロンとユリーカちゃんを見て、あの時の、私が小さかった頃を思い出した。
電話越しに“いいよ、行っておいで”って言ってくれたお父さんの声は嬉しそうでもあったけど、もしかしたら見えないところで成長する私に対して少し不安もあったのかもしれない。


「行ってこい!」と許してくれたリモーネさんに抱え込まれたシトロンとユリーカちゃんに「よかったね」と声をかけると、横から「あのさ」とサトシ。

「ハンナさん、また俺たちと一緒に旅しないか?」


一息置いてから発したその言葉に、私はまるで豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしていたと思う。
シトロンとユリーカちゃん、そしてリモーネさんも、私の方を見て私の口から出る答えを待っている。セレナちゃんに至っては、まさかサトシが誘うとは思ってもなかったみたいで、大きな瞳が数度パチパチと瞬くと、口元に手を当てて細い声で「ええ!?」っと言ったのが横から微かに聞こえた。私以上にセレナちゃんがこの場で一番驚いていたのだ。


「ほら、イッシュの時バトルする約束してたけど…なんだかんだで結局できなかったし。俺、ハンナさんのバトルを近くで見てたい。」
「…なるほど。でも最後のは照れるな〜相変わらずサトシは言うことが直球というか、剛速球だね。そこがいいんだけど。」

少し茶化したつもりだけど、サトシの表情が全く崩れないのを見るとその場のノリじゃなくて本気なのかも知れない。いつも体当たりでまっすぐだから、約束が果たせなかったのが悔しかったんだと思うけど、それは私も同じだ。でも、残念だけど今と前じゃ状況がまるで違う。

「私もその約束が守れなかったのが唯一心に引っかかったままでね?わかるよ。離れてた時より、今こうしてサトシが目の前にいることで更にモヤモヤしてるんだよ。それは私もサトシも一緒。
だけどね、一緒に旅っていうのは…できないかな。ううん、違うな。無理。」
「……なんでか聞いてもいいか?」
「私ね、カロスに来た目的は初心に戻ることだったんだ。イッシュの延長戦みたいな意味合いで旅はできない。カロスでの研究テーマも見つけた。それに…」
「それに?」

大きく息を吸い込んだ。
軽く寄っかかっていた体勢を直し、息を吸ったことで背筋がまた伸びていく。
伝えたいことが山ほどあるせいで、言葉を掻い摘んで口から出すことの整理が追いつかない。うまく伝えられているのかわからない。
賑やかなミアレシティなのに、この瞬間だけは静寂だけで、まるで別世界のようだ。

「昔からの夢が叶いそうなの。」


「あともう少しで、あと一歩で。
約束も果たしたい。でも、自分勝手だけど、今はそれ以上に大事なものがあるから。それまで一人で色々考えたいこともある。皆に歩幅を合わせることは今はできない。だから一緒に旅はできないんだ。ごめんね。」
「…ハンナさんの夢って、たしか」

驚く声を遮り、口元に人差し指を当てる素振りを見せれば、サトシは出しかけた言葉を喉の奥にしまいこんだ。セレナちゃんやシトロンやユリーカちゃんは全く話についていけていないみたいだけど、横槍してはいけない雰囲気をしてるせいか、ただひたすら見守っている。


「わかった。ハンナさん、…頑張れよ!!」
「ありがとう、サトシ。」


必ずいつか、約束を果たそう。


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