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とある帰路にて


「やっぱ近くで見ると迫力が違うねー…」

ハンナの目の前に、雲を突き抜けて天まで届きそうなほど高くそびえ立つプリズムタワー。研究所の窓から見た時とは違い、首を後ろに大きく曲げてやっと天辺が見えるほどの高さ。イッシュのヒウンシティのビルの摩天楼も大概すごかったが、こっちはこっちで古き良き美しい町並みの中に立つ近代の塔といった感じでまた違った雰囲気の迫力である。


「で、あれが入口か。街の中心部で噴水もあって憩いの場って感じで人も結構集まってるのに、入口には不自然なくらい誰もいないんだね〜…やっぱ噂が相当広まっちゃってるってことか」

これだけ見た目も派手で大きくて、さらに街の中心に建ってるとなると観光名所としても機能してるであろう中でこの悪い噂は致命的なんじゃないんだろうか。現に通りすがりのトレーナーがタワーを見ては舌打ちしてその場を去るという始末。
きっとサトシのことだ。シトロン達の話を聞いて引き返すことなく今まさにこのタワーの中でなにかしら奮闘しているんだろうなとは容易に想像つくけどなんであれほど悪評になってしまったのかが未だにわからない。喋り方からして真面目すぎるシトロンが代行のジムリーダーを雇ったとは考えにくい。かといってシトロン自体が電撃で追い出したりアドバイスもなしに穴へ落とすなんてのも考えられない。

「うーん…気になったまま街を探索する気にもなれないしなあ」
このまま探索も真相も知らずに研究所に戻るなんてのもナンセンス。手ぶらで帰るのならせめていい話のひとつでも持って帰りたい。


「…待つか。」

噴水広場の露天商からひとつ新聞を抜き取って、ミアレジムの中からサトシ達が出てくるまで噴水の縁に腰掛けて新聞を片手に時間を潰すことにした。








新聞なんてとっくに読み終わった。

気づかないうちにうつらうつらととしていて、サトシ達がジムから出てきたのは噴水の飛沫も夕日の色に染まって来た頃だった。
ジムから出てきて、ユリーカちゃんが私に気がつかなかったら私はそのまま夜まで噴水の縁で眠ったままだったかもしれない。起こされてしばらくぼーっとしてたところでサトシ達の背後にいるいかにも怪しいロボットに「風邪を引きますよ」なんて注意されたもんだから眠気なんて一気に吹っ飛んだ。

「なにこれ!!中に人が入ってたりするの?!」
「違いますよ!これは僕が開発したロボットです!」
「ロボット!?見ればわかる!」

「いまいち噛み合ってるのか噛み合ってないのかわからない会話ね…」
「ハンナさんまだ寝ぼけてるのかな」
「もともと寝起き悪いからなー」
「寝起き悪いんだ…
あ、そうだ!ハンナさん、これから私たちの家に行くんだけどハンナさんも一緒に行こうよ!」
「シトロンとユリーカちゃんの家に?」

ハンナの服の裾を掴んで必死に下から見上げてくるユリーカの提案に、シトロンやサトシにセレナみんなが賛同するもんだから、「じゃあお言葉に甘えてお邪魔しようかな」とそのまま一行についていく事にした。




「あのさ、ずっと気になってたんだけどミアレジムの噂って解決したの?」

シトロン宅までの帰路、ユリーカちゃんがサトシ達を引っ張りながら向かう後ろで、一人少し遅れながら歩くシトロンに噂の件を聞いてみると、なにか思い詰めた様子で少し歯切れが悪い返事が返ってきた。

「えっ…ああ、ミアレに来たばかりのハンナさんも聞いていたとなると相当広まってたんですね…」
「まあね〜 リモーネさんが言ってた家に帰る暇がないくらい多忙っていうのと、噂で聞いた問答無用で追い出されるのと、今後ろにいるロボットで大体おおまかな察しはつくけど。」
「はい…掻い摘んで説明すると外部損傷と認識コードの誤りと設定ミスが原因で…ジムから僕とユリーカが追い出されて乗っ取られた状態だったんですがやっと解決しました。あとは全部をパパに説明して…これからどうするかを伝えるだけです」
「どうするって?ジムに戻れたんだからジムリーダーやるんじゃないの?私シトロンに挑戦する気でいたんだけど」


一瞬驚いた顔をして、視線を下に落としたまま「やっぱそれが一番なのかなあ」と呟いたのが聞こえた。私がなにか気を落とすようなこと言ったのか。

「シトロンはどうしたい?」
「僕は…」
「周りから見てなにが一番なのかとかは置いといて、シトロン自身はどうしたい?」
「……」
「きっとあのロボット作ったのって自分の時間を作りたかったからでしょ?やっと自由な時間が増えたのに」
「そりゃあ、そうですけど…」
「ジムリーダーがどれだけ大変かは私も理解してるからさ。さっきの私が挑戦したいって言ったことは忘れて、シトロンがどうしたいのかちゃんと考えなきゃ。」
「考えてますけど…あの、理解してるって、ハンナさんってもしかして現役のジムリーダーなんですか?」
「ううん、違うよ。ちょっと私の地元の前のジムリーダーに問題があってね。ジムを放棄したんだよ。今は四天王のキクコってばあさんが代行してる状態。」
「し、四天王が代行…」
「そう。でもそろそろ私にジムリーダーやれって言ってきた時があって。その時ジムリーダーの仕事量の多さにびっくりして断ったくらいだったからさ。ジムリーダーになることがまず大変だしね。

でもそれ以前に私が今やりたいことをやりたいって思ってたから。ばあさんにやれって言われてもやる気なんて最初からなかったんだけどね」

原付を押しながら少しずつ吐露していく、自分の過去の経験と判断。
常に誰かから一番何をするのが正しいかという判断を委ねて行動するのは簡単だけど、それじゃあ自分が自分である必要なんてどこにもない。結局あの時こうすればよかったと後悔ばかりで、自分には成長する達成感も感動もなにも残らないだけで虚しいのは自分が一番嫌というほど知っている。

「今ぼくがやりたいこと…」
「私ね、前にサトシと一緒に旅したことがあるからわかるんだけど…
サトシと一緒にいるとさ、“今やらないでどうするんだ”っていうのが自分に伝染ってこない?」


「…!!」
「わかるっしょ?」


どうやら、今の一言はシトロンに火を付けたみたいだ。
メガネ越しに見る大きな目が、こんなに輝くものなのかと私まで感動してしまうくらいに。

「ハンナさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。」
なんだか自分でも不思議な気分だ。こんなに年下を諭すようなこと、前は落ち着いてやってたっけ。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
私たちの前でセレナ達と喋っていたユリーカちゃんが小走りでこちらへやってきた。「どうしたんだ?」とシトロンが聞けば、

「あのね、わたし、このままお兄ちゃんやサトシ達と一緒に旅したい…!」



小さい子って、素直に言いたいことをありのままに口から出るっていいなって、思わずシトロンと顔を見合わせて笑ってしまった。
なにも言わないシトロンだけど、ユリーカちゃんの頭を撫でるその表情はさっきまでとは打って変わって迷いがなかった。

「大丈夫。きっとリモーネさんなら話を聞いてくれるはずだよ」


シトロン達の家は、もうすぐそこまできていた。



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